天の剣
俺達が異世界に来てから凡そ一ヶ月の時が流れた。
皆それなりに力を得て、この過酷な世界においても、生きていける程度の実力はつけられた。
それが、良いことかどうかは置いておいて、環境に適応できたことは喜ばしいのだろう。
王女様の計画通りかは分からないが、俺達はこの世界に随分と順応した。
だからと言って、望郷の念が無いと言えば嘘になる。
白いご飯に納豆の朝食を食べたくなる日もあるし、ゲームをやりたくなる日もある。
だが、時が過ぎ去れば過ぎ去るほど、そんな感情も薄れていくのだろうか。
まあ、向こうの世界には、何の思い入れもない俺としては、別にどちらの世界にいようと同じなのだろう。きっと先輩も同じようなものだと思う。
忍はまだまだ、帰りたそうにしているし、天はマイペースに日々を送っているからよく分からんが、この世界よりは平和な日本のほうが向いているとは思う。
ともあれ、いつ勇者として旅立て、などと言われるかも分からないこの状況で、できることは全てやっておくのが最適だとは思う。ついこの間も余裕ぶっこいて死に掛けたし。
と、いう訳で、俺は訓練場にいた。
俺と天が訓練上に立つと、がやがやと喧騒が濃くなって、人だかりができてきていた。
勇者四人の模擬戦は、王城内ではわりかし有名になっているのだ。
何せ、戦いのレベルが段違いなのだから。
忍と天の振るう剣は誰も太刀打ちできないほどに凄まじいし、先輩は先輩で宙に浮く剣や自動で動く盾など、よく分からんものを平然と稼動実験しているし、俺もユーリカを救出してからは、それなりに力をつけたので、これを見るだけで価値があると考える人間は多くいた。
そして今日は、先輩が天のために創った武器、まあ当然剣なのだが、それの実戦テストである。ちなみに相手は俺、理由は一番丈夫だから、らしい。
天は演習場の真ん中まで来ると、二振りの剣のうち、片方だけを抜いて右手に構えた。
白い、片手持ちの長剣。
刀身は広く長いが、見た目は少し華奢に見える。が、その質量はとんでもない。身体強化をしなければ持ち上げられないほどだ、先輩曰く、めちゃめちゃ高価な材料を使ったとか何とか。
刀身と柄の部分には、少しだが目を引く意匠がなされている。水晶のように光を反射して輝くそれは天が好みそうな美しいデザインだ。
そして何よりの特徴は、刃がないのである。
正確には、丸みを帯びていて、一部が故意に潰され、殺傷能力が極限まで落とされていた。きっとそれは、先輩が天を思い遣ってのことだろう。
「では先輩、行きます」
そう言って、地を踏み抜き爆発的に加速した天が、一秒で二十メートルの距離を一気に埋めた。
繰り出されるは、最速の突き。
剣尖が猛獣の牙のような威圧感を持って襲い掛かってきた。
だが、俺は全魔力の四分の一を身体強化に回しているので、天の動きは正確に目で捉えられている。技術で及ばない俺は、ありとあらゆる剣技に関係なく、徹底して見てから避けるという暴挙を行っていた。
フェイントも体の動きも、その全てに惑わされる俺は、攻撃がなされて、手遅れになるはずの状況まで見て、それから身体能力にもの言わせて避ける。
結局、小手先の技よりも、こっちの方が勝率がいいのだ。
「やっぱり化物になりましたね、先輩は…………」
と、呆れたように言う天だが、どちらかと言えば、お前の方が化物だろう。
何故なら――
「炎の弾丸」
俺は第四階梯魔法を距離がほんの少し離れた瞬間に放った。
実際の銃弾とまではいかないが、普通の兵士が相手ならば、目にも見えない速度で飛来する炎の塊は、訓練とはいえ人に向けていいものではない。下手をしなくても死傷者がでる魔法なのだが、彼の前では余計な心配に過ぎないのだろう。
リィン、と。
金属音が鳴ったと思った瞬間には既に、断ち切られた後だった。
勢いを失った炎が、風の中へと消えていく。
業火を浴びてもまるで変化することの無い美しい刀身だけが、悠然と輝きを放っていた。
「やっぱお前のが化物だろ!」
どんな技術だよ、あり得ない。お前は、石川五○門かっ!
