新たに、ここから
「一応言っておくが、我と違ってこやつらは喧嘩っ早いぞ。我に不敬な言葉を浴びせれば、当然、静観はせぬ」
言うのが遅い。
やばい、頭が痛い。
猛烈に痛い。
畜生、人がせっかく完璧な美貌の完成を手伝ってやろうとしたのに、なんて仕打ちだ。
大体、何だその女神みたいな格好は。純白のベールがまるで清楚じゃない。むしろいやらしい。見ろ、そこら辺で獣人の独身男性が興奮してるではないか。
全く持って破廉恥な。
「いいか、良く聞けルビアよ――」
「「呼び捨て禁止――!」」
と、ルビアの傍にいる光と闇っぽい精霊が、謎の見えない波動を放ってくるが、二度くらうほど俺は甘くない。身体強化にものを言わせ、その場から消えるように飛びのいて制裁を回避する。
べこっと、元いた場所が凹むのだが、攻撃の種類がよく分からん。魔法を使っていれば魔道の書が感知するのだが、まるで反応がないので困る。一発目の不意打ちをくらったのもそのせいだ。
「「むー」」
精霊どもは悔しそうだ、ざまあみろ。
おっと、俺は子供相手に何をムキになっているんだ。
「クハハハハハ、やはりラフェルの玩具を従えるだけあって中々に優秀ではないか、良い。申してみよ」
と、ルビアは上機嫌に笑った。
俺は一つ、大きく咳払いをして、自信満々に言う。
「いいですか! 世の中小さいものこそが美しいとされるのです。完成された美は完成された体にしか宿りません。即ちツルペタにしか宿らないと言えます。貧乳は芸術なのです、決して貧しい訳でなく、品があると書いて品乳と呼ぶべきです。だから、ちっさくなりましょう。貴方はなんか凄そうですし、身体構造を変えるくらいできるんでしょう? できるんですよね? むしろできないと俺が泣きます」
我ながら俺、必死すぎる。
だが、彼女が幼女化すれば、それはそれは素晴らしいことになることは確定的に明らかだ。
ここは一つ知恵を絞って頼み込むべきだろう。
「ふむ、まあできなくもないが、利点があるようには思えぬぞ?」
いや、メリットはある。
俺が喜ぶし、幸せになれる。皆だってきっとそっちのほうがいいはずだ。
おいこら、そこの獣人、今舌打ちしたな?
よし、お前の処遇は後でじっくり考えてやる。
「利点ならあります」
「ほう――」
と期待するように見つめてくるルビアだが、当然口から出たでまかせだ。
だがもう引くに引けない。
手八丁口八丁で納得して貰うしかない。
「小さな容姿はそれだけで人の警戒心を解くことができます、強大な存在であっても、一目見たら、その愛らしさに心を開くことになるでしょう。無意味に警戒されることも、恐怖されることも、忌避されることもなくなると思います」
現にお父さんなんかめちゃくちゃ脅えてたし。
「ふむ、確かに――この地に落ちて、人の信仰が我の力の半分になった。そう言う意味では有益だが、今さらそれを求めようとはとは思うとらん――既にここも、我も、終わっている」
なるほど、分からん。
だが、これだけでは説得できないか。てかそれより、これで力が半分って。マジでありえないだろこいつ。魔王がこいつみたいな実力者なら、俺は尻尾を巻いて逃げたくなる。
それはともかく、俺は必死で理由を追加していく。
「他にもあります。元来小さいものは旨みであれ、力であれ、凝縮され、収束されて強力になる物です。俺の国にも、ぅゎょぅι゛ょっょぃと言う言葉があるように、小さいものはそれだけエネルギーが収束して強くなります」
自分でも何を言ってるのか分からない。
だが、こう真面目ぶって、いかにも正論ですと告げれば、それなりに正しいと聞えてしまうものだ。
さあ、流されろ。
流されるんだ。
だが、そんな俺の期待はあっさりと裏切られる。
「我はもう、力に興味はない。今も、随分と力を無くしたが、取り戻そうとは思わぬ」
何故?
いや、分からなくもないが、彼女の気持ちはまるで想像できない。何せ同じ人間ではないのだから。
「ここがもう、終わっているから?」
俺は不意にそんな言葉が零れていた。
「――そうじゃ、既に、誰もおらぬ。小さき者なき場所に神はいらぬ。我は神格の性質が故に、この場を動くことはできぬしのう」
と、ルビアは、彼方を見透かしながら告げた。
さっきから理解を超える言葉が飛び出て、理解が追いつかない。
(イリス、神格ってなんだ?)
