神々の黄昏③
「さて――」
神妙な顔で聞いているアメリアたちに、「残念ながら、話はまだ終わらないんだな」とロキが笑った。
「こっから先は、俺から話させてもらうぜ」
ペンでポリポリと頭を掻きながら、ロキが一冊の本を片手に言い放った。
「そこの哀れな女と、はぐれものの神の話さ」
***
メフィストフェレスに助けられたキルケは、手足に残った枷をジャラジャラと引き摺りながら必死に逃げていた。
「必ず……必ず、生き延びてやる。心優しいあのお方に、救われたこの命。むざむざと失うわけにはいかない……!」
***
「はー、つまらん。神も人も、くだらぬことで怒り争う。愚か愚か。この世の救いは酒と女の他になしと」
一方、いたずらの神、ロキは酒を片手に一部始終を見ていた。
メフィストフェレスがキルケを救い、ポセイドンの子トーリトーンを殺した、その様子を遠目から眺めていたのだ。
「あの女、助かったところで一体どうするのだ?村に戻っても居場所などなかろうに」
酒を煽りながら、必死に逃げるキルケを笑った。
「どれ、暇つぶしにお愉しみといこうか」
***
「寒い……喉が……渇い、た」
キルケは、やっと見つけた洞窟の中でへたり込み、膝を両腕で抱え込んだ。
丸一日歩き、腹は減るわ、喉は渇くわ、寒いわで泣きそうだった。
「私が何をしたって言うの。美しいからと生け贄にされるなんて。こんなことなら醜く生まれたかった」
顔に傷でもつければ、少しはこんな不幸も減るかしら。そう思っても、傷をつける刃物もない。
せいぜい、ボロボロの爪で頬を引っ搔くくらいだ。
「ははははは!」
突然、洞窟の中で笑い声が響き渡った。
(誰!?)
ハッと洞窟の入り口を見る。
近づいてくる、背の高い人の影。
コツ、コツ、と靴音がゆっくりと反響する。
薄暗い洞窟で、やっと顔が見えるようになる。
現れたのは、赤い髪を無造作に後ろで括った若い男。
獣の毛皮を身につけ、獣骨の面を首に提げていた。
「お前、面白い女だな。生きるか死ぬかってときに、自分の美しさを恨んで傷つけようとするとは」
キルケが後退りしながら震えていると、男は楽しそうに笑った。
「安心しろ、俺はお前に興味が湧いた。助けてやろう」
カラン、と木でできた水筒と獣皮の入れ物を放る。
「水と木の実だ。欲しいか?」
喉はカラカラだった。欲しい。喉から手が出るほど。
キルケは顎をひいて微かに頷いた。
男が近づいてくる。
「いい子だ。傷などつけずとも、俺が汚してやる。そして助けてやる。なぜなら美しいからな。どうだ、どちらもお前が望んだことだろう?」
男――ロキは別の水筒に口をつけ、一口含んだ。
キルケをゆっくりと壁に追い詰め、そのまま口づけた。
とろりとした液体が口内に入り込み、喉を潤す。
だがすぐに焼けるような熱さが襲い、ゲホゲホとむせてしまう。
「酒だ。うまいだろ?」
にやりと笑って、ロキはキルケの身体に舌を這わせ、ゆっくりと犯した。
***
ドンガラガッシャーン!
「ナゲカワシイ……」
雷鳴に、キルケは悲鳴を上げる。
キルケを抱きながら、ロキは顔をひきつらせて笑った。
「はは、やべ。ポセイドンがお怒りだ」
「ケガラワシイクチヲヒラクナ……」
ゴロゴロゴロ、ガッシャーン……
立て続けに雷が光る。
バシャバシャと雨が降り注ぐ。
瞬く間に海が荒れ、波が洞窟の中の全てを絡めとった。




