逃亡
はあ、はあ、はあ。
しんしんと雪が降る中、白い息を吐きながらフードを被った男が二人、足早に街を歩いていく。
「いたぞ!あの二人だ!」
近づいてくる追手の声に、二人は足を速める。
冷たい風に、二人のフードが外れた。
「いいか、第二王子は金髪碧眼の髪の短い男だ!」
(くそっ、見られたか)
すぐにフードを被り、傍らの男――第二王子を庇うように走る。
目の前にはもはや道はなく、鬱蒼とした暗い森が広がっている。
男は王子と共に躊躇なく森の中に飛び込んだ。
「森の中に入ったぞ、追え!」
足場の悪い森を必死に走っていると、急にパンと音が鳴った。
「痛っ」
それが銃声だと気づいた時、左腕から血が噴き出した。
「ランスロット!」
王子が真っ青な顔で男の名前を呼ぶ。
近くにあった大木の陰に身を潜めつつ、「大丈夫です」と声を振り絞る。
「当たったか」
「どっちに当たった?」
「どちらでもいいさ。どこに行った?隠れているのか?」
追手の話し声が少し遠のく。
運よく、ランスロットたちのいる方とは別の方向へ探しに行ったようだ。
僅かな時間を得たことに感謝し、ランスロットは決心した。
フードを脱ぐ。
一つ括りにした、長い金髪が露わになる。
目の色は少し灰色がかった青色だ。
腰から剣を抜き、括った髪をバサリと掻き切った。
「俺が身代わりになります」
「駄目だ。一緒に逃げると、最後まで供をすると、そう言ったじゃないか!」
「ええ。ですが、このまま逃げては二人とも死にます。生きて供をするために、しばしの間、違う方向に逃げるだけです。俺はこれが最後だと思ってはいませんよ」
「……その髪は、どういうことだ」
「俺に食いついてくれたほうが生存率が上がるんです、だって俺のほうが強いですから」
「だがお前、怪我を……」
「かすり傷です」
ランスロットは王子にフードを目深に被せ、背を押した。
「時間がない。あなたは森を北に抜けてください。ノクスという街のはずれに、小さな教会があります。そこに保護を求めるのです」
「……必ず、生きて会うぞ。これは命令だ、ランスロット。王になる俺を、命を懸けて守れ」
「もちろん。俺の主はあなただけだ、アーサー王子」
王子の後ろ姿が見えなくなったことを確認し、ほっと息をつく。
後はもう、目一杯敵を引きつけ、遠く遠く逃げるだけだ。
わざと追手の気配が近づいてくるのを待ち、ランスロットは大木の陰から飛び出した。
「いたぞ!」
風にフードが翻る。
短く切った金髪を見せつけるように晒し、慌てたような素振りでフードを被り直す。
「王子に違いない!追いかけろ!」
「もう一人はどこだ?」
「銃に当たって怪我をしたから置いていったんだろう。なあに、王子さえ殺せばなんだっていい。追え!」
ひたすらに森を駆ける。
硬い枝葉が顔や腕を掠め、撃たれた左腕からはぼたりぼたりと血が落ちていく。
追手の足音はどんどんと近づき、気力と体力は限界を迎えていた。
眼前に広がる緑に、きらきらと光る薄青が混じり始める。
構わずに走り続けると、薄く氷を張った泉が現れる。
(……ここまでか)
ランスロットは泉を背に、追手に向き直った。
「追い詰めたぞ!かかれ!」
五人の追手が、一気に斬りかかってくる。
「うおおおおお……!」
ランスロットは決死の覚悟で剣を振るった。
***
「やっとくたばったか。王子サマにしちゃ頑丈じゃねぇか」
「まったくだ。手間ぁかけさせやがって」
すぐ近くにいるはずの男たちの声が、やけに遠く聞こえる。
視界は赤黒く霞み、瞼が重くなっていく。
頭に痛みを感じて、目を凝らし、数秒遅れて状況を理解した。
髪を掴まれ、引きずられている。
男の一人が、凍った泉に剣を突き立てた。
パリンと音を立てて氷が割れ、水面が露わになる。
「氷漬けにしてしまえ!」
そうれとランスロットを泉に投げ捨て、彼らは去っていく。
ランスロットの重みで氷はみるみる砕け、泉の水は血の色に染まっていく。
ぶくぶくぶく。
ランスロットは、冷たい水の中、本能の導くままに手足を動かした。
(……アーサーさま)
力が抜けて、意識が遠のいていく。
(あなたが王になるところを、この目で見たかった)




