審判
「どうしてよ……!」
それまで黙っていたキルケが叫んだ。
「愛するなら、私にすればいいじゃない!永遠に生きなければならない者同士、私達仲良くやっていけるはずよ!」
美しい顔にはらはらと涙を流し、囚われた悪魔に抱きつく。
「そんな子、ほっとけばいいの。きっとあなたのこともすぐ忘れちゃうわ。ねえ、ほら、私を見て」
そう言って悪魔の目を見つめ、首に腕を絡める。
額をくっつけて、唇を寄せた。
「……僕に魔法は効かないよ」
静かにメフィストフェレスが答える。
キルケはうっと嗚咽を漏らした。
「……そんなこと、知っているわ」
睨むように、メフィストフェレスを見上げる。
「どうしてわかってくれないの。あなたが好きなのよ。魔法なんか使わないでも、私を愛してよ!」
悲痛に叫ぶ彼女に、メフィストフェレスは感情のない声で告げる。
「……わかるよ。痛いほどに。ただ、ただ……愛されたい。僕だってそうだ」
すまない。
僕は君を、愛してあげられない。
キルケは、その場にくずおれ、泣き声を堪えながら肩を震わせた。
カンカンカンカンカン!
すべてを掻き消すように、ロキがガベルを鳴らした。
「見てるんだろ、原初の神、アナンケーよ!この、哀れな悪魔たちを」
そう言って女神の聖像を睨みつける。
「悪魔に赦しはねえってのか?こいつをこれだけ慕う人間がいたとしても?そもそもテミスの野郎の判決は正しかったのか?」
ギロリ。
聖像の目が動き、ロキに向いた。
『裁判の神を愚弄するか』
「心を失った悪魔たちが闘技場で無為に戦わされてるのを知ってるか?つまるところ神々は退屈なんだ。神々の趣味の悪い道楽のために、悪魔化なんて重罪判決ホイホイ繰り出されちゃたまんねーよ。仕事増やすなっての」
『ほう。テミスの賭博好きは知っていたが。コロッセオは感心しないな』
「おーよ。部下の不始末は上司の責任だぜ」
『ふむ、手厳しいな。――神殺しは重罪だ。テミスの判決は間違ってはいない。だが、救いがないのも違うな』
「ああ」
聖像の目に厳かな光が宿る。
一同は揃って息を呑んだ。
『メフィストフェレス。そなたは愛する者のために命を張った。千年もの時を苦しみ、十分罪を贖った。そなたを赦そう』
「……え?」
悪魔はぽかんと口を開けて、辺りを見回した。
「……本当に?」
ロキがコクリと頷き、肩の荷が下りたように息を吐いた。
『せいぜい短き命を全うせよ』
言い終えると聖像は目の光を失い、カタリとも言わなくなった。
悪魔は、ただの人間になった。




