呪い
『メフィストフェレス』は、英雄の名前だ。
そう、悪魔はぽつりと言った。
千年前、僕は神獣リオーンと神の子トーリトーンを殺した。
どちらも村にとって災禍でしかなかったからだ。
村人は「英雄」と僕を讃えた。
一方で僕は神の怒りを買い、罰を受けた。
――こうして僕は、悪魔になった。
僕がリオーンを殺したとき、村の皆は僕を讃えてくれた。
僕も皆を助けられて嬉しかった。
皆は、次はトーリトーンを殺してほしいと言った。皆は、僕に『英雄』を求めた。
僕は、英雄の称号なんか要らなかった。でも皆を助けたかった。だから、力を振り絞ってトーリトーンを殺した。
僕は神殺しの悪魔になった。
僕は、皆を憎んだ。英雄なんかクソくらえだった。望んでもいないのに、なぜ自分がと思った。毎年女を捧げるくらいなんだ。嫌なら自分で殺せばいい。
……そう思う僕は、ただの、身勝手な、彼らと同じ『人』だった。
人間界に降ろされた僕は、医学を学びながら放浪した。
極力、人と関わらないように。ひっそりと生きていた。
僕は人も、自分も、大嫌いだった。
いつしか僕は旅に疲れて、深い森の奥に分け入った。
湖のそばに開けた場所があって、ぽつんとすみれの花が咲いていた。
僕はその花を、美しいと思ってしまった。
「時よ留まれ。お前は美しい」
そう言って、僕はすみれの花に口づけた。
それから、大地に口づけて契約をした。
許された者だけが入れる、結界を張るように。
僕と契約したものは、永遠の命を得る代わりに、僕の意に従う。
それが、僕の魔法だった。
……心底、後悔しているよ。
僕が愛してしまったばかりに、この花と大地は、自由を失い、淀んだ時の中に巻き込まれた。
これは呪いだ。愛する者の時を止め、魂を奪う、という。
***
キルケは、人間界に降りた後、村長への復讐に燃えた。
村長を誘惑し家庭を崩壊させた上、村長の娘の婚約者に近づいて破談にした。
だが、数年で復讐に疲れてやめた。
村長に恨みはあったが、その娘に延々と嫌がらせをするのは違うと思い直した。
復讐という目的を失うと、生きる意味が分からなくなった。
生贄にされたときはあんなにも生きたかったのに、死ねなくなった途端全てが無味乾燥とし、男に溺れた。
「キスはしないで」
「なぜ?」
「……別に。嫌いなだけ」
好きになった男がいた。男は約束を守らなかった。男は魔法にかかり、私に恋をした。
私は、ただ虚しかった。
私が口づけると、男は皆私に恋い狂う。
私が与えられた魔法は、本当の愛を得られない呪いだった。
だから、メフィストフェレスしかいないと思った。
本当に愛してくれるのは、同じ悪魔の、彼だけだと。




