セリアと釣りと
燦燦と照りつく太陽と、冷涼に広がる瑠璃色の水面が、対比しているかのように美しい。
森に吹き抜けた一陣の風が、波紋を広げ、涼を纏って全身を打った。
「あ~、涼しい~、生き返る~」
切り立った崖の上から、そっと釣り糸を垂らす。
昼間の激動が嘘のように静かな一時。俺は大あくびをしながら、そっと視線を浅瀬に向ける。
そこに広がっていたのは、土魔法で土地を整え、辺りを区切り、奥までは進めないように整えた子供達の水遊び場だ。夏だし水遊びはしたいだろうという俺の気遣いの結晶である。
元気にはしゃぎ回る子供達とは違って、俺は実にゆったりとした時間を送っていた。
琵琶湖くらいは広いんじゃねーの、と思う広大な湖にて、俺は疲れを癒しているのだ。
釣り糸を垂らし、暇な時間で水遊びする少女を見る、これ以上に充実した釣りは人生の中で体験したことがない。
おい、レン、そこを退け、邪魔だ。
邪な視線を隠すことなく、俺ははしゃぐ少女達を見ていた。
『パーパも泳ごう!』
とリリーに誘われていたのだが、流石に俺は体力の限界である。
魔法を使う前にあれだけ走りまわっていたのだ、これ以上の運動は肉体的に厳しい。勿体無いとは思いつつも低調にお断りした上で、子供達の安全を守るために、こうして見張り員となっているわけだ。
少女達の濡れた姿を凝視するのは安全のためである。仕方ない、そう仕方ないのだ。
「うーむ、やはりリリーは抜きん出て可愛いな、幼女だし」
黄金に輝いているようにも見える狐色の耳と尻尾、そのもふもふだけで、ケモナー大歓喜は間違いないが、彼女の魅力はその姿にもある。
あどけなく、儚い小さな体躯はこれでもかと庇護欲を燻られるし、薄着のワンピースを水着代わりにしている彼女の姿は、幼いながらも女性らしさを感じる。
やはり、一番に目に止まるのはリリーだが、他の獣っ娘も素晴らしい。
濡れて、ぴたんとしなった耳が愛らしいシロナとクロナも可愛い。
ネコミミってだけでもう、俺得なのだが、見事なコントラストを描く二人の少女は、水をかけあっているだけで、微笑ましくてニヤニヤしてしまう。
木陰で寝転ぶルルも、子供らしからぬ発育のよい体と括れが艶かしい。
大人っぽいのはその内面だけではない。彼女もまだ十一歳だが、発育は中々に素晴らしいようで、膨らみかけの胸が、なんともけしからん。将来は忍のようなロリ巨乳になるのだろうか。
う~む、これは実にけしからん。
「眼福、がんぷくべしっ!」
突如として俺を襲った衝撃は、風魔法によるものだろう。
想定もしていなかった不意打ちに、思わず涙が出てきそうだ。
「…………痛いなセリア、何すんだよ……」
綺麗に手加減した、美しい魔法だ。その発動の痕跡はほとんど察知できないほどに巧妙に隠されていた。
彼女の魔法は日々進化していると実感させられた。
そう、決して、幼女に夢中で油断していたわけではないのだ。
「……ジン、いやらしい顔、してた」
頬を膨らませるセリアは今日も今日とて、可愛いらしい。
だが、その格好は些か薄汚れていた。どうやら、ついさっきまで悪魔達と訓練していたのだろう。
「失礼な、俺は彼女達の安全を確保すべく、気を配って観察していただけさ」
そう、あくまで、安全のため、である。
他意はない。
(嘘だっ!!)
