契約
「……魂を、あげる」
僕は顔を上げてアーサーを見据えた。
「殺すなら、僕を殺せ」
「どういうことだ」
アーサーが険しい顔で吐き捨てるように言った。
悪魔は淡々と言葉を続ける。
「君は、王の英雄譚が欲しいんだろう?魔女狩りなんてやめて、僕を使役すればいい。民衆の前で一周まわってお手ぐらいすればいいかい?」
キルケを身体から剝がしてアーサーの前に跪く。
悪魔は生気のないエメラルド色の瞳でアーサーを見上げた。
「魂くらい、くれてやる。だから、アメリアを離して」
「おい」
水を差したのはロキだった。
「魂を売るのは神にだ。第二王子に使役されるのはいいが、王子が死んだら神に魂を回収させる。やるならそういう契約だ」
「うん。僕はそれでいいよ」
アーサーはふむ、と頷いた。
悪魔を使役できるなら文句はない。
「ランスロット。魔女殿の枷を外せ」
「……やめて」
アメリアがふるふると首を振る。
ランスロットが一瞬ピタリと動きを止める。
だが覚悟を決めたのか、カチャカチャと鍵を回す。
「ランスロット!」
アメリアの声を無視し、ジャラリと鎖を解く。
「それを悪魔に」
アーサーが短く指示する。
カチャリ。
アーサーは悪魔の顎をクイと上げ、しげしげと眺めた。
悪魔は大人しくされるがままになっている。
「ランスロット。こいつの服を脱がせ」
ランスロットが淡々と悪魔の上着を剝いでいく。
アメリアがヒュッと息を呑む。
「ほう。なかなかいい身体じゃないか」
アーサーが面白そうにくつくつと笑った。
悪魔の胸には、三本の爪で肉が抉られた跡があった。
「……古傷だよ」
悪魔はなんでもなさそうに短く答えた。
アーサーが剣で悪魔の首筋に傷をつける。
たらりと赤い血が流れ、しばらくすると止まった。
悪魔はまるで聞き分けのいい犬のように無抵抗だ。
「いいだろう。飼ってやる」
アーサーは満足げに頷いた。
「やめて!」
アメリアが、叫びながらそばにあった花瓶をアーサーに向かって投げつけた。
ランスロットがそれを身体で受け止め、水を被る。
パリンと花瓶の破片と花が床に落ちた。
一滴の水も被っていないアーサーがため息を吐いて言う。
「魔女殿。気持ちはわかるが、王子への不敬は罪だ。俺は君をまた別の意味で殺さなければならなくなる」
「……殺せばいい!」
アメリアは泣きながら言った。
「師匠を、殺さないで。返して」
無抵抗のランスロットの胸に、拳を打つ。
ぽたぽたと涙が床に落ちる。
やめて。
師匠を、返して。
子どものように無力で、癇癪を起こして泣きじゃくるしかない自分に嫌気が差す。
「アメリア。いいんだこれで」
悪魔が泣き笑いのような顔で言った。
「僕は君に、命をもらったんだ」
「嘘よ!」
アメリアはぐちゃぐちゃの顔で叫んだ。
「命を救ってくれたのは、師匠のほうでしょう!?」
あとからあとから伝う涙を拭って、声が震えないようにお腹に力を入れる。
「師匠がいなかったら、十年前に死んでた!……師匠を、助けたいの。離して!」
「……うん」
悪魔は、泣いた。心底、嬉しそうに。
「……今、やっと分かったよ。僕は君を、愛してる」
両目からつうっと流れた涙が、床を濡らしていく。
「なぜ僕が君に口づけなかったか。それは僕が、君の未来を眺めながら傍で生きていたいと願ったからだ。僕のものになんかならなくっていい。僕はただ、君に生きていてほしい。僕の魂なんか、欲しけりゃくれてやる」
はは、と子どものように歯を見せて笑う。
アメリアが大きく首を振って叫んだ。
「駄目よ!魂を売ったら、心を失くしてしまう!そんなの絶対、嫌!」
悪魔は優しく笑った。
「いいんだ、心を失くしても。君のいない世界で、僕はもう、二度と心を取り戻せないだろうから」
「そんな……」
アメリアは涙を拭って、きっと宙を睨んだ。
そんなの、許さない。
絶対、師匠を助けてみせる。
アメリアは、傍観しているロキを振り返った。




