悪魔の魔法
四人掛けのダイニングテーブルの椅子に腰掛け、のんびりとお茶をすすっている、じじくさい男がアメリアの師匠こと悪魔だ。
悪魔といっても、角や尻尾が生えているわけでもなく、口が裂けているとか耳がとんがっているとかいうわけでもない。
少し珍しいとすれば、髪と目の色くらいだ。
肩まで届く艶やかな黒髪と、エメラルド色に光る目。
どちらもこの国ではあまり見かけない。
だがそれも、「異国の血が混ざっている」くらいの印象しか与えない。だから、もし誰かがこの場に居合わせたとしても、シャツとベストを着た優男がただ茶を飲んでいるようにしか見えないだろう。
「アメリアも飲む?」
「うん。余ってるクッキーも一緒に食べよう」
アメリアはフードつきのコートを脱ぎながら言った。
一つに括られたダークブロンドの髪と、アメジスト色の目が露わになる。
アメリアの容姿もこの国では随分と珍しい。子どもの頃からそれで苦労してきた。そのため、外に出るときは必ずフードを被るようにしている。魔女と噂されるのはそのせいもあるのだろう。
正直不本意ではあるが、今のところ商売繫盛に貢献しているようなのでよしとする。
紅茶のクッキーと木苺のジャムをテーブルに持っていく。
悪魔は目を輝かせ、たっぷりとジャムをのせたクッキーを頬張った。
「師匠、それ絶対つけすぎ……」
「アメリアのクッキーは美味しいねえ」
何食わぬ顔で子どものようにサクサクとクッキーをかじる悪魔。
「アンダーソンひゃんは、元気ほうだっひゃ?」
「師匠、飲み込んでから喋って。アンダーソンさんは元気」
「……ごくん。よかった、いつもの腰痛の薬があと一週間くらいで切れるはずだから、今度持っていってあげて」
「そうだった。来週もう一度行くね」
「よろしく、アメリア」
いい加減そうに見えてうちの悪魔はちゃんとしている。
薬学の知識では右に出る者などいない。アメリアはそんな師匠を本気で尊敬している。
けれど、アメリアが尊敬の眼差しを向けると、彼は決まってこう言う。
「まあ、千年生きてるからね。五百年も勉強してたら誰でもこうなるさ」と。
***
人畜無害なお人好しそのものに見える師匠だが、一応悪魔の端くれらしく、魔法が使えるらしい。
彼が使える魔法は一つ、不老不死の魔法だ。
アメリアがこの家に来て一年ほど経った頃のこと、彼はそれを呪いだと言った。
「ねえ師匠。おやすみのキスは?」
幼いアメリアは、そのとき読んでいた物語に憧れて、師匠にそうねだった。
「だめだよ、そんなことしたら君の成長が見られなくなってしまう」
「もう。そればっかり。成長なんてしなくていいわ、ずっと師匠といられるなら」
「ふふ、僕の可愛いアメリア。愛しているよ」
そう言って悪魔は、アメリアを優しく抱きしめた。
物足りなさそうに小さくむくれるアメリア。
「大きくなったら、恋人とすればいいよ」
「やだ。師匠がいいの」
悪魔は笑って、アメリアの頭を撫でた。
アメリアは、小さな手で悪魔の手をぎゅっと握って機嫌を直した。
「師匠の魔法にかかったら、年をとらなくなるんでしょう?」
「そうだね。でもこれは魔法というより――」
悪魔は少し寂しそうにダイニングテーブルの上の一輪挿しを見つめた。
「呪いだよ。愛する者の時を止めてしまう、そういう呪いだ」
アメリアがここに来た時からずっと枯れないすみれの花が、窓からの風に小さく揺れた。