五月蝿いぞ、イリス。
誰が何と言おうと存在しないのだ。
「……ジンの変態、エッチ」
だが、悲しいことにセリアは信用してくれていないようだ。
ジト目で俺を侮蔑してくる。
「そう言うなって、セリアも泳いできたら?」
俺は上手く話題を逸らすためにそういってみる。
「いい、ここにいる。大いなる水よ――我が手に、アクア」
セリアの意思を受け生まれた水の蛇が、彼女の汚れを消し去っていく。
微かに濡れた衣服が、膨らんでいない胸部にぴったりと張り付いて、思わず目がいってしまいそうだった。
うむ、このままじゃ、俺はエッチになってしまいそうだ。
体を清潔にしたところで、そっとセリアが俺の隣に腰掛けた。
「釣れるの?」
セリアが勢いよく俺の顔を覗き込んでそう言う。
「いや~、それが全然……」
「ジン、頑張れ――いい加減お肉料理は飽きた、美味しいけど」
「そうだな、流石に飽きるよな……」
俺も嫌いではないが、たまにはこう、魚も食いたくなる。食卓に並べば、シロナとクロナも喜ぶことだろう。
だが、肝心の成果が伴わない。
昼からずっとやっていて、成果がゼロなのだ。
餌だけ食いちぎられたことも一度や二度ではない。
どうも、俺は釣りが下手糞らしい。
決して、決して、少女達に気を取られて、釣りがどうでもよくなったわけではないのだ。
「セリアもやるか?」
一人でやるよりは二人のがいい。
俺は戦力にならないらしいし。
「ん、やる」
端的な返答を受け、木の棒に、魔糸と餌を括り付けただけの単純な釣り道具をセリアに渡した。
釣り糸が水面に飛び込んで、ゆったりとした時間だけが過ぎていった。
時折吹く風に乗って、セリアのいい匂いが鼻腔を擽る。
金糸の髪から、鮮やかな紅玉の瞳が覗いて、俺はそんなセリアを少しだけ見つめた。
「……なに?」
訝しげに思ったのが、そう聞いてきたセリアの頭を撫でる。
「頑張ってるみたいだけど、無理してないか?」
セリアはここに来てからずっと、強くなろうと努力していた。
エルレインやアイリシアに交代で魔法を教えて貰ったり、戦闘訓練をしているのだ。色々と思うところがあるのだろう。
俺は戦闘はイリスに依存しているし、魔法に関しては魔道の書にお任せなので、人に教えることはできないし、セリアのほうが俺よりも明らかに才能があるのだから教えようがない。
だから、困ったときの悪魔に丸投げである。
魔法は勿論、近接戦闘に至るまで、長き時を生きる悪魔は簡単にこなして見せるのだ。
彼らは、ここに来てかなり忙しくなったことだろう。今度労ってやろうと俺は密かに決めた。
「平気、無理はしないし、師匠も優しい」
と、セリアは言う。
「それに楽しいよ、何もしないでいるよりずっと」
「セリアはまだまだ、遊んでいていいんだけどな」
これは、間違いなく俺の本音だった。
セリアはまだまだ子供である。子供は食べて、遊んで、学んで、寝て、健やかに育つことこそが仕事だ。その他の雑事は全部俺がやればいいのだから。
訓練に励むようになって、それでも子供達に混ざって、ちょっとした年長者気分で遊んでいる姿を見たことはある。
だが、それも何処か年齢にそぐわない大人びた態度の表れだと俺は思ってしまっている。
「ん、それも悪くない。でも――弱いままじゃ、何も守れないから。大切な人も、家族も…………」
小さな少女が言った言葉は、その身に似合わず余りに重い。
笑顔の戻った少女の奥底には、未だに癒えぬ傷がある。
だけど、彼女は立ち向かうと決めたのだろう。
ならば俺は――
「そっか、頑張れよ」
今はその小さな背を押して、辛く、悲しくなったその時には、そっと支えてやろうじゃないか。