(天界に集う正の願いが齎す力、まあ天上界の生命が持つ力の塊とでも思ってください。天使は墜天すれば、その身に宿る正の力を失います。故に、彼女は自らの神格を土地神としてこの地に縛り付けて、己が力を取り戻そうとしたのではないでしょうか? 結果は、見るも明らかですが)
ふむ。
少しだけ、彼女の求めるものが分かった気がする。いや、見当違いの可能性は高いが、交渉の条件としては十分か。
「つまり、小さくなる気はない、と」
「ま、そうなるのう」
くそ、この神様ちょろくなかった。
神様とか偉そうな奴は基本的にチョロイはずなのに。
だが、この程度の拒絶で諦めるほど、俺の業は浅くない。下校途中の小学生に、警察を呼ばれながらもバレンタインのチョコをねだろうとした俺は諦めが悪いのである。
「この場でずっと、そうして一人でいるつもりなのか?」
「「一人じゃないもんっ!」」
俺が言うと、精霊に否定された。
「三人でいるつもりなのか? 誰かが来れば、拒んで、紅玉宮の化物としてこの場にいて、貴方は満足なのか?」
そう、俺が言うと、体に圧し掛かる威圧感が増した。
思わず冷や汗が出る。
少し、深く尋ねすぎたか、と後悔してももう遅い。
「知ったような口を、我の望みは叶わぬ。我を望まぬ者がおるでな。かつて憧れた地が傍にあって、我の足は歩むこともなければ、軌跡を残すこともない。悪いことは言わぬ、この地より立ち去れ。でなければ、いずれこの街のように、お主も後悔することになるだろう」
何だかんだ言って、中々に甘神様である。
結局彼女は俺達の心配をしているのだ。
「俺は取り合えず、皆をここで暮させるつもりだったんでけど、駄目ですか?」
怒りに満ちたように見えるその瞳は、神様らしく何処か優しげだった。
「言っておろう、後悔することになるのは貴様らになる」
だが、その決め付けは少しだけ気に食わない。
勿論、滅び去ったこの街のように、失敗するかもしれないが、もしかすれば成功だってするかもしれないじゃないか。
可能性は高いか低いかの差はあっても絶対はない。
それに、こうして俺と会話をする彼女はどこか懐かしそうに遠くを見るのだ。
まるで過去を覗き込むかのように。
「誰かと会話している方が、貴方はおっかなく見えませんよ? 実は寂しかったり、とかするんじゃないですか?」
「なっ! 我を愚弄するな、寂しくなんか断じてない!」
と、彼女は少しだけ語気を荒くして言う。
イリスに寄ればアルファが滅んだのは数百年も昔らしい。その後も彼女は、ずっとここに一人でいる。勿論人間には耐えられないであろうが、神である彼女は平然としているように見える。
天界については俺は何も知らないが、そんな理想世界から力を失ってまで降りてきた彼女の望みは孤独からの開放か、好奇心からの衝動か、まあそんな人間染みた感情だろうと俺は思う。
何せ彼女は今、楽しそうに見えたから。
最初は声も発せないほど威圧されていたのに、何故か今は自然と会話ができる。
しかも、なんか頬がピクピク動いてる。これは中々動揺してるのだろう。
ここは一気に押してしまおう。
「やはり、貴方は小さくなるべきだ。そうすれば、ここで暮す子供達とも仲良くなれますよ?」
「むっ! それはほんとか! 我は昔から幼子には嫌われてのう、理性が薄い分、本能で嫌われてしま――――はっ、いや、なんでもない」
お、食いついた。
これはうまくいくかもしれない。
「ほら、リリーなんて今ですらあんまし怖がってないですよ? それに皆も意外と大丈夫そうです。アルファという国のことは知りませんが、もう一度、ここに村を作るところから始めてみませんか?」
リリーが怖がってないのはほんとだが、他の皆は怖がる余裕がないほど気持ち悪いだけなのだが、それは黙っておけば分からないだろう。あれ、やっぱこの神様チョロイのか?
「い、い、いやっ、駄目じゃ。お主らも狙われる可能性がある」
そう言って、ルビアは少しだけ、アルファのことを語った。
アルファは多種族が住まう場所だった。人も獣人も森人も龍人も魔物も魔族さえも、共存の対象として繁栄を遂げていた。だが、繁栄は二つの裏切りで閉ざされた。一つは魔族の謀反、もう一つは人間の離反。魔族の内部と外部同時襲撃があった頃、彼女は魔王に匹敵する高位魔族の撃退に出ていたらしい。
帰った場所には、死に絶えた死体の山と、国を捨て去っていく民の姿だけが残ったという。
「確信を持っていえるが、これは陰謀じゃ。それも深く黒い大きな陰謀。天と魔が協力したかのような、まさに神を欺くほどの企みじゃった。我が力をつけることを恐れたのか、それとも――――だが、これで理解したか? 我の近くにいることはそれだけで危険じゃ、標的にされやすく、どうしようもないほど大きな力が動いておる」
だが、それを聞いても、俺は別に悲壮感を感じることはない。
そんなのは、何処にでもある、人の営みとして当然に起こる悲劇だ。
地球でもそれは同じだろう。望んでもおらずに戦争でしに行く命があるように、国家を形成すれば、それだけ陰謀が渦巻くのだから。そんなものを恐れるよりも、抜群に調った目先の利益を優先して構わないとさえ思える。
核兵器の代りに魔王やら天使がいるこの世界なら、理不尽は覚悟すべきだ。
それに――
「じゃあ今度は守ればいい。守ってくれればいい。幼女になれば俺が守るし、ならないなら俺らを守ってくれよ。失敗なんて何処にでもあるんだから、ここで挑戦したっていいじゃないか。魔物渦巻く森で暮すより、あんたに守られて暮すほうがよっぽど安心できると思うが?」
「しかし――」
ふむ、もう一押しといった所か。
「それに、まだ国を作ろうってわけでもない。高々二十人を受け入れたぐらいじゃ、あんたの力も増えないだろ? なら、そんなに気にすることはないじゃないか?」
「それはそうだが――」
「ほい、なら決定」
俺は有無を言わさず断言する。
「ま、待て我はまだ――」
「っと、そんなことより、綺麗な場所を貸してくれよ。皆空間酔いで、喋れないほど衰弱してるし」
「な、なぬっ! じゃあ、我を恐れないでいてくれたのではないのか?」
「はー、そんなことより、さっさと働いて下さいよ、ルビア様――」
「む、仕方がない」
俺が言うとそそくさと動き始めるルビア。
結論、神様は流されやすいし、やはりチョロイ。
「あ、それと小さくなってください」
「それはやじゃ」
なぬっ!
うーむ、やっぱりチョロクない、のか。
ロリに至る道は今日も今日とて険しいのだった。




