第7話「その人、誰ですか」
休みの日、ひなと結衣は特に目的もなく街を歩いていた。
「どこ行く?」
「んー、なんでもいい!」
「なんでもいいって言う人に限ってどこ行っても文句言うんだよね」
「言わない言わない!あ、あのカフェ入ろうよ!前から気になってた!」
「さっきなんでもいいって言ったじゃん」
「カフェはなんでもよくないです!」
十二月の街は、クリスマスの飾りで賑わっている。ショーウィンドウに金と赤が並んで、イルミネーションが昼間でも輝いていた。ひなはそれを見ながら「サロンの飾りよりゴージャスですねぇ」と言った。
「サロンに飾りつけたの?」
「した!先生と一緒に!百均で!」
「へえ、先生と」結衣がにやっとした。「二人で百均デートじゃん」
「デートじゃない!業務です!」
「楽しかった?」
「……めちゃくちゃ楽しかった」
「業務ねえ」
「業務!!」
ひなが結衣の腕を引っ張って、カフェの方へ歩き出した。
---
カフェに入って、席についた。結衣がメニューを開きながら「何にする?」と聞いた。
「ホットチョコ!結衣は?」
「コーヒー。ブラック」
「渋い」
「先生と同じじゃん」
「全然違います、先生はコーヒーにこだわりがある人で——」
「ひな」
「なに」
「先生の話、今日何回した?」
ひなは指を折り始めた。百均の話、飾りつけの話、今のコーヒーの話——
「……三回」
「まだ三十分も経ってないよ」
「たまたまです!!」
注文を終えて、二人でぼんやり窓の外を眺めた。街を行き交う人たちがコートに包まれて歩いている。カップルが多い。そういう季節だ。
「先生ってさ」と結衣が言った。「クリスマス、一人なんでしょ」
「うん、毎年何もしないって言ってた」
「かわいそう」
「先生は静かでいいって言ってたよ。でも今年はサロンに飾りあるから、って——」
「ひな」
「なに」
「好きじゃん」
「だから——!!」
「はいはい」
ホットチョコが来た。ひなはそれを両手で持って、窓の外に視線を逃がした。
そのとき。
カフェの前の歩道を、一人の男性が歩いていた。
背が高い。コートが似合っている。歩き方が落ち着いていて、なんか——顔が。
「結衣」
「ん」
「あの人めちゃくちゃかっこよくない?」
結衣が窓の方を見た。「どれ」
「ほら、コートの人!背の高い——」
男性がふと、カフェの方に顔を向けた。
ひなと目が合った。
向こうが「あ」という顔をした。
ひなは三秒かけた。
一秒。
……なんか、見たことある気がする。
二秒。
……背の高さ、どこかで。
三秒。
「…………え?」
「え?」と結衣が言った。
「え??」とひなが続けた。
「え???」
「先生!!!!!!」
カフェの中にいた数人が振り返った。
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悠が入口のドアを開けて中に入ってきた。
「……声が大きいよ」
「だって!!だって!!!」ひなが立ち上がった。「誰かと思いました!!!!」
「そう?」
「そうじゃないですよ!!!」
ひなは悠を上から下まで見た。
いつもの顎鬚がない。すっきりと剃られている。眉が整っている。髪が——いつもと全然違う。スタイリングされていて、輪郭がちゃんと出ている。コートはいつものリネンじゃなくて、シンプルなウールのやつだ。
「先生、今日なんか用事あったんですか」
「ちょっと出かけてたよ」
「誰かと?」
「一人で」
「なんで——」ひなはまた悠を見た。「なんでこんなに、その——」
「その?」
「……なんでもないです」
「なんか言おうとしたよね」
「言ってないです!!」
結衣が「あの」と静かに手を上げた。
「私、佐藤結衣です。ひなの友達で」
「芳沢です。いつもひなちゃんが世話になってるみたいで」
「こちらこそ、ひなが世話になってます」結衣がにこっとして、悠を見た。「写真で見るより全然かっこいいですね」
「え!!!!」ひなが結衣を見た。「写真って何の話!?」
「サロン前の写真」
「あれは外観の写真で先生は写ってない!!!」
「あ、そうだっけ」結衣がとぼけた顔をした。「でもかっこいいのは事実じゃん」
