陣と忍
天との訓練を終えた俺は汗を拭って、服を着替えた後に、食堂へと足を運んだ。
王城にも、身分によって、食堂が分けられているのだが、その中で俺は、他と比べて少しこじんまりとしている隅っこの食堂へ入った。
中はそれなりに綺麗だがやはり狭い。
俺は幾つかある席のうちカウンターへと腰掛ける。
「おっ、来たねー、変わり者の勇者様ー!」
そう言って、俺を迎えたのは、給食のおばさん風にエプロンをつけた獣人の女性だ。
確か、ロロさんだったっか。
犬耳が中々にチャーミングだ。
彼女は俺を変わり者というが、俺はただ美味い物を食いに来ただけである。
「こんにちは、忍は来てますか?」
「奥で仕込みやってるよ、ちょいと待ちな」
と言われて、俺は席で出された果実水を口に含んだ。
辺りを見渡せば、人影はあまりいない。
それはこの食堂を利用する人数が少ないからと言うのもあるのだが、一番の理由としては、人が利用していないから、なのだろう。
身分によって食堂が分けられるこの場は、人族以外の種族を対象にした食事所である。
人が少なくてささっと飯が食えるので便利と言えば便利なのだ。飯も決してまずくはない。
加えて、セリアと共に食事をする機会が増えたので、必然的に足を運ぶようになったのだ。
内装としては、ファンタジーな酒場だろうか。
奥には巨大な鉄板があって、豪快に肉を焼いたりするのが、中々にワイルドで美味い。
まあ、今日訪れたのは忍に呼ばれたからなのだけれど。
彼女は人が少なく、あまり忙しくないこの場を使わして貰って、よく料理をしている。
幾つかのメニューはこの場と王国にも提供したとのことだ。
忍の料理は美味い。
小さい頃からお菓子作りが趣味だっただけあって手馴れているし、晩飯もよく作って貰っていた。そう考えると、俺はリア充なのかもしれない。
むしろ、剣を振るよりもエプロン姿でいるほうが違和感が存在しないくらいだ。
将来はいいお嫁さんになるのだろう。
「陣君っ! 来てくれたんだ!」
と、何故か喜んでいる忍がエプロン姿で厨房から出てきた。
いや、呼んでおいて、行くと返事をして、キャンセルする男がこの世に存在するのだろうか。
俺はそこまでゲスじゃない。
だが、どうせなら裸エプロンが見たいと思う程度にはゲスなのだけれど。
「よ、忍」
忍が手に持っていたのは大きな二つのお皿である。
忍が近づくと共に、何ともいえぬ芳しい香りが漂ってくる。
皿の上には馴染みのある物が置かれていた。
「お好み焼きかっ!」
俺は思わず立ち上がって、忍の持つ皿を食い入るように覗き込んだ。
するとそこには、懐かしさすら感じる円形の芸術があったのだ。
「鉄板料理の定番だからね、先輩や天君も美味しいって言ってくれたんだよ?」
と忍は胸を張っていった。
体に見合わぬ果実がぽよんと揺れる。
「なぬ、先輩に先を越された。俺は後回しかよ」
「ち、違うよ。味見して貰ってただけ! わ、私は、その、じ、陣君に――」
「よし、さっさと食べよう。熱々が食いたい!」
「も、もうっ!」
忍はむー、とばかりに唇を尖らせていた。
だが俺は正直忍の言葉などどうでもいい。俺の視線は、ソースに塗れ、湯気を上げるお好み焼きに釘付けなのである。
「はぁ、もういいよ。陣君はほんと、食い意地が張ってるんだから!」
そう言って、忍は俺の前にお皿を置いてくれた。
「一つは豚玉で、もう一つはシーフードだよ、召し上がれ」
俺は忍の差し出した皿に飛びついた。
お箸ではなくフォークとナイフだが、些細なことは気にならない。
絨毯のように柔らかい生地にそっとナイフを入れると、吸い込まれるように進入していった。切り分けられたそれをフォークで突き刺して口いっぱいに頬張る。
「うまいっ!」
語彙力の乏しさを感じるが、それしか言えない。
二口目を頬張って、再び美味に浸る。
カリッと焼かれた表面と、熱々でふわとろの中身。かざりっけのない大味に肉、野菜、卵などの味がしっかりと混ざり合う。異国風料理とは違い、かつて向こうでゲーム大会の打ち上げによく通っていた、お好み屋さんを彷彿とさせてくれる味だった。
「ほんとっ! 良かったー」
「いや、これはマジで美味い! 忍の料理は最高だ、間違いなく!」
俺が本心を告げると、忍は何故か頬を赤らめて俯いた。
「…………れで、胃袋は掴んだ」
そして小声で何かを言っていた。どうして拳を握るんだ。
まあ、どうでもいいか。
俺は一皿を平らげ、もう一皿のシーフードへと手を伸ばす。
こちらも、同じくらい美味い。
天との模擬戦でかなり動いたので手が止まらなかった。俺は終始夢中になって料理を平らげた。
「ふぃー、食った食った。ご馳走様、忍」
「はい、お粗末様でした」
喉を潤すべく果実水を一口飲む。
膨れた腹を撫でていると、忍はこちらをさりげなく覗き込んで来て、
「良かった、いつもの陣君だ」
なんて言った。
その表情はどこか儚げで、鏡の中に映り込んだ、幻のように思えた。