「うん」
木漏れ日を感じながら、ゆったりと時間が流れていく。
そんな、穏やかな空気を、釣り糸の揺れが一変させた。
「おっ、セリア、引いてる、引いてるっ!」
半ば眠りかけていたセリアに俺は告げた。
「ん……ぁ、ほんとだ、引く引く」
セリアが力を入れて、竿を引いた。
水面には幾つもの波紋が浮かんで、かなり大きな水しぶきも巻き上がる。どうやら大物のようだ。
セリアのような子供が引けるレベルの獲物ではないとは思うのだが、見た目と裏腹に、彼女は魔族の血を引いているので、俺よりも力があったりする。なんか最近子供に負けてばかりの俺だが、異世界なので仕方ない、うん仕方ないのだ。
単純な力比べの綱引きでは、セリアのほうに分がありそうだ。
銀色に輝く鱗が、水面から微かに覗いて、今にも吊り上げてしまいそうだった。
「いいぞ、セリア、あと少しだ」
「ん、お魚、食べる」
セリアは心の奥底から湧き出る食欲に身を任せ、渾身の力を込めて、釣竿を引いた。
勢いに釣られて、全長五十センチはありそうな大魚が、勢い良く飛び出た。
「やったっ!」
セリアが言う。
これは釣れたな、と思っていたのだが、魚は魚で必死なのか、最後の最後で渾身の抵抗を見せた。
決して切れることはない魔法製の糸を引っ張るのではなく、突き刺さった針ごと、餌を食いちぎってしまったのだ。
敵ながら天晴れである。
これが野生生物の、生への執着なのだろう。
「あうー」
っと、セリアが悔しそうだし、悲しそうだ。
このまま見過ごせば、ロリコンの名折れである。
そうと決まれば、俺の行動は迅速だった。
俺は、ぽちゃんと水面に着水した魚に照準を合わせた。
そして、次元袋から、それを引き出す。
グリップを握り、引き金に手をかける。射線を合わせ、狙いを定め――そして引いた。
ドパン――
乾いた銃声と青色の発光。
黒い十字架を装飾とした自動小銃から、氷結を纏った一発の弾丸が打ち出される。螺旋を描き、大気を突き抜けた魔弾が一瞬で目標との距離を消し去った。
水底に隠れてしまいそうだった魚の尻尾に、青い弾丸が突き刺さる。
衝突と同時に解けた弾丸は、辺りの水を巻き込んで、氷となって魚を包んだ。
冷凍保存ができて一石二鳥である。
「うし、捕獲!」
氷漬けとなった魚がプカプカと浮いた。
俺は素直に喜んでいたのだが、セリアは頬を膨らませていた、何故だ。
「ジン、反則! 不思議な道具使っちゃ釣りじゃない」
「いや、でもほら、ちゃんと捕まえたし……」
「むー、捕まえるだけなら魔法使ったもん」
俺が先輩から貰った現代兵器を使用したことにセリアは憤っていた。
いや、だがあのまま放置するのは、何というか勿体無かった。
ちなみに、セリアは魔法を使うといったが、魔法は発動に時間がかかるものが多い。だから俺も、咄嗟に先輩から受け取った武器を引き抜いてまで、獲物を確保したのだ。
だが、セリアは小さな頬を膨らませて不機嫌モードだ。
仕方ない、ここは秘密兵器の出番だろう。
「そうだ、ほらハチミツキャンディ上げるから機嫌直してくれよ」
これも森から集めてきたものを、魔法で調理したものである。
この森でも、甘味は貴重品だ。
果物意外となると中々手に入らない味覚に、食いしん坊のセリアは釘付けである。
「そ、そんなんじゃ、私は誤魔化されない……!」
と、そう言いながらも俺の手からハチミツキャンディーを奪い取るセリア。
その表情は、怒っている様で、緩んでもいる。
忙しいやつだ。
だが、やはり甘味の効果は絶大である。
やはり、子供を篭絡するにはお菓子が一番なのである。
俺はこの世の真理を再確認するのだった。




