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その言葉は、悪魔よりも悪魔のように

 ほぼ休憩なしで馬を走らせ、ノクスについた頃には、もうすっかり日が昇っていた。

 寝不足の頭で日光を浴び、眩しさに目を眇める。

 ランスロットはアメリアを起こし、無言で抱きかかえて馬車から下ろした。


「お前……」

「はい?」

「……いや、なんでもない」


 魔女殿の顔を見てみろ、と言いそうになってやめた。

 魔女殿の顔が真っ赤で、恥ずかしさと驚きと、絶対にこっちを向くなという強い意思をごちゃまぜにしたような表情だったからだ。


「行くぞ」

「はい」


 アーサーと、アメリアを抱えたランスロットは、教会の中へと乗り込んだ。


 古びた扉を開け、聖堂に入る。原初の神アナンケーの聖像が彼らを見下ろしていた。


「んんんん。やれやれ、皆さんお揃いで」

「……ロッキード!」


 ランスロットは、聖像の後ろから出てきた人物を見て思わず叫んだ。

 神父の恰好をした彼は、赤茶の髪をガシガシと掻き、眼鏡を外した。

 んんんん、と再び咳払いすると、ランスロットが知っているよりも低い声で言った。


「よお、ムッシュー。久しぶりだな」

「……どういうことだ。なぜ、お前がここに」

「まあ、色々あってな。話すと長くなるぜ」

「……キルケに、情報を渡したのはお前だったのか」

「ザッツライト。その通り」

「……俺たちを騙したんだな」

「おいおい、騙すなんて人聞き悪いじゃねえか。……そういうお前こそ、第二王子の手下だったのか?」


 にやりと笑って枷を嵌められたアメリアを顎でしゃくるロッキード。

 ランスロットは黙るしかなかった。


「まあ、焦んなよ。これから全部の答え合わせが始まるからよ。……そうそう、俺の名はロキ。悪魔たちの監査と報告なんてクソめんどくせえ仕事を丸投げされた、偉大なるいたずらの神さ」


 キイイ、とロキは部屋の扉を開けた。

 窓辺に寝台が置かれた、小さな部屋だ。

 寝台の脇には、修道服姿のキルケが腰かけている。

 彼女は動揺した様子もなく振り返り、「早かったわね」と呟いた。

 悪魔は寝台に横になり、すうすうと寝息を立てている。

 アーサーが彼女を見据えて尋ねる。


「キルケ。そなたは俺を裏切ったのか?」

「あら。随分と自惚れた言い草じゃない?最初から敵でも味方でもないわ。悪魔は噓がつけないの。不便でしょう?」


 キルケは微笑み、首を傾げた。

 アーサーとランスロットが呆然としていると、ロキが「そうそう」と思い出したように言った。


「俺もそうだぜ?ロッキードと呼んでくれとは言ったけど、名前がロッキードだとは言ってないしな」


 キルケは妖艶に笑い、枷を嵌められたアメリアを見つめた。


「ねえ、王子様。滅びの魔女を、殺さないの?」

「……」

「……お前、何を考えている」


 アーサーに代わって答えたランスロットは、ギロリとキルケを睨んだ。

 キルケは喚く赤子をあやすように眉を下げて笑う。


「怖い顔しないで。別にいいの、その子が私からメフィストフェレスを奪わなければ」


 歌うように、宥めるように。彼女は聖母のように穏やかに笑った。


「……メフィスト、フェレス」


 師匠の、名前。

 アメリアは思わず、それを小さく呟いた。

 その瞬間、キルケがカッと目を吊り上げ、恐ろしい形相で睨んだ。


「あんたがその名前を呼ばないで!」


 立ち上がり、コツ、コツ、と近づいてくる。


「私は千年前からメフィストフェレスを愛してる。彼と添い遂げるためにこれまで生きてきたの。それを、人間の小娘なんかに、邪魔させないわ」


 アメリアの顎に手で触れ、皮膚に爪を突き立てた。

 ひゅっとアメリアの喉が鳴る。

 キルケは血が出る直前で手を離し、美しく笑った。


「それで、あなた方の狙いはメフィストフェレス?」


 ランスロットもアーサーも、黙ったままだった。キルケは沈黙を答えとして受け取ったらしい。

 キルケは唇に指を当て、ふふっと笑って言った。


「あなた方の狙いはこう。そこの小さな魔女さんを処刑台で殺すより、悪魔を殺した方が王の英雄譚としては見栄えがいいんじゃないかって。どう?正解?」

「その通りだと言ったら?」


 アーサーが銃を構えながら言った。


「もちろん、許さないわ。そもそも私たちは死ねないの。だから、銃も構えたって無駄。もしも強引に私からメフィストフェレスを奪うなら、私はあなたから部下を奪う。……私、男を狂わせるのは得意よ」


 バン!


 キルケが言い終わる前に、銃声が鳴った。

 キルケの頬に赤い血が伝う。


「噓はつけないって、言ったのに」


 キルケはアーサーにゆっくりと近づいた。

 彼女は銃口に指を当て、妖艶に微笑んだ。


「何度撃っても同じよ。これは、そういう呪いなの」

「……わかったよ」


 アーサーは諦めたように銃を下ろした。


「もともと、滅びの魔女を殺す予定だったんだ。死なない悪魔に興味はないさ」


 キルケが血濡れた顔でにっこり笑った。

 もう既に血は止まっている。


「私のお願いを聞いてくれるのね?王子様」

「そこの小さな魔女殿を殺せば満足か?」

「話が早くて助かるわ」


 アーサーはランスロットに顔を向けた。

 ランスロットは縋るように見つめ返す。


「そんな目をするな」


 アーサーはため息を吐き、感情を殺した顔で言った。


「命令だ、ランスロット。滅びの魔女を殺せ」



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