「心配してたんだよ? こっちに来てからの陣君はいつも必死で、なんていうか張り詰めてて、ふざけているように見えて、全然楽しそうじゃなかった」
そう、見えたのだろうか。
確かになれない環境で、一人何もできなくて、必死になっていたのかもしれない。
「セリアちゃんが傍にいるようになっても、イリスちゃんが傍にいても、陣君はやっぱりなんかピリピリしてた。王女様を助けた後は、より一層必死になっていたし…………陣君は優しいから、手の届くものは全部助けようとするんだよ、それでできなかったら全部自分のせいにする。私、嫌だよ? 陣君が昔みたいになっちゃうのは……」
そんな、忍の思いやりに、俺は言葉が出てこなかった。
確かにそうかもしれない。
自分では、いつも通りでいたつもりだけれど、異世界に呼ばれて、普通でいれるほうがおかしい。見る者が見れば、それが虚像だとあっさり分かってしまうのかもしれない。
忍だって、それは同じだ。
なのに、心配させちまって、そんな自分が情けない。
いや、そんな誤魔化しよりも、ここは素直に受け取るべきなのだろう。
「ありがとな、忍」
「ううん、いいよ――陣君は私がいないと駄目なんだから。それに私だって、何時までも陣君の背中にいると思ったら大間違いなんだからね!」
思えば俺は、無駄な心配をしていたのかもしれない。
忍の朗らかな笑みを見て、そう思った。
俺と同じか、俺以上に、天と忍も現実を見据えて行動できているのだから。
「ははっ、まあ、そうだよな――けど、もう大丈夫だ。美味い飯食って、やる気が出た」
俺は俺で、それなりにやっていくしかない。
できることを、できるだけ多く。
一歩でも前へ。
ただ――一つだけ、懸念はある。
「忍も頑張りすぎるなよ? あんまり馴染み過ぎるのも、良くない…………」
「…………うん……こっちの常識に馴染んじゃうと、向こうに帰ったら大変だろうね……」
異世界は過ごすだけでそれなりに楽しい。
これが、それなりな内は大丈夫だが、一年、そして二年と時が過ぎれば、思い出と今の比重があっさりと入れ替わってしまうかもしれない。
今だってそう。
久しぶりに故郷の味を知って、懐かしいと思ってしまう。
当たり前が、変わっている証拠なのだろう。
「やっぱ、すぐに帰らないと駄目だな……」
「でも、皆で帰るには十年はかかるんだよね……」
「…………」
「……? 陣君?」
「ああ、ん、そうだな……こりゃあもう、忍に日本の味を思い出させて貰わないと駄目だな」
そういいつつも、俺は名残惜しく、皿についたソースをすくって口に運んだ。
「もう、また作ってあげるね。じゃ、私片付けしてくる」
そう言って、立ち去る忍を俺は見送った。
「やっぱ、帰りたいんだよな、忍は」
そうであるなら、俺は、また動かなければいけないのだろう。
忍がまだ希望を抱いている今の内に。
俺は片付けるべき問題を脳内で纏めて、思考を巡らした。そうしていると、不意に聞き馴染みのある声が漂った。
「やっぱ言わへんのか、陣君やー」
声のする方へ視線を向けると、食堂の入り口で、思わせぶりに佇む輪廻先輩がいた。
「盗み聞きですか? 趣味悪いですよ、先輩」
「いややわー、今来たばっかやで、うち。ちょこっと、会話が聞えてきただけやから、不可抗力っちゅうやつやで」
どうだか。
少なくとも、その笑顔は信用できません。
「それよりも、陣君はどないするつもりなん?」
「……近日中には、多分この国を離れると思います」
「そーかー、やっぱ一人で行くん? 忍ちゃん、悲しむで?」
「そこは先輩がナイスフォローを」
「やめてーや、うちにもできへんことはあるんやでー」
それは初耳だ。
この人なら、何でもできると断言しそうなのに。
「ま、構わへんけどな、うちも陣君に頑張ってもろて、はよ帰れるならそれでええし」
そんな言葉に、俺は驚愕した。
この人は、少なくとも向こうの世界に帰りたい理由などないと俺は思っていたのに。
「なんや、意外か?」
「まあ、はい……」
「はは、別にうちは向こうに帰りたないとは思わへんで。家には死んでも帰らへんけどな。――うちは案外好きやったで、部活しながらわちゃわちゃしたり、遊んだり、ご飯食べに行ったりするんもなー。ま、でもこっちの世界もそれなりに好きやから、この国の行く末くらいはまともにしたげるけどな」
これはまた、意外である。
忍もしかり、輪廻先輩もしかり、俺は分かった気になって、実は間違えていることがこの上なく多い。
だけど、安心した部分も確かにあった。
「じゃ、こっちのことは任せます。ついでに忍と天のことも」
「任されました。でも、もうちょい待ちや。途中で陣君に死なれた部長のうちが困るし、泣くでー。そうならんように、陣君の武器も絶賛製作中やから、それからな」
「楽しみにしてます」
「ははっ、やっぱ陣君も男の子やな」
「武器に憧れない男子はいないですよ」
なんて下らない会話をする今を、俺は噛み締めるように満喫するのだった。




