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ロリコン勇者の再就職  作者: 音無 奏
旅立ち編
16/40

悔恨と癒し

 意識が途切れたのはほんの一瞬だった。

 気がつけば俺の意思とは無関係に、即座に発動した魔法が俺の体を優しく包んでいた。


 ――第六階梯魔法、解毒の天水エリクサー


 口に冷たいものが触れた瞬間、俺は意識を覚醒させる。

 無意識のうちも、宝物を背負っているかのように、ユーリカだけは手放してはいなかった。

 後悔するよりもまず、現状を認識しろ。

 俺は自らを叱咤しながら、改めて敵を見定めた。


 赤い瞳に、黒い服。額に浮かぶ火傷と、手を包む布の影から見える刀傷、歴戦の手錬であることは嫌というほどに分かった。牢の前にいた男が言っていた凶賊とはこいつのことだろう。

 

 目を見開く。

 凶賊の足を止めてくれているのはイリスだった。

 氷で敵の足を崩し、風の刃が牽制する。

 俺が意識を失っている間、こいつは一人で戦ってくれていたのだ。


 彼女がいなければ、俺は今死んでいたのだろう。背筋に冷たいものが走り、恐怖が全身を包み込んで、思わず逃げ出したくもなった。

 でもそれ以上に、

 情けなくて笑えてくる。

 結局俺は、戦場に身を置く覚悟もなしに、ゲーム感覚で力を振るっていた、バカの一人だったといのだ。現実と妄想を履き違え、勇者になったと錯覚して、浮かれていたただの愚者。何がロリ姫を助ける、だ。命のやりとりをする覚悟もないくせに。


「主様! 良かったのです、無事ですか!」


 イリスがこちらの無事を確認し、嬉しそうに言う。

 普段は不愉快な奴隷だが、最高に頼れる片腕を得たと今は心から思える。まあ、本人には絶対に伝えないであろうけれど。

 俺は覚悟を決めて、大きく息を吸い込んだ。

 油断も慢心も、うんざりだ、そんな気持ちをただ吐き出す。


 同時に身体強化の魔力を十五パーセントまで下げ、魔道の書グリモワールへと注ぐ。

 渾身の魔力制御にて、それらの動きを逐一正確に御し、思考と共に準備していた致死の一撃を見舞うために。


「――第九階梯魔法、氷獄の光フロストプリズム

 

 顕現した魔道の書グリモワールが複数の魔法陣を重ねるように刻む。

 男は咄嗟に警戒し、危機感にしたがって、窓へと向かい飛び出そうとするが、もう遅い。

 地に広がる藍色の魔法陣。それは俺の前方全てを覆った。そこから瞬時に顕現した蒼はありとあらゆる生命を逃すことなく封絶する氷の牢獄と化した。

 捕えられたが最後。

 自由を奪われ、

 力を奪われ、

 意思を奪われ、

 生命は鼓動を止める。

 幻想的な輝きを纏った光が氷の中を乱反射して、傍から見ればそれは美しさにすら思えるだろう。

 その、光が、命を奪う攻性を持っているとも知らずに。

 オーロラに包まれたような光が収まる頃には、部屋を埋める氷柱だけが後に残っていた。

 

 そうして、あっさりと、戦闘は終わった。


「…………」


 そこに、歓喜は浮かばない。

 ただ無様を晒した姿だけが、鏡のような氷に映っていただけだった。




 その後のことはあまり覚えていない。

 イリスとユーリカに心配されながら生き残った奴等を魔法で拘束しておいて、その辺にいた騎士に現場を知らせ、背中に乗せた小さな少女をフィリアの元へと送り届け、自室のベットに潜り込んで、豪奢な天蓋を見上げていた。


「失敗した……危うく死に掛けた……」

 

