ユーリカの御伽噺(上)
私、ユーリカ・フォン・リインフォースは幸せ者でした。
側室とは言え、第二王女として生を受け、何不自由となく暮らせていたのだから。
代代、この国には女性に王位継承権が存在しません。なので私は、幼い頃から学芸や礼儀作法だけを学ばされました。そして将来は何処か顔も知らぬ貴族の下へと与えられることが私の人生だったのでしょう。
だけれど私は、余りお嫁様に向いてはいませんでした。きついドレスで行儀良く振舞うことは苦手だったし、貴族の嗜みを覚えるのも嫌いでした。
御伽噺を読んで、自由に体を動かして、好き勝手に振舞いたい。
机に張り付いているくらいなら、自由に外を駆け巡ってみたい。
そんな思いを抱いて、日々を過ごしていました。
母はそんな私を好きではなかったようです。
事あるごとに、上品に振舞いなさいだとか、貴方は出来損ないね、私の子なのに、だとか言われて、次第に私も母を嫌いになっていきました。
だけれど私は幸せものでした。
夜、一人で眠ることが多くなった寝室に、いつも足を運んでくれる人がいたから。
ベッドに入れば、見計らったように隣に座っていて、
「姉さま、ご本読んで!」
と甘えると、いつも私が夢の世界に旅立つまで、優しい声で読み聞かせをしてくれた最愛の姉が傍にいました。
私の王族らしからぬ言動を、ユーリカは可愛いね、と真面目に聞いてくれるのは、フィリア姉様だけでした。
彼女だけは、ユーリカは自由に生きていいんだよ、とそう言ってくれたのです。
「大丈夫、誰にも文句は言わせないわ。お姉ちゃんに任せなさい!」
と、姉は言いました。
そして、その通りになったのです。
私の姉は、天才でした。
政務と内務、その両方に秀でた才能を持っていて、王国の中枢を担う存在へと一気に駆け上がりました。
私にはよく分らないのですが、裏で色々と手を回してくれているのだろうなとは思います。
その日以来、私の自由は格段に広がりました。
外の世界を見て回りたい、と言えば視察として予定を組んでくれたり、勉強よりも運動がしたいといえば、ダンスと細剣術の稽古が増えて、勉学の時間が少なくなりました。
私は偉大な姉に甘えさせられて、それが当たり前になって暮していました。
甘えるだけで本当にいいのだろうかと思うようになったのはつい最近で、それでも、私は取り得と呼べるほど才能がある分野はないので、何とも言えない気持ちになります。
だから、あの日、パーティには私が行きます、と言ってしまったのだと思います。
貴族としての振る舞いは嫌いですが、体を曲に乗せて踊るダンスだけは、得意でした。だから、姉の代わりに私が出席すれば、少しでもお役に立てるのではないか、とそう思ったのです。
姉は渋々だけれど頷いてくれて、私をパーティーへと送り出してくれました。
パーティでは、満足いく結果が残せたかは分からないのですが、できる限り頑張ったつもりです。
姉様は褒めて下さるのだろうか、そんなことだけを私は考えていました。
そしてその帰り道、私の馬車は襲われてしまいました。
「殿下、ご安心下さい! すぐに不届き者を退治します」
騎士達に言われるまま、私は馬車の中で震えることしかできません。
夜に相応しくない閃光が場所の中にまで入ってきました。
そして爆音と怒号はすぐさま収束して。
結果は、騎士達が負けてしまいました。
ご安心を、と言ってくれた皆は、もう何も言ってくれませんでした。
「ひっ!」
私は王族として気丈に振舞うつもりだったのですが、刃を持った男達に囲まれて悲鳴を上げてしまいました。
「騒ぐと殺す」
赤い目の男にそんなことを言われ、私は人生で初めて向けられた敵意と、それを越える殺意に、脱力して震えるしかできませんでした。
男に運ばれている間、私はずっと後悔していました。
ごめんなさい。
もう好き勝手に振舞いません。
自由な冒険者になりたいだなんていいません。
だから、許して。
お家に帰してください、と。
だけど、そんなものに意味はありませんでした。
服に凶器が入っていないかを調べられ、靴を脱がされ、裸足で地下室へとあるかされました。
石が足に刺さって、痛みが襲ってきて、乱雑に牢へとぶち込まれ、泣きました。
涙が枯れるまで、ずっと。
自分の情けなさとか、申し訳なさとか、兵士への謝罪だとか、そんなことを考えられる余裕は私には既になくて。
冷たい部屋に、一人。
その事実だけが、私を酷く打ちのめしていきました。
孤独。
寂しい。
孤独。
寂しい。
怖い。
寂しい。
怖い。
「怖いよ、姉さま……」
それから先はずっと楽しいことを思い出していました。
現実から逃げ出すように。
そんな中で思い浮かべたのは寝耳に聞いた御伽噺と、姉さまが言っていた王子様でした。
ピンチの時に颯爽と駆けつけてくれる、そんな王子様。それくらいしか私には縋るものがありません。姉様のように頼れる近衛騎士団の団長もいなければ一生を尽くして仕えてくれるメイドもいません。
平凡な私には何もありませんでした。
だから――
御伽噺だと知っていて。
それでも期待してしまった。
期待しないと、どうにかなってしまいそうだったから。
でも、それにだって限界はあります。
一夜が明けて、誰も助けに来てくれない。
もうどれだけ時間が経ったのかも分からない。
私は死ぬんじゃないのか、そんなことを何度も何度も考えていたそんな時。
絶望の中に光がさしました
そして、
光の中から、現れたその人は――
「もう、大丈夫。助けに来たよ――」
私の王子様だったのです。




