悪魔の書斎
「ししょー?」
ご飯の準備ができた。今日は芋とキャベツのスープだ。
少しずつ春めいてきたけれど、まだまだ寒い。
肩をぶるっと震わせながら師匠の書斎のドアを開ける。
書斎には入るなと言われているけれど、呼んでも来ないのが悪い。
「ししょー!ご飯、食べよう?」
「……アメリア。この部屋には入っちゃダメだって言ってるのに」
机で書き物をしていたらしい師匠が振り返らずに言った。
とことこと師匠の傍まで歩き、机を覗き込む。
「?何書いてるの?」
「なんでも、ないよ」
机の上には、一冊の本と、ノートがあった。
本にはミミズののたくったような字の難しそうな外国語が並んでいた。
ノートのほうはシルヴェスタ語だったが、アメリアの知らない綴りばかりで意味はさっぱりだった。
「ししょー?泣いてるの?」
ノートにポタリと落ちた水滴は、アメリアにもわかった。
よくわからないけれど、本を読んで泣いてしまったみたいだ。
精一杯背伸びをして、師匠の頭を撫でようとしたが、届かない。
しょうがなく首の後ろあたりをよしょしと撫でる。
「ちょっと、ね。いやあ、年を取ると涙もろくなっていけないね」
「いけなくないよ?涙が出るのはししょーが優しいからだわ」
首を傾げながら言うと、師匠が私を抱き寄せた。
「……アメリア。××てるよ」
涙声でうまく聞き取れなかったけれど、届くようになった師匠の頭に手を伸ばして、私は満足した。
***
ランスロットが消えてから数日後。
アメリアは師匠の書斎の前に立っていた。
手にはロッキードが少しだけ訳してくれた悪魔の書。
師匠はまだ帰ってこない。
ランスロットのことは、もう、知らない。
不安なまま師匠のことを考えていると、この家に来たばかりのことを思い出した。
思い出すと恥ずかしくなるほど、めいっぱい甘えていた頃。
師匠が机の上に広げていた、ノートと外国語の本。
ミミズがのたくったような――異国の文字。
「……同じだ」
手元の悪魔の書を見つめて、アメリアは小さく呟いた。
アメリアが成長するにつれ、師匠はアメリアを書斎に入れなくなった。
書斎にいるときも留守にするときも、必ず鍵をかけていた。
なぜ、入ってはいけないのと何度か聞いた。
師匠はおどけて言った。
「危険な毒の本がたくさんあるからね。アメリアが毒の調合にハマったら困ってしまう」
そんなことしない、と言い張っても師匠を困らせるだけだった。
きっと別の理由がある。
それはわかっていて詮索しなかった。
今も、書斎の扉には鍵がかかっている。
なんとか開かないかと鍵穴とにらめっこし、細い針金を使って数時間格闘した。
「……開くわけ、ないか」
そう呟いて、針金をくるりと回して抜こうとした。
カチャリ。
小気味いい音と共に、鍵が回った。
恐る恐る中に入る。
古い本特有の紙の匂いが広がった、狭い部屋。
師匠の言う通り、医学薬学の本がずらりと並んでいる。
机の傍の一画に、ノートが数冊棚に収まっていた。
中をぱらぱらとめくる。
『悪魔の殺し方について』
「……つづ、き?」
ロッキードが訳してくれた文章の続きが、そこにはあった。
『悪魔が愛する者を救う方法はただ一つ。
それは、悪魔が自ら神に魂を捧げることである。
また、悪魔を人間に戻す方法が一つ。
それは、悪魔を愛する者が現れ、自らその魂を差し出すこと。
その魂を食べれば、悪魔は人間に戻る』




