アメリア、目覚める
カツン、カツン。
(……つめたい)
衛兵の足音が響く地下牢の中、アメリアは目を覚ました。
牢の中は寒く、床についた頬が冷たい。
起き上がろうと手足を動かすとカチャカチャと金属音が鳴った。
手も足も頑丈な枷が嵌められ、鎖で床に繋がれていた。
「おい、魔女が起きたぞ」
物音に気づいたのか、カツンカツーンと音を立てて衛兵が二人近づいてくる。
恐々とこちらの様子を窺う。
アメリアが目を上げると彼らはヒイッと息を吞んだ。
「見ろよあの目……」
「うるせえな。魔女ならおかしくもねえだろ。それより隊長に報告するぞ」
「あ、ああ」
(……怖がられるの、久しぶりだ)
アメリアはアメジスト色の瞳を伏せ、牢を出て行く彼らの足音をぼんやりと聞いた。
最近は知らない人と会う機会も減っていたから忘れていた。
この目の色で人間を名乗っても、にわかには信じがたいらしい。
その点をすんなり受け入れたランスロットは奇特な人間だった。
もっとも、ツッコむ余裕がなかっただけかもしれないが。
(美しいなんて言ってくれたの、ランスロットだけだ)
カツンカツンと音を立てて二人の男が入ってくる。
一人はランスロット、もう一人は知らない人だ。
なんだか偉そうにしているから、ランスロットの主人なのかもしれない。
「ほう。お目覚めか魔女殿」
偉そうな男が言った。
「魔女ではないと言っても、きっと信じてくれないのでしょうね」
アメリアが目を上げて穏やかに言うと、偉そうな男はハッと楽しそうに笑った。
「いかにも。魔女殿がもし魔女でなかったとしても、魔女として死んでもらわねばならない。――おっと、自己紹介が遅れたな。俺の名はアーサー。今は第二王子だが、じきに王になる男の名だ。覚えておけ。さて、話は戻るが実のところどうなのだ?魔術は使えるのか?」
「使えないわ。期待外れでごめんなさいね」
「森の魔女の薬はよく効くと評判らしいが?」
アーサーは懐からハンドクリームを取り出してしげしげと眺めた。
「薬を卸してるお店の店主が商売上手なの」
「マリラ・デイルか」
アメリアは返事に困って口をつぐんだ。
マリラおばさんにまで迷惑をかけるわけにはいかないが、もう何もかも調べ尽くされて手遅れな気がした。
それまで黙っていたランスロットが口を開いた。
「彼女は魔女ではありません」
アーサーは呆れ顔で傍に控えているランスロットを振り返った。
「ランスロット。以前も言っただろう。お前の意見は聞いていない」
「はい。ですが、彼女は悪魔と暮らしています」
「……なんだと」
アーサーは険しい顔でランスロットを見返した。
ランスロットは無表情で言った。
「処刑台の上で死ぬのは悪魔でも構わないでしょう。むしろ適任では?偽物の魔女よりずっと」
「……何、言ってるの」
アメリアは唇を震わせてなんとか声を絞り出した。
ランスロットの言葉が、信じられなかった。
処刑台で死ぬ?
師匠が?
何より、それをランスロットが言うのが、信じられなかった。
「どうやら、本当のようだな」
アーサーはアメリアの反応を一瞥して言った。
「悪魔はどこにいる?」
「わかりません。街に行くと言って出かけたので、おそらく王宮周辺かと」
「すぐに探せ。護衛隊を動員していい」
「は」
「ランスロット……!」
立ち去ろうとするランスロットに、アメリアは叫んだ。
「あなたは、師匠を裏切るの?」
ランスロットは一瞬立ち止まり、何も言わずに歩き去った。
アメリアは、その背中に向かってもう一度彼の名を呼んだ。涙声はなじるように牢の中に響いた。
嘘だと信じたいのに、その背中は紛れもなくランスロットだ。
頭が真っ白だった。
代わりのように涙が溢れては頬を伝う。
手を固定されているせいで、拭うこともできないのが情けなかった。
「哀れで鈍感な魔女殿」
アーサーは屈んでアメリアに目を合わせた。
「悪いがランスロットは俺のものだ。あいつを、惑わせてくれるな」
その言葉を咀嚼することが今のアメリアにはできなかった。
ただ呆然と涙を流すアメリアを見かねたように、アーサーはため息を吐く。
「あいつが動くのは俺のためだ。俺のせいでお前は恋人に裏切られ、その上師匠を失う。悪いが堪えてくれ」
ひと息に言って立ち上がるアーサーに、アメリアが口を開く。
「恋人じゃ、ない」
「そうか」
哀れなランスロット、と心の中で呟き、アーサーはその場を後にした。
残されたアメリアは、声を殺して泣いた。
ついこの間まで、三人で食卓を囲んでいた。
師匠とランスロットと暮らす平和な日常が、ずっと続くと思っていた。




