悪魔召喚
王城には、草木の調和が鮮やかな円形の広場が設けられている。色とりどりの花々が、花壇に植えられていて目を楽しませる。噴水が見せる水の輝きと木々の緑、それらと調和した花々は、思わず足を止めてでもみてしまうことだろう。
基本的に一定の身分を持ったものは、ここに立ち入ることができる。その辺のベンチに座って眺めているだけで、心が落ち着いてくることは間違いないのだろう。
だけど、本来この庭園はテラスから見下ろすように設計されていた。
王族が、休憩もかねて、外を見渡すときにこの自然を眺められるようにしているのだ。
「ジン様っ! ジン様ぁーー!」
とこっちを呼ぶ声がして、俺は声のするほうを見上げた。
すると、フィリアの執務室に備えられたテラスから、ユーリカが手を振っていた。
その横では、フィリアがカップを手に威圧的な視線を向けてくる。
相変わらずのシスコンっぷりである。
俺はフィリアに負けじと魔法を起動して、テラスへと跳んだ。
俺が来るのがユーリカは分かっていたのか、ひょいっと傍に寄って来る。
「よしよーしー、ユーリカは可愛いなー」
「えへへー」
うん、天使。
はにかむユーリカ超可愛い。
「ちっ! ユーリカ、あんまりその汚らわしい男に触れないほうが――」
「姉様めっ! ジン様を悪く言っちゃ駄目っ!」
「なっ! ユーリカ、違うの、違うのよ――」
はははははははは、残念だったな。
ユーリカはこちらの味方のようだ。
俺は悔しがるフィリアをドヤ顔で見据える。
ユーリカは俺にナデナデされると心底嬉しそうに微笑むんだぞ。
「――あ、そうだわ。ほら、ユーリカ、さっき料理長に焼かせたマカロンがあるの、おいで、食べさせてあげるわ」
「ほんとっ!」
甘いものを手に持ったフィリアに釣られて、俺の手の中を離れて駆け出したユーリカ。
カムバック、幼女ー。
「はい、あーん」
とフィリアがマカロンを手に持って差し出す。ドヤ顔でこっちを見てきて超うざい。
「ん、あーん」
ぐぬぬぬぬぬ。
駄目だよ、ユーリカ。
悪い大人に騙されたら!
そのお姉さんは妹を偏愛する危険な奴なんだよ!
「ジン様、できれば来られる時は扉から入ってきて欲しいのですが?」
と、俺の分の紅茶を用意してくれたセラさんが言う。
「いやー、ユーリカが可愛かったもので、つい……」
「貴方の能力、暗殺とかに便利そうね……」
と、フィリアは言う。
まあ空間跳躍は基本的な警備ではどうしようもない。最高レベルの結界でも存在しない限り、何処へでも大体一瞬でいける。まあ、慣れるまでは地獄だけどな。
「んな、物騒なことしませんから、安心して下さい」
「そう、ですか」
と、慎重にこちらを見てくるフィリア。
そんなに警戒しなくても、
「ユーリカを悲しませるようなことを俺がするわけないじゃないですか」
それだけで、フィリアに八つ当たりをする理由はなくなる。
「まあ、私のエンジェルは誰にも渡しませんけどね」
そう言って、ユーリカをぎゅっと抱きしめるフィリア。
「ねーさま、苦しいょ」
ユーリカは胸に顔を埋め、足をパタパタさせている。クソ、解放してやれよ、苦しそうだぞ、全く。
「このシスコンめ」
「はっ、黙りなさいロリコン」
「むー、ジン様も姉様も仲良くしないとめーっ!」
胸の合間から顔を出したユーリカが叫ぶ。
「「はい」」
俺は反射的に返事をしてしまった。フィリアもきっと同じだろう。
似たもの同士ですね、とセラが言った気がする。
失礼な、こんなシスコンと同じにしないで欲しい、全く。
「っと、そうだ。ユーリカ、おいで、プレゼントをあげよう」
「んー、ジン様、なになに?」
と、近寄ってくるユーリカに、俺は腕輪を手渡した。
白く青いそれは、夜空に照らされた氷の結晶のような意匠と、中央に飾られた藍色の宝玉が、静かに調和して輝いていた。
「ジン様、綺麗! 姉様見てみてー!」
とはしゃぐユーリカを、俺は見て満足した。
ついでにフィリアへのドヤ顔も忘れない。
「ありがと、ジン様!」
と、笑うユーリカに、俺も笑う。
「さて、んじゃ、俺はそろそろ失礼するよ。またな、ユーリカ」
「ん、またねー、ジン様!」
俺は精一杯格好をつけて、空間跳躍にて、この場を後にした。
◇
夜、自室にて、誰も部屋に入れるぬようメイドさんに命令してから、俺は一冊の本を顕現していた。
現状、俺が持っている三冊の禁書のうち、まだ使ったことのないそれを、俺は闇の中にそっと浮かべた。
「遂にやっちゃいますか、私ドキがムネムネしちゃいます」
