悪夢のような現実
夢を見ていた。
随分昔の夢だ。
俺がまだ、十かそこらだった頃の。
俺は極秘任務――要は暗殺だ――に失敗して、消されるところだった。
あーあ。俺、死ぬんだな。
冷たい雨を浴びながら、他人事みたいにそう思った。
理不尽だとすら思わなかった。
人買いから買われたガキなんて、使い捨ての駒以外の何物でもない。
運よくしばらく生き延びたけれど、ゴミみたいな生き方しかできなくて、ゴミみたいに捨てられて死ぬんだ。
それがちょっと早まっただけだ。
そんなことを思って、視界を覆う暗い森と鉛色の空を眺めていた。
すると突然、俺と同じくらいのガキの顔がにゅっと現れた。
なんとなく見たことのあるような顔をしたガキだったから、これが走馬灯ってやつか、いよいよ死ぬんだななんて思ってそいつを見つめ返した。
「おい、お前。ここで何してる。まさか、死んでいるのか?」
「……悪いな、まだ死んでないんだ。もう少しで死ぬけどな」
「そうか、よかった」
おいおい、これから死ぬって奴に、よかったとは。
腹が立つとかそういう次元を超えて、俺は可笑しくなった。
それからそいつは、俺の腕をぐっと引っ張って言った。
「立て、一緒に行くぞ」
「……薬が効いてて動けねえんだ。身体中麻痺してやがるもんで、何も感覚がない」
「なるほど。では仕方ないな」
驚いたことに、そいつはよいせと俺を背負って歩き出した。
「王宮へ向かうぞ。命を救ってやる代わりに、俺に仕えろ」
「……王宮?どういうことだ。それに、言っただろう、俺はもうすぐ死ぬ」
「大丈夫だ。王宮の医官を舐めるな」
「……仮に生き延びたとして、なぜ俺を助ける。どこの馬の骨とも知れぬガキだろう?」
「お前、さてはバカだな。なぜかなんて決まってるだろう、お前が強いからだ」
「……俺を知っているのか?」
「お前こそ覚えていないのか?俺は、お前が先日殺しそこなった王子だ」
俺は間抜けにも、王子の背中でぽかんとしてしまった。
そういえば見たことがあると思った。
だが誰が、この国の王子サマが森の中ににゅっと現れて汚ねえガキ担いで歩くと思うだろうか?
「お前、名は何という?」
「……ランスロット」
「そうか、いい名だ。王に仕えるに相応しい」
「……」
名を褒められたことなど初めてで、なんと言えばいいのか分からず俺は黙った。
王子サマは機嫌よく足場の悪い森をずんずん歩き、「あ」と思い出したように言った。
「俺の名はアーサー。よく覚えておけ、王になる男の名だ!」
そう言ってにやりと笑った彼は、幼くも人の上に立つ者の風格を纏っていた。
***
(……ここは、どこだ?)
見慣れない天井に温かい毛布。
ぱちぱちと赤く燃える暖炉の火。
(まさか、敵の根城……!)
ランスロットは反射でガバッと起き上がろうとし、全身の痛みにゔっと呻いた。
「目が覚めた?ひどい怪我だから、まだ動いちゃ駄目よ」
ダークブロンドの髪を一つに括った、若い女が俺を覗き込んでいた。
「君は……」
彼女が誰なのか見当もつかなくて、俺はそのまま口をつぐんだ。
夢の中で似た女を見たような気がするが、所詮夢のはず。
まさか、まだ俺は寝ているのか?
どこからが夢なのかさっぱりわからず、俺は混乱した。
「私はアメリア。あなたは?」
「……ランスロット」
「そう。……まだ熱が引いていないでしょう、寝ていたほうがいいわ」
「ああ……いや。寝てなどいられない。確認なんだが、これは現実か?」
「全身の痛みでわからない?私、怪我人の頬をつねるなんてしたくないんだけど」
「……確かに痛いな」
とすれば、夢の半分は現実で、彼女が死にかけの俺を助けてくれたのだろう。
記憶によれば俺は泉に放り込まれ、なんとか這い上がった荒原で力尽きていたはずだが、ここは一体どこだろう。
「ここは?まさか、君が運んでくれたのか?」
「私と師匠の家よ。あなたはこの家の前で倒れていたの。あなた、運が強いわね」
「……そうか?」
「そうよ」
確かにそれはそうだ。満身創痍で倒れているところを偶然助けられたのだから。
「あなたはこの家の呼び鈴を鳴らしたの」
「呼び鈴?」
覚えがなくて、首をかしげる。
立つことすらできなかった俺が、一体全体どうやって呼び鈴を鳴らすと言うのだろう。
「やあ。目が覚めたかい?」
陽気にドアを開けて入ってきたのは、シャツを着た若い男。
エメラルド色の目で俺を覗き込み、感心したように笑った。
「君、丈夫だねえ。普通の人間だったら死んでるよ」
「……あなたは誰だ?」
「僕?……誰と言われると困ってしまうけれど、まあ端的に言うと悪魔さ」
「悪魔……?」
「うん。この家の主だよ」
「……悪魔よりそのほうがわかりやすい。家主の旦那、助けてくれてありがとう。礼を言う」
「うん。助けられてよかったよ。この地に許されなければ、助けたくても助けられないからね。君が自力でこの家の呼び鈴を鳴らしたんだ」
「呼び鈴?彼女もあなたも、何を言っているんだ?俺にはもうさっぱりわからない」
「はは、わからなくていいよ。僕も説明するのが面倒くさいからね」
とりあえず、もう少し眠りなよ。
そう言って、悪魔を名乗る家主の旦那は、俺の目元に手を当て、毛布をしっかりと被せた。