悠が「……ありがとうございます」と静かに言った。どこか居心地悪そうだが、それをあまり表には出さない。
「座りますか?」ひなが聞いた。
「いや、このあと用事があるから」
「そうですか——」
「ひなちゃん」
「はい」
「今日、楽しんで」
「あ、はい!先生も!」
悠が軽く頷いて、ドアを開けた。
「じゃあ、またお店で」
「はい!また——」
ドアが閉まった。
ひなは窓の外を見た。悠が歩いていく。コートの後ろ姿が、人混みの中でも妙に目を引いた。
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「ひな」
「……なに」
「顔」
「わかってる」
「赤いよ」
「わかってる!!」
結衣がホットチョコを飲みながらにやにやしている。ひなはテーブルに突っ伏した。
「聞いていい?」
「なに」
「さっき、なんか言おうとしたよね。なんでこんなに、その——って」
「言ってない」
「言ってた」
ひなはテーブルに顔を埋めたまま黙った。
「……かっこいい、って言おうとした」
「だよね」
「うるさい!!」
結衣がけらけら笑った。ひなはホットチョコを飲んだ。甘くて温かい。
「あの人さ」と結衣が言った。「ひなのことちゃんと見てるよね」
「……何が」
「入ってきたとき、最初にひなの顔見たじゃん」
「それは私が叫んだから——」
「叫ぶ前から、窓越しにひなの方見てたよ」
ひなは顔を上げた。
「……また言う」
「事実だから」結衣がストローをくるくるした。「前もサロンの前で言ったじゃん」
「……あのときも見てたの?」
「見てた」
ひなはカップを両手で持って、窓の外を見た。悠はもうとっくに見えなくなっている。でも頭の中に、さっきの顔が残っている。
髭がなくて、髪が整っていて、でも——なんか、目が、いつもと同じだった。
サロンで見る目と、さっきの目と、同じだった。
「……先生ってさ」ひなが言った。
「うん」
「なんか、ずるいよね」
「何が」
「普段と全然違うのに、なんか——同じ感じがするから」
結衣が少し黙った。
「それ、好きってことだよ」
「……わかってる」
結衣が止まった。
「え、今素直に認めた?」
「……ちょっとだけ」
「成長じゃん!!」
「うるさい!!聞こえるから小さい声で!!」
二人でカフェの中で笑い合った。窓の外では、十二月の街が賑やかに光り続けていた。
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翌日のバイト。
ひなはいつも通りサロンのドアを開けた。
「おはようございます!」
「おはよう」
悠がコーヒーを淹れている。顎鬚がうっすら生え始めている。髪もいつもの感じだ。白衣を着ていて、いつもの先生だ。
「先生、昨日の用事ってなんだったんですか」
「美容院と、あとちょっと買い物かな」
「美容院!だから髪が——」
「うん」
「……かっこよかったです」
悠が振り返った。ひなは平然とした顔でタオルを棚に並べている。
「そう?」
「うん。結衣も言ってましたよ」
「ありがとう」
「でも先生、あの髭剃るとだいぶ印象変わりますね。最初ほんとに誰かと思いました」
「そんなに変わる?」
「変わります!!カフェの窓越しに見て——」ひながぴたりと止まった。
悠が少し首をかしげた。「見て?」
「……なんでもないです」
「何か言おうとしたよね」
「言ってないです!!タオル畳みます!!」
ひなが棚に向かった。悠はコーヒーカップを持ちながら、その背中を見た。
耳が赤い。
十二月なのに、と悠は思った。
「ひなちゃん」
「なんですか!!」
「今日、お客さん四件だよ」
「……はい」
「今日もよろしくね」
「……頑張ります」
ひなはしばらく棚のタオルを直していた。別に直す必要もないのに。
悠はそれを見ながら、口の端が動くのを、今日も自覚した。
窓の外、十二月の朝が静かに明けていた。
今日もお読みいただきありがとうございました!
次回は明日(11日)の21時頃に更新予定です。
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