 赤目の凶賊、確かに慢心していた俺が悪いのだが、それを除いても――強かった。

 その動きは、この世界の人物で言うと、近衛騎士副長、ドラクと同等だったし、狡猾で人間らしい戦い方をやってきた。投擲の技術は勿論だが、体術のレベルでも俺より遥かに上を行くだろう。それに、気配を消すあの技術。油断なしでも危うかったのかもしれない。

 いや、それは言い訳か……

 分かっていたはずなのだ。俺に才能はないことなんて。

 身体能力が幾ら上がろうと体術は基本的に駄目駄目、精々スポーツ競技のアマチュアレベル、剣を持って戦えば身体能力が活かせず、忍や天にボロカスにされていたから、俺はそれを知っていた。


「それに、三人殺した……」


 この手で、力で、また俺は人を殺した。赤目男に脅えて、オーバーキルである高位魔法をぶち込んで、気絶していた辺りの人間を二人巻き込んで、殺した。

 間違ったことをしたとは思わない。言い訳する気もない。

 この世界は命が軽い。騎士は敵を切り捨てれば、それで評価が上がるそんな世界だ。日本の警察とは比べるまでもない。

 それに生き残った者はもっと不幸だろう。

 王女誘拐なんて、問答無用で拷問された後、晒し首だろう。

 そうであるなら、俺が殺した三人は楽に……


「はぁ……何考えてんだ、俺…………」

 

 それでも俺は、


 ――お兄さん、かっこよかったよ! 正義のヒーローみたいだったね――

 

 あいつ等を殺したことを後悔していない。そこで後悔するようなら、忍を助けたことにも、また後悔しそうになるから。

 誰かを守るには覚悟が必要だ。

 誰かを守れば代りに誰かが傷つくのは必然なのだから。

 万人を守れるのは物語の勇者だけである。

 俺は誰でもは守れない。

 好きなものしか守れない。

 具体的には幼女と少女。

 それと、仲間。


「反省すっか」


 俺は最初から今日の失敗点を上げては、落ち込み、解決策を浮かべていく。

 向こうでもまめにやっていたことだ、そうすれば、やっていたゲームが格段に上手くなった。格闘ゲームなんかをやった後には、よくこの反省をやっていたし、FPSの大会に部活動で出たときには、よく足を引っ張って、反省して、次に繋げたものだった。凡人は努力してこそである。

 というか、人一倍頭を使って立ち回らないと、周りについていけなかったのが実情なのだけれど、それは秘密だ。

  

 ゲームは死んでも次がある。

 だけど、ここにはコンティニュー画面はない。そんな当たり前さえ俺は忘れていたのだ。

 

「――今度こそ、覚悟はできた。もう寝るか……」

 

 俺は思考が迷子にならないうちに切り捨てて、柔らかな布団に身を沈めた。

 以前は全然眠れなかったのだが、精神は予想以上に疲労していたのか眠気が来て、すぐに意識を失った。




 それから、どれくらい時間が経ったのか。

 俺は半分も覚醒しない意識で、言いようのない寝苦しさを感じていた。

 こう、何か、重い物が乗っているといか、呼吸がしにくいというか、そんな違和感。

 俺は反射的に意識を覚醒させて、目を見開いた。

 すると、


「すぴー、すぴー」

 

 目の前に寝息をたてる、天使がいた。

 いや目の前、というか、体の上というか、よく分からないが天使がいた。

 フリルの多いワンピースを着ていて、寝巻きにするには寝苦しい衣装を着たまま、ユーリカが何故か俺の上で寝ていたのだ。


 何だ、この状況は。

 俺はもしかして死んでいて、実はここが天国だった、というオチか? 

