閑話 魔女の惚れ薬
「ねえ、ランスロット。明日、森に蜜柑を採りに行くんだけど。付き合ってくれない?」
「おう!もちろん」
採集に付き合うのはいいが、なぜに蜜柑。
森に自生するような品種はあまり旨くなさそうな気がしたが、アメリアの好物なのだろうか。
「蜜柑、好きなのか?」
ランスロットが首を傾げて聞くと、アメリアは一瞬きょとんとした後、笑って答えた。
「好きだけど。食用じゃないわよ」
「なんだ。薬の材料か?」
「そう」
「ちなみになんの薬を作るんだ?」
「魔女の惚れ薬」
「……へ?」
「っていう名前の香水」
ランスロットが目をぱちくりしている間に、アメリアはテキパキと準備を始める。
「売れるのよこれが」
「……それ、名前で詐欺ってねえか?」
「マリラおばさんに言って頂戴」
***
野生の蜜柑の木はそこそこ背が高い。
四、五メートルはあろうかという木を猿のようにするすると登って実を捥ぐランスロットに、アメリアは感嘆の声を上げた。
「ランスロット……器用ね」
「まあな」
身体能力が高くなければ王子の護衛は務まらない。
アメリアには言えないが、やろうと思えば軽業師くらい身軽な動きだってできる。
「ほい終了」
蜜柑の籠を抱えたまま、するりと木から降りる。
呆気にとられたような顔で俺を見るアメリア。
「なんだよ?」
「いや……ありがとう」
あまりに早く終わってしまったので、ついでに食料調達をしていくことになった。
アメリアはどこにキノコが自生しているかをよく知っていて、アメリアが示したところの雪を少しどかすとちゃんとキノコが生えている。
俺もアメリアに習ってキノコを探すが、なかなか見つからない。
くそ、と手をかじかませながらひたすらに雪をどかしていくと、やっとキノコが顔を覗かせた。
赤茶の傘に、ところどころ白いイボが目立つ、いかにもキノコですといったキノコ。
グゥと腹が鳴った。
アメリアは少し離れた場所で黙々とキノコ狩りに勤しんでいた。
ランスロットは目の前のキノコを見つめ、ゴクリと唾を飲んだ。
私を食べてと言わんばかりのフォルム。
その姿に負けて、ぱくんと一つ口に放り込んだ。
「う、生じゃあんま旨くねえな」
ごくんと苦い顔で飲み込み、残りは籠に入れてアメリアのところに持っていく。
「ほら、見てくれよ。自分で探し当てたんだぞ」
えっへんと胸を張る俺に、アメリアはひと言言い放った。
「それ、毒よ」
「……へ?」
さっき食っちまったんだが。
「まあ、死ぬことはないでしょうけど。食べたらお腹くらい壊すわよ」
続いたアメリアの言葉にほっと胸をなでおろす。
まずいだけで身体に異変はなかったが、それは俺が毒に多少耐性のある身体だからかもしれない。
なんにせよ、アメリアに言ったら変なものを食うなと怒られること必至なので黙っておこう。そう心に決めて家に帰った。
***
「さて」
アメリアは腕まくりし、香水作りを始めた。
やり方は簡単だ。全部皮をむいてアルコールに漬け込む。それだけである。
残った果肉がもったいないので、それも酒に漬け込んで蜜柑酒を仕込む。甘党の悪魔が帰ってきたら飲むだろう。
ランスロットは家に帰ってから疲れたのか寝てしまっていた。
あれだけヒョイヒョイ木登りすれば疲れるのは当たり前だ。
身体に優しいご飯にするか、とキノコ入りのリゾットを作り始めた。
ランスロットがとってきたキノコは残念ながらゴミ箱行きである。
ベニテングダケという名前で、強くはないが毒性がある。
人によっては食べると酩酊したようになって幻覚を見たりお喋りになったりするらしい。
ランスロットが間違えて食べないように、さっさと捨てておいた方がいいだろう。
***
ランスロットは、カチャリと部屋のドアが開く音でうっすらと目を覚ました。
アメリアが何か口を動かしながら近づいてくる。なんと言っているのかはうまく聞き取れなかった。
視界がぼやけ、視覚と聴覚があまり仕事をしていないことに気づく。
俺はひょっとしたらまだ寝ているのかもしれない。
頬にひやりとした手の感覚があった。
アメリアが触れたところから、ふわりと爽やかな香りがする。
甘い蜜柑の香りが、心の奥底の隙間に入り込んでいく。
惹かれるように、彼女の細い手首を握っていた。
驚いたような気配を感じる。だけど彼女は逃げなかった。
拒まれないのをいいことに、そのまま手を重ね、指を絡めた。
「ずっと、こうしてられたら、な」
それが声に出たのか、俺にはわからない。
きっとこれは夢だ。
夢ならば、許されるだろう。
たとえ俺が、もうすぐアメリアと離れなければならないとしても。
今だけは――。
彼女を抱きしめて、髪をすく。
「もう少しだけ、このままで――」




