最終章 二千年分の「好き」
〇超上空〜山頂(ドドドオーーーン!!!!)衝撃波で山頂の樹木が蒸発する。沈陽の両掌が、隕石の先陣を切る圧縮大気の壁に激突する!
沈陽「ぐあっ……あぁぁぁぁぁっ!!!」
パキン!と嫌な音を立てて沈陽の右肩が外れる。両腕の皮膚がベリベリと裂け、血が吹き出す。足元の岩盤がバキバキと崩れ、膝まで地面にめり込む。
沈陽「重い……! 人間の肉体じゃ……持たない……!」
隕石は止まらない。地球崩壊まで、あと3秒。
顧長青「沈陽ーーー!!」
沈陽の脳裏に駆け巡る、二千年の記憶。(原始の継承者「いつか来る日のために」)(父「お前まで人生を無駄にするな」)(顧長青「それでも、この拳が好きか?」)沈陽の瞳に、爛々と燃え上がる炎。
沈陽「無駄と言われても……役立たずと言われても……!」
沈陽の背後に、二千年間この拳を繋いしてきた無数の継承者たちの幻影が重なる。彼らの手が沈陽の肘を支え、腕の角度をミリ単位で「横」へ修正する。
沈陽「二千年分の決意……!!」
沈陽「ここにあるんだぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
(ズズズズズズ……ッ!!!!)沈陽の掌から放たれる『天返し』。 隕石を「破壊」するのではない。二千年分の物理学と拳法が導き出した極小のベクトル介入。横への僅かな一押し。大気を引き裂く重低音が、キュインと高い摩擦音へと変わる。 灼熱の巨大天体が、沈陽の鼻先数センチをかすめ地球の重力を振り切り、深宇宙の闇へ向かって斜めに軌道を変えていく!一瞬の静寂。 夜空に、どこまでも美しい一筋の流星の尾が残される。
〇山麓の街(夜)地上の人々が、呆然と空を見上げている。頭上をかすめ、遥か彼方の宇宙へと軌道を逸らして飛んでいく巨大な火の玉。
鉄頭「ハ……? はね返った……?隕石が……曲がった……!?」
飛猿「助かった……?俺たち、助かったのか……!?」
腰を抜かしていた雷虎は、ゆっくりと立ち上がり、赤く焦げた山頂を見つめる。脳裏に浮かぶのは、先ほど自分たちが殴りつけ、唾を吐き捨てたあのバカ正直な男の顔。
雷虎「……あ」
鉄頭「え? なんだよ兄貴?」
雷虎「まさか……あ、あいつらが……やったのか……!?あ、ありえねぇ……隕石の軌道をたった2人で……変えたのか?」
あの「役立たず」と嘲笑った拳が、自分たちの命を救ったのだと気づき、雷虎は震える手で山頂を指さしたまま、ただ言葉を失う。夜空には、どこまでも美しい一筋の流星の尾だけが残されていた。
エピローグ:二千一年目の意味
〇雲霧山・山頂(朝)大気を焼き尽くした灼熱の暴風が去り、荒涼とした静寂が山頂を包み込んでいる。黒く炭化し、ガラス状に溶解した岩盤の上に、冷たく澄み渡る朝日の光が滑り込むように差し込んでいく。(沈陽の肉体限界・損傷描写)沈陽は膝から崩れ落ちた姿勢のまま、一ミリも動くことができない。極限を超えた負荷に耐えたその肉体は、文字通り「崩壊」の淵にあった。
・右腕の壊滅的な破壊:直撃の衝撃を斜めに受け流した右手首から肘にかけては、皮下組織がズタズタに裂け、前腕の橈骨と尺骨が完全に粉砕。皮膚を突き破って白い骨片が露出し、赤黒い血が黒こげの地面へポタリ……ポタリと途切れなく滴り落ちている。
・胸郭の崩壊:大気の壁の強烈な背圧を受け続けた胸部。左右あわせて24本ある肋骨のうち、実に21箇所に緻密な亀裂が走り、3本は完全にポッキリと折れて胸腔内を圧迫している。息を吸うたびに、内臓を鋭利なガラスで撫で回されるような激痛が走り、沈陽の口端から泡状の血が溢れ出る。
・下半身と皮膚の熱傷:大気を裂く摩擦熱により、上半身の皮膚の七割が二度から三度の重度熱傷を負い、赤黒く爛れている。踏ん張り続けた両膝の皿(膝蓋骨)は全荷重に耐えきれず粉砕骨折。足首の靭帯はすべて断裂し、自力で起立することは二度と不可能なほど破壊し尽くされていた。
