私を買って貰えませんか?
検問は複数の兵士が一つ一つ荷を検めている辺り、それなりに厳重だ。
レインノルドは鉱山から取れた物を現地で加工し、それらの交易を主として発展してきた街なのだから当然ともいえる。
だが、俺は商人などと違って、荷物は先輩から貰った次元袋だけなので、すぐに終わるだろう、と思っていた。
「身分証ももってねー人間と、亜人ねー! そーだな、一人頭金貨一枚。三人で三枚ってとこか」
下品な笑みを浮かべ、ニヤニヤと様子を伺う兵士が公務員だと思うと頭を抱えて蹲ってしまいそうだ。
今さらになって身分証を発行していなかったことに途轍もない後悔が襲ってくる。
だが、俺は地の民の小さな村を訪れるつもりでいたのであって、こんなバカでかい都市を訪れるつもりではなかったのである。
所謂、想定外というやつだ。
「はぁ……」
「てんめぇー! なめてんのか? ぁあ゛!」
俺の態度が気に食わなかったのか、脅すように声を荒げる男。
いや、なめているのはお前の方だろう。
幾ら服装のいい亜人と人の組み合わせだからと言って、通常の通行量の十倍はやりすぎだ。
払えなくもないが、こいつに渡すのは溝に捨てるのと同義だろう。
「パーパ、入んないの?」
リリーが待ちかねたとばかりにそう言った。
これ以上リリーを待たすわけにいかないので、穏便に済ませるかとこの時までは俺も思っていた。
だが――
「はっ! 獣が、よし――――んじゃあ、そこの獣共を渡せ、ば…………」
そんな怒声が勢いを失って、唐突に止んだ。
男は、口を閉じるしかなかったのだ。
殺気というのも生易しい。怒りと魔力が、ただ一点、男に向かってどす黒い殺意となった。周りはその異常に気づかない。
それはまるで一本の刀。
濃縮した殺意が象った、男にしか見ることのできない幻想の刃。
それが、今男の首元に突きつけられている。
少しでも口を開けば殺す、そんな空気が分かったのか、彼は本能的に黙り込んだ。
「あ゛あ゛! 今、なんつった? ニアを、リリーを渡せ? お前は、俺を怒らせたいのか? それとも職務を全うしたいのか?」
「ひっ! お、お前、俺にこんなことして――」
「おい、俺は優しいからもう一度だけ聞いてやる。通すか、死ぬか、どっちがいい?」
あり?
おかしいな。
もっと穏便に対応するはずだったのに、これじゃあ、ただの脅迫だな。
怒りに任せて行動してから、俺は自分の軽率な言動を恥じた。
「うぉおい! 皆、ちょっと来てくれ!」
ほらみろ。
雲行きが怪しくなってきた。
こうなるくらいなら、魔法で不法侵入すればよかったかなと心の片隅で思う。
「何を騒いでいる! っと、ロデム、また貴様か。何をやっていた」
「い、いえ、隊長。俺は普通に職務を全うしていただけで、身分証も持ってない怪しい連中だったので、出身とかを聞いていたらいきなり殺気だちやがって、こいつら……」
いや、お前がやっていたのはただひたすら金を出せ、リリーを渡せ、などと脅迫していただけだろう。
出身も身分も、何も聞かれてはいない。
「身分証のない人間は、通行量で一人銀貨一枚を支払う――滞在中は仮身分証を身につけること、であってますよね?」
俺が言うと、隊長と呼ばれた少し上等な装備を身につけた男が答えた。
「ああ、あってるぞ――すまないな、どうせまたこいつが何か気に触ることを言ったんだろ……だがまあ一応トラブルになるから少し詰所で話を――」
と、そんな二人の間に入り込む男がいた。
「いやー、これはこれは隊長さん。実はそちらのお方、私の知り合いなのです。身分のほうでしたら、私の名で――ロベルト商会で保障しますので、通してくれませんかね?」
「いや、ですが、これはトラブル――」
「はっはっは、まあそう言わずに、ね?」
そう言って、袖の下を渡しているのを俺は見逃さなかった。
「し、仕方ありませんなー。ではくれぐれも、騒ぎは起こさないように!」
ロベルトが絶妙なタイミングで間に入ってくれたおかげで、俺は無事に検問を抜けることができた。
借りを作ってしまったようで、どうも釈然としないが助かったのは事実だった。
「助かりました、ありがとうございます」
「はっはっは、お気になさらず。困ったときは助け合いですので」
なんて満面の笑みで言うロベルトはこの上なく胡散臭い。
絶対にそうは思っていないことだけは分かる。
