嵐の前②
誰もいない、空っぽの聖堂の中。
男が一人、暗闇からぬっと顔を出した。
男は、聖像の前に報告書を置いて跪き、赤茶の頭を垂れた。
「畏き原初の神よ。監査官ロキの名に於いて申し上げる。どうか、哀れな悪魔共に、再審の慈悲を賜りますよう」
***
「アーサーさま。悪魔はおそらくノクスにいます」
「何。ノクスだと」
「はい。王宮近辺で男が襲われるのを偶然護衛隊の一人が見ていました」
「偶然?確かなのか?」
アーサーは早すぎる報告に眉をひそめた。
ランスロットが悪魔の捜索を始めてまだ一日も経っていない。訝しんで当然だった。
「姿形を聞きましたが、目の色以外が一致しています」
「目の色が違うなら別人だろう?」
「いえ、悪魔の目の色が特徴的すぎるのです。だから外に出るときに変えている可能性が高い」
「ふむ。ではなぜノクスだと思う?」
「男が連れ去られた馬車に、キルケが乗っていたそうです」
「何?」
アーサーは眉間に深いしわを刻み、ランスロットを睨んだ。
「お前、キルケを疑っているのか?」
ランスロットは表情を変えず、アーサーを見返した。
「何を疑うのですか」
「は?」
「魔女狩りの命が下ったとき、アメリアの家は既に調査済みでした。俺はキルケの手の者が独自に調査したものだと考えています。では、アメリアの家に悪魔がいるのも知っていたのではないでしょうか。だから、悪魔を捕らえたのでは?それがアーサーさまのためなのかどうかは、聞いてみないと分かりませんが」
「……」
「俺はキルケを敵だとも味方だとも思っていません。そもそも彼女のことをほとんど知りませんし」
「そうだな」
「だから、彼女が悪魔を捕らえたと聞いて、裏切られた可能性をお考えなのが驚きでした。彼女のことを疑っているのは、アーサーさまでは?」
アーサーは言葉に詰まった。
長考の末、険しい顔で捻り出すように言葉を発する。
「彼女は自身の目的のために動いている。その目的が俺、つまり次期王の妻の座を狙っているのならばよい。……だが、もし他に目的があるとしたら?」
「悪魔、ということですね」
「……そういうことになる」
「つまりアーサーさまは色仕掛けにかかっていたと」
「……お前、いつか不敬罪で裁いてやる」
「俺の不敬でアーサーさまが暗君となるのを防げるのなら安いものです」
ふっと揶揄うように笑ったランスロットの肩を小突こうとしたらあっさりと手のひらで受け止められた。
見透かされているようで悔しかったが、ランスロットの諫言は正しかった。
褒美をやらねばなるまい。
「十五分やる」
「え?」
アーサーが手を離すと、ランスロットの手のひらには小さな鍵が乗っていた。
「魔女殿ごとノクスに移動するぞ。彼女の拘束を一度解いて合流しろ。……その間に、少し話せ。お前、一切弁解しないから、魔女殿が気の毒なほど泣いていたぞ」
「……弁解できることがなかったので」
「なんでもいいが後悔しても知らんぞ。これが最後の逢瀬になるやもしれんからな」
ランスロットは短く返事をして地下牢に駆けていった。
アーサーはその後ろ姿に「頑張れよ」と呟いた。