「ふっふっふ、僕の仲間になれば世界の半分を貴様にくれてやろう」
「お前が魔王だったのか!」
今度は俺のほうから拳を握り、忍に向かって拳を突き出した。
ただの正拳。
ただし、速すぎる正拳だ。
それを受ける天は急にしおらしくなって、
「プルプル、ぼくわるいすらいむじゃないよう」
なんて言うが、俺は騙されないぞ。最近では、スライムが魔王になることなど珍しくないのである。
強化された拳が、忍の持つ剣を砕きにかかる。盗賊が持っていた鉄剣程度ならばあっさり砕けたのだが、流石にこの剣はそうはいかない。殴った部分から、重く、硬い、そして強い存在感を感じた。
その上、彼女は俺の一撃を上手く受け流している。
衝撃がそこまで剣に伝わっていないのだ。手くらい痺れさせられるかと思ったが、流石は天、全然余裕そうである。
俺の攻撃を受け止めた天は流れるような動作で攻勢に出た。
「フハハハハハ、隙ありぃ!」
「めっちゃ悪いスライムじゃねーか!」
俺はそれを右腕で受け止める。
魔法文字を記すときと同じように、右手に少しだけ集中して魔力を集めて――
ギャイイイン、と。
甲高い音が鳴って、俺の腕がじんわりと痛む。
クソ、俺も天みたいに綺麗に受け流したい。
何度か、打ち合いを繰り返して、天がそっと距離を置いた。
そして――
「――――天撃」
と、言うと同時に振り下ろされる刃。
それは大気を切裂き、真空の刃となって俺に迫った。
つか、そんな機能ありなのかよ!
教えとけよ、天と先輩!
内心で二人に文句を言いながら、非常時のために用意しておいた魔法を放つ。
「風圧衝撃」
俺は風の衝撃を飛ばした、が――
スパン、と。
鮮やかに切裂かれると共に、変わらぬ速度で迫る刃。
「うそんっ!」
思わず悲鳴と共にもう一つの魔法を起動する。
俺は、空間跳躍で天の後ろに移動した。俺が元いた場所は、地面の地層が見て取れる程度には割断されていた。
「殺すきかよ、お前!」
何が殺傷力が低めだ。
きっとあの見た目は詐欺に違いない。
「えー、先輩なら大丈夫ですよ!」
何その無駄な信頼。
過度な期待は止めて頂きたい。
「死ぬわ、普通に!」
「ちゃんと、大丈夫だったじゃないですか」
天はアスリートの如く持ち前の技を披露できて、心底嬉しそうな笑みを浮かべていた。無邪気な所が余計に怖い。
「じゃ、次で最後です」
ただならぬ天の笑顔に、俺はもう、回避を捨てた。
即ち、受けて立つ。
安全に、この場から動かず。
「うわっ! 眩しっ!」
魔力百パーセント循環モードである。少なくとも俺はこの状態で痛みを感じたことはない。
天はそんな俺に、瞬時に近づくと、溜めに溜めた力を爆発させた。
見れば、刀身が、天の淡い魔力を纏っていた。
「――――重撃っ!」
地を震わせる踏み込みと共に、振り下ろされた天の剣。
俺の目には長剣が、何倍にも巨大化しているように思えた。
重い。
交差させた両手に、物凄い過負荷がかかってきた。まるで重力が何十倍になったかのような錯覚。そして、爆発する衝撃。
俺の体はともかく、競技場が悲鳴を上げている。
整備された地面がどんどん抉れ、亀裂が入る。
衝撃が収まった頃には、隕石でも降ってきたんじゃないかと思えるクレータが完成していた。
俺は軋む体をゆっくり動かし、天を掴むと、
「やりすぎだ、ダアホっ!」
頭に拳骨を落としてやった。
「いたっ! ひどいです~、先輩ぃ…………」
剣の性能チェックだけのつもりだったが、天はちょっと燃えてしまったのだろう。だからと言って、訓練所を半壊させるのはやりすぎだ、手加減しろよ。
いや、新しい剣を手に入れた天はこうなるだろうから、俺に相手を任せたのかな、先輩は。
それにしても、凄まじい性能だ、流石は先輩の創る武器。
これでまだ、半分だから恐ろしい。
天の腰に、括られたもう一本の黒い剣。
できればそっちは使うことがないといいのだけれど。
しかし、この分だと、俺の武器も期待できそうだ。やはり、真の大魔王は先輩に違いない。
俺は改めてそう思うのだった。