沈陽は、感覚を完全に失った左手の指先で、皮一枚で繋がっているだけのボロボロの右腕をそっと撫でる。視界は両眼の毛細血管が破裂して真っ赤に染まり、耳鳴りだけがキーンと高く響いている。
(顧長青の肉体損傷描写)その沈陽の隣に、ズサ……と足を引きずる音が聞こえる。師であり、第七十一代継承者である顧長青だ。沈陽の後ろでその肘を支え、自らの全霊を賭して軌道修正のベクトルを補正し続けた顧長青の被害もまた、凄惨を極めていた。
・両肩の関節脱臼と筋断裂:沈陽の背を押し続けた両腕は、肩関節が根元から外れ、胸大筋および三角筋がブチブチと引き千切れて生気を失い、だらりと両脇に垂れ下がっている。
・眼球の損傷と内臓破裂:超高圧の空気生体反応に晒された結果、左目の眼球が眼底出血により漆黒に染まり、視力を完全喪失。衝撃の波及により肝臓および脾臓が微細破裂を起こしており、腹部は内出血によってどす黒く膨れ上がっていた。
・全身の骨折:老齢の骨は限界を遥かに超えており、鎖骨、背骨の胸椎数箇所、そして骨盤にまで無数の亀裂が入っている。一歩歩くごとに、骨と骨が擦れ合う鈍い異音が体内から響く。
顧長青は、動かない両腕をそのままに、膝の骨折に耐えながら「どかり」と重い音を立てて沈陽の隣に腰を下ろした。二人の呼吸音が、荒く、血混じりの湿った音を立てて重なり合う。
沈陽「……がはっ……ふ……っ……し、師匠……」
血の泡を吹きながら、沈陽が震える声で呟く。
顧長青「……む?」
顧長青は血で開かない左目を閉じ、右目だけで沈陽を見つめる。
沈陽「僕たちの……拳……っ。二千年間……一度も役に立たなかった……僕たちの拳……。……初めて……役に立ちましたね……っ」
沈陽の視界から、赤黒い涙が溢れ出し、焦げた頬の傷口を濡らす。
顧長青は、だらりと垂れ下がったまま動かない自分の腕を見つめ、それから、遥か天空 ── 灼熱の天体が去り、どこまでも青く清らかに広がる二千一年目の大空を見上げた。視力を失いかけた瞳から、一筋の温かい涙が溢れ落ち、皺に刻まれた泥と血を洗い流していく。顧長青はそれを拭おうともせず、空を見つめたまま、絞り出すような低い声で答えた。
顧長青「……ああ。……二千一年目にして……ようやくだ」
太陽の光が、二人のボロボロの身体を、二千年の歴史を、温かく包み込んでいた。
〇長青道場・書架(数日後)陽の光が柔らかく差し込む木造の道場。空気中には薬草の匂いと、新鮮な墨の香りが漂っている。沈陽は全身に隙間なく白い包帯を巻かれ、痛々しいギプスでガチガチに固定された姿で、静かに車椅子の上に座っていた。右腕は複雑骨折の処置を受け、太い金属フレームで外部固定されている。呼吸をするたびに肋骨の痛みが走るが、その瞳には澄み切った静けさが宿っていた。傍らには、同じく全身包帯姿で、車椅子に揺られながら静かに目を閉じている顧長青の姿。沈陽は、動く左手だけを使って、机の上に真新しい羊皮紙の巻物をゆっくりと広げる。左指で慎重に筆を握り込み、墨をたっぷり含ませる。 手が微かに震える。しかし、その一筆には二千年分のアラバスターのような重みが籠もっていた。沈陽は、真新しい巻物の第一行目に、墨黒々と文字を書き走らせる。
『二千一年目。初めて使われた。』
トクン、と筆を置く。墨が乾いていくのを確かめながら、沈陽は車椅子をゆっくりと窓際へ寄せた。窓の向こうには、澄み渡る秋の青空。そして夜になれば、無数の星々がまたたく美しい深宇宙が広がっている。沈陽はボロボロの左手をそっと胸に当て、二千年前の初代から、そして未来の誰かへと続く「目に見えないバトン」の温もりを感じていた。
沈陽「……次は、君の番だ」
(ナレーション:二千年間、一度も役に立たなかった拳。)
(誰にも必要とされず、嘲笑われ、時代に置き去りにされた無駄な力。)
(それでも捨てられなかった。誰かが信じ、誰かが受け継ぎ、誰かが好きだったから。)
(そして二千一年目 ── その『無駄』は、世界を救った。)
『隕石破壊拳』── 完