 それすら考えられる。


 いや、落ち着け、素数を数えろ。

 2、3、5、7、11……


「うにゅー」

 そう言って、俺を枕にして気持ち良さそうに寝る天使。ぷにぷにのほっぺが俺の顔に押し付けられる。

「ぷふっー!」

 いや、駄目だ。全然落ち着けない。

 むしろ逆に動悸が荒くなる。 

 何だこの嬉しいがもどかしい、状況は。一体どうなってやがる。


「にゅふふふっ」

「ぐぇっ!」

 つか、この天使寝相が悪い。 

 さっきから布団を蹴落としたり、俺の喉に肘を入れたり、顔を引っ付けてきたりと、ご褒美なんだが、予想以上に苦しい。

 得に喉、こ、呼吸が……

 俺は天使を起こすのは忍びないが命に関わってきそうなので、軽く肩を揺すってやる。

 だが――


「ぐぇえっ! げほっ!」

 顎に頭が、いてぇ。

 つか、起きねー!

 おかしいだろ、どんだけ寝つきいいんだよ。

 普通、違和感感じて起きるだろ!

 枕変わったら中々寝付けない忍に少しくらい安眠を分けてやれ。

 そういいたくなるくらい、彼女は熟睡していた。


 俺は彼女を起こすことを諦めて、そのまま身をよじって布団から抜け出した。

 何なんだ、一体。 

 そんな気持ちを抱きながら、ふと窓の外を見る。

 まだ暗いな、早く寝すぎたか。

 時刻は深夜を回った時間か、夕方にはもう寝てしまった自分を思うと少し寝すぎだ。

 しっかし、何でロリ姫様がここにいるのかね。

 俺は全てを知っていそうな奴に心当たりがあったので聞いてみることにした。


「イリス」

 そう言って、能力を発言させる。

 すると、

「スピー、スピー」

 と何故かこいつも寝息をたてて、眠っていて、

「何でお前まで寝てんだよ!」

 思わず体が反射的に突っ込みを入れていた。

 お前、元本だろう。

 睡眠は生物にしか必要がないはずだ。


「……ん、ああ、主様。ふぁーぁ、おはよーございます。お早い起床ですね、私びっくりしちゃいました」


「俺はお前の生態にびっくりだよ……」

 眠そうに伸びをする妖精には、違和感しか存在しない。


「で、お前に聞きたいんだが、どうしてロリ姫は俺のベットで寝てるんだ?」


「んーと、確かお礼を言いにきた、らしいですよ?」

 と、イリスは言った。

「主様が眠った後すぐに来て、主様に何か言っていたみたいなのですが、起こすのは申し訳ないと思ったのかしばらく待って、二時間くらいは起きてましたけど、後はそのまま寝て、凄まじい寝相で布団に侵入して、今も寝てます」


「なるほど、まあ子供は良く寝るしな」

 だが、その寝相は何とかした方がいいと思う。

 幸せそうに眠るユーリカを見て、改めて俺はこれでよかったと思う。

 犠牲を生んでも、この笑顔が守れたなら、俺はそれでいい。


 あ、そうだ。

 それと、もう一つ。

 少女が礼を尽くそうとして、俺がそれをしないのは間違っているだろう。


「イリス――」


「はい?」


「――昨日は助かった、ありがとう」


「ふぇ? ふぇええええええええええええええええええええええええええええっ?」


「何故驚く?」

 俺の疑問を無視して、何故かイリスが俺の額に額をつけてくる。


「何故熱を測ろうとする!?」


「だ、だって、主様が私に、お礼……? ……これはまさか、デレ期!?」


「ふんっ!」

 俺は羽虫をハエ叩きで打ち払うように叩いた。


「ぶべごっ! 何するんですか!」

 知らん。

 だが、素直に感謝も受け入れられないお前が悪い。


「あ、あ、あ、主様がデレた。これはあれです、なんかこう、恥ずかしいです」

 照れるな。

 こっちまで、なんか、こう変な空気になるだろうが。

「まあ、それだけだ。消えていいぞ」

 そう言って、再びイリスを消そうとしたその時。


「主様、私はもう主様の能力です。だから、共に戦うのも、助けるのも、命令に従うのも、当然なのですよ。


 と言って、照れ隠しをするように、


 でもまあ――――どういたしまして、なのです」

 

 なんて言って、姿を消した。

 俺は何故か、少しすっきりとした気持ちで、朝を迎えることができた気がした。 


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