髪を切って
数日経つと、ランスロットは、多少痛みに顔をしかめつつも日常生活を送れるまでに回復した。
「あは、君ほんとバケモノみたいな回復力だね~。内臓とか干したら薬として売れるじゃないかなあ。ほら、熊胆みたいな」
「内臓……?熊胆……?旦那、悪魔みたいなこと言わないでくれ」
「いやだから正真正銘悪魔なんだって」
家主の悪魔が呆れ混じりに感心していた。
回復したランスロットは、薬作りに精を出すアメリアを手伝うようになった。
薬草を煮出したり、すりつぶしたり。
ランスロットには馴染みのない、地味で根気のいる作業だったが、アメリアの無駄のない動きをじっと眺めるのは面白かった。
その日は、魔女のようにぐつぐつと薬草を煮るアメリアの隣に腰かけて、夕食用のジャガイモの皮を剥きながら話をした。
「アメリアは、いつからここにいるんだ?」
「私が六つのときだったかな。もう十年以上前ね」
「ふうん」
六つ。俺が王子に拾われたよりも少し早いくらい。
「どうやってここに?」
「あなたと一緒よ。呼び鈴を鳴らしたの。……呼び鈴を鳴らしたのは、今までに私とあなただけよ」
「そうなのか」
そう言われても、倒れていたときのことは正直あまり覚えていない。
ただ、血と雪にまみれて死が迫ってくるのを待っていた。涙に濡れたアメジスト色の瞳を美しいと思った。覚えているのはそれくらい。
目覚めたら温かい家の中だった。
その後は自称悪魔を家主の旦那と呼んで、同じく悪魔に拾われた女の子を手伝っている。
この家は、普通に見えて細部がどこもかしこもおかしい。
まるで、ありふれた幸せな家庭を模したハリボテだらけの魔法のよう。
「あなたは、どうして倒れていたの?あんな怪我で、冬の泉に飛び込んで」
「飛び込んでないさ。放り込まれたんだ」
「……ひどい。人でなしね」
「だろう?」
俺は笑って、少し考えた。
俺が口を閉ざせば、アメリアはそれ以上聞かないだろうなと思った。
「……王子サマの身代わりさ。まったく、くだらない権力争いに巻き込まれるこっちの身にもなれっつの」
「くだらないと思うなら、命なんか賭けなきゃいいのに」
「ほんとにな。それでも俺は、たとえ何度繰り返したって同じ決断をする。後悔はしてないさ」
「そう。大切な人なのね」
「ああ」
くつくつと薬草を煮ていた鍋を火から降ろして、アメリアは俺のほうをじっと見た。
「明日、薬を卸しに街へ行くんだけど。一緒に行く?」
「行く。なあ、肉も買おうぜ。シチューが食いたい」
「……よく食べるわね」
「アメリアの飯がうまいからな」
その晩、アメリアに髪を切ってもらった。
王子のために剣で無理矢理切った髪は、ボサボサで毛先がちっとも揃っていなかったからだ。
「ごめん、切りすぎたかも」
「いいさ、短いほうが男前に見えるだろ?」
「……綺麗な髪なのに、もったいなかった」
「おい、噓でもうんって言えよ」
「綺麗な髪って褒めたのに」
「いや褒めてなかっただろ」
短髪になった自分は、自分ではないようで新鮮だった。
どこにでもいる、元気だけが取り柄の職人見習いのようで、髪と一緒に重たい荷を肩から降ろしたような、そんな気分になった。




