悪魔の書
「オッサン、何者だ?」
俺はガタンと勢いよく立ち上がり、アメリアを後ろに庇って凄んだ。
ロッキードは笑みを崩さず、やれやれと肩をすくめた。
「ただの古い知己ですよ」
「旦那を知っているのか?」
「そうでなければ、なぜこの家に入れたんです?」
「……」
旦那が留守だからじゃないのか。
ハッタリを疑って俺は押し黙った。
俺の警戒を察して、ロッキードは悲しそうに首を振った。
「はあ。まだ信じてもらえないのですか……では、彼の名を言ってみせましょう。そうすれば証明になりますね?」
「……!」
こいつは一体、いくつ爆弾発言を放てば満足するんだ?
俺は服の下に隠した暗器をいつでも取り出せるようにしながら、驚愕を通り越して呆れていた。
黙っていたアメリアが