愛なんてもの
ごくん、とランスロットは唾を飲み込んだ。
殺せ。
ころせ。
コロセ……
アーサーの青い目が、二つ。
それは、冷徹に俺を従わせる。俺の気持ちとは無関係に。
殺せ。
ころせ。
心をコロセ――。
剣を握った手に力が入る。
ああ。
今、初めて主を殺したい――。
「ちょっと待った」
能天気な声が、緊迫した空気をぶち壊した。
***
「アメリア嬢とランスロット君は知ってると思うんだが。悪魔を殺す方法は存在する」
壁に寄りかかって腕組みをしたロキが顔を上げて言った。
アーサーとキルケが目を見開くのを無視して話し続ける。
「そう、愛する者を殺すと悪魔は死ぬ。死ぬと言っても、肉体は死滅しないから自我を失う。この世の全てはいつか朽ちる。だから、何かを愛した悪魔は必ず死ぬんだ」
「だから、どうしたというのだ」
アーサーが苛ついたように険しい顔でロキを睨む。
ロキはアーサーをちらりと見ただけで話し続ける。
「さて、ここからが本題だ。悪魔にとって『愛する』ってのは『魂を売る』ってことに等しい。つまりだ」
言葉を止め、扉の向こうの聖像を一瞥する。
「愛する者が死ななくても、魂を売れば悪魔は死ぬんだ。不滅の器だけを残して」
ロキ以外の全員が、わけがわからないという顔をしていた。
ロキの真意が掴めない。
「結局愛なんてものは曖昧で、つまるところ失ってから知るんだ。愛してたって」
ロキは視線を寝台の悪魔に向ける。
「起きてるんだろ、メフィストフェレス」
ロキが言い放った。
「……その名前は捨てたんだ」
寝台から起き上がった悪魔は、絞り出すように言った。
「メフィストフェレス!」
キルケが歓喜で声を弾ませる。
たっと寝台に駆け寄り、悪魔の腕に抱きついた。
悪魔は彼女に答えないまま、手で顔を覆った。
ああ、頭が、
頭が痛い。
カンカンカンカン!
頭を割るようなガベルの音が、蘇る。
『メフィストフェレス。お前に判決を言い渡す』
痛い。
痛い。
痛い――
魂を売れば、この終わりのない悪夢のような時間に、終止符が打てるのか?
ならば喜んでくれてやろう、どうせ何も愛せない人生なのだから。
やっと、この地獄とおさらばだ。
……本当にそうか?
この偽物の愛しか知らない僕が、死という救いを得るなど本当に、
「師匠!」
はっと、顔を上げた。
アメリアが、今にも泣きそうな目で僕を見ていた。
「……アメリア」
ぽたりと、涙が寝台を濡らした。
僕は片手で目を覆い、呟くように言った。
「昔話を、しようか」