「しっかし、あれは不運でしたね。ロデムとかいう馬鹿が相手では袖の下は通じ難いですからね、強欲なので引き際を弁えていない。その内消えてもらってもいいですね――まあ、あの隊長も半分はグルですが――」
それは俺も思っていた。
あの男は、またか、と注意したわりには、そこまで怒りの形相を浮かべていなかったのだ。
つまり、問題があることを知っていて、放任しているのだ。
つかこのおっさん、公権力にまでコネがあるのかよ。
「馬鹿を表で騒がせて、詰所でちょっとした小遣い稼ぎですか……」
「ええ、やり過ぎない限りは、表沙汰になりませんから――勿論相手を弁えれば、ですけどね」
「身分証を持ってないのは痛恨のミスですね……」
「商業ギルドなどどうですか? 貴方からはお金の匂いがしますから」
そんなストレートなもの言いに俺も笑った。
「なるほど、考えておきます――それと、これは先行投資のお礼です」
俺はリリーに貰い物のクッキーを渡すと同時に、一本のビンを取り出した。
何処からともなく出現したそれに、目を見開いて驚くロベルトだが、すぐに冷静な瞳に戻る。
「これは、ハチミツ、ですか――」
「ええ、それも巨大蜂の蜜です」
含みのある言い方で俺はゆっくりとそれを手渡した。
「なんとっ! そうですか――それは、何とも、面白いですな」
すると、今度はロベルトも悪乗りしたように、不気味に言った。
これでは、まるで悪役である。
「いーえ、これから、まだまだ面白くなる予定です」
「それはそれは、その時はぜひとも我が商会をお訪ね下さい」
食いついてくれたのは嬉しいが、どこまで知っているんだろうな、このおっさんは。
心の内に湧いた不安を、笑顔の仮面で飲み込みながら俺は言う。
「ええ、どうぞよしなに」
そう言って、笑う俺とロベルトを、気味の悪い者を見るような目で見つめるニア。
そして一言だけ――
「きもい」
酷いな、全部子供達のためだけにやっているのに。
有意義な話を終え、ゆったりとした足取りで、商店の並ぶ大通りを歩いた。
「はわー、人がいっぱいるね、お姉ちゃん!」
「リリーは何食べたい?」
「んと、んと、お肉!」
「じゃあ、串焼きにしよっか」
「うん!」
なんて姉妹の会話を微笑ましく見守る俺。
この景色だけで、ご飯三杯はいけそうだ。
「いやはや、微笑ましいですな。うちの娘も金勘定以外に女らしさを身につけて欲しいものです」
娘、その言葉に、俺の第六感が発動する。
「おお、娘さんがいらっしゃるのですか、ちなみに年齢は?」
俺がそう聞くと、不思議そうにしながらも答えるロベルトさん。
「今年で十三になりますな」
「なるほど、それは是非ともお会いしないと」
「はっはっは、娘は渡しませんよ……?」
ロベルトさんの瞳が一瞬だけ鋭さを増した。
この人も相当親ばかだと見える。
「会うだけですよ、別に深い意味はありません」
ロベルトさんの娘にも一応狙いをつけていると、串焼きを持ったリリーが俺にそれを手渡した。
「はい、パーパの分!」
おお、なんとできた娘。
限りある小遣いで俺の分まで買ってくれるとは、嬉しすぎて涙が出そうだ。
「ありがとな、リリー」
「ん、一緒に食べるぅ!」
天使の笑顔と共に串焼きを頬張った。
焼き加減とタレの味付けが絶妙でうまい。香辛料と岩塩だけで味付けするよりもやはりこっちの方がうまい。
だが肉の質はそこまでではないようだ。
取れたての肉の方が質は上なので、ニアは少し首を傾げながら食べていた。
だがそんなことはどうでもいい。
「リリーが買ってくれたから、めちゃくちゃ美味しい」
要は気持ちの問題だ。
空腹で食えばどんな物でもうまいように、幼女から手渡されればどんな物でもうまいのだ。
そんな満足感に浸っていると、目の前に薄汚れた小さな少女が立ちはだかった。
リリーを見つめすぎて前方不注意だったので、少し体が触れてしまった。
慌てて離れようとすると、服の袖をつままれて、少女は俺から離れようとしなかった。
「あ、あの――」
細い声だ。
汚れているだけでなく、栄養が足りていないのか体も細い。
いきなり現れた少女は、スラムの子供のようにも見えたが、ここは一応大通りだ。浮浪者の多くいる貧民街ではない。
出稼ぎにでもきていたのか、その様は童話で読んだマッチ売りの少女のように思えた。
最も――
「――私を買って貰えませんか……?」
少女が売ろうとした物はマッチなどという可愛らしいものではなかったのだけれど。