随分と懐かしい死語を口ずさむイリスが、そっと禁書に触れる。
魔道の書ともまた違う、それが纏う気配は一層に禍々しい。
魔法陣が重なって、明滅しては消えていく魔道の書のような神秘的な美しさは一切ない。まるで全てを飲み込んで奈落へと誘うかのような、深い闇の気配だけが本の傍にあった。
降魔の書と銘打たれた、その本は、地底の無から悪魔を降誕させるための書物である。
「うーむ。勇者っていうより、明らかに魔王の力だよな、これ」
「気にしたら負けです。それに主様は、どう考えても勇者より魔王のほうが向いてますよね」
そしてイリスは少し考えて、
「命が惜しければ、幼女を置いてけー、とか言いそうです」
なんていう。
「そりゃ、盗賊の台詞だろ」
「つべこべ言わずに起動するのですよ」
と、言われて、俺は改めて、漆黒の書物へと魔力を注いだ。
すると、歪なほど、黒く本が輝く。
悪魔、についての情報は、そう多くない。
俺が知っているのは、全ての悪魔は、この世界の内側、地底の無と呼ばれる場所に存在していること。下位の固体から上位の固体まで、すべての悪魔が凄まじい力を持っていること。
魔王の一柱が元悪魔であること。
そして、魔力によって契約、及び支配が行えること。
これくらいだ。
この力を使うことを躊躇った理由は二つある。一つは単純に、魔力の充填が必要で、溜まりきっていなかったこと。もう一つは、悪魔の性格上、弱者には従うことがないということ。
つまり、危険なので、びびって使わなかったそれだけだ。
だが、自重していて死にましたじゃ笑えない。
前回の戦闘でも、俺が戦っている間ユーリカを預けられる存在がいれば、瞬間移動での回避が可能だったはずなのだ。つまり、そろそろ味方が欲しい、とそう言う理由で、今回召喚に踏み切った。
悪魔の仲間とは、また勇者のイメージが崩れそうだが、贅沢は言うまい。
「んじゃ、イリス――降魔の書、起動」
「はいなのです。さあ、さあ、強大な悪魔さん、めっちゃくちゃ力ある悪魔さん、出てきて主様の奴隷になるのです、なるのですよー!」
随分適当な文言である。
それでも魔法陣は光っているからまともに起動しているらしい。
こんな召喚に呼び出された悪魔はご愁傷様である。
黒い光はやがて収束して、地に魔法陣を刻んだ。
空間がぐんにゃりと歪んで、光が爆発した。
天に伸びるような真っ黒の柱、その中から現れた二人の人影。
「クフフフフフフフ、愚かな人間が、僕等を呼んだみたいだよ、姉さん」
「アハハハハハハハ、愚かな人間が、私達を呼んだみたいだね、弟よ」
うーむ、見事なまでの悪魔っぷりである。
喋り方もなんかそれっぽい。エコーでもかかっているんじゃないかと思うほど反響している。
姉の方は黒い翼に、病的なほど白い肌、服の代りに黒い靄のようなものが体の大事な部分を覆っている。左頭部には天を貫く一本の角。手の甲と、胸元には何か蠢く文様のようなものがあった。
弟の方は姉よりは少し背が低い。それに姉と並ぶと左右対称に見える。角とかが得に。体付きは細く、中性的な顔立ちをしていて、瞳が碧い。
一人召喚するつもりだったのが、二人になった。
彼らは、愉快そうに笑って、こちらを見下している。
ふむ、その余裕が何時まで持つか楽しみだ。俺は悪魔染みた笑みを口元に浮かべる。
「うわー、主様が悪そうな顔してます。ご愁傷様なのですよ、いや、マジで、ほんとに……」
「失礼な、イリス。俺はちゃんと、お願いするさ。契約は双務的でないと公平じゃない」
「とかいって、禁書で召喚された時点で手遅れなのに、暢気ですよね、あの二人? はずれを引いたかも知れませんよ?」
「「なっ」」
そんな、イリスの言葉に、二人は不服そうに顔を歪めた。
「愚かな羽虫め。人に飼われた精霊如きが僕等に口出しするな」
「ほらやっぱり、馬鹿ですよ、主様」
とイリスが笑う。
こいつが笑うとムカつくんだよな、実際。
「貴様ぁあああああああああっ!」
思わず、弟悪魔が黒々とした爪で襲い掛かるが、
「戒めろ、降魔の書」
と、イリスが言うと、輝きを放った禁書から漆黒の鎖が絡みつき、悪魔の自由を奪い取った。
「無知とは悲しいものですね。ま、主様の能力は知らないのが当然なのですけれど」
放せ、放せよ、と喚く悪魔がイリスの手のひらで遊ばれている。
どっちが悪魔だ、全く。
その様子を見て、姉のほうは立場を理解したのか、大人しくなっている。
「さ、契約を始めましょう、なのです」
この場は既に、イリスの独壇場だった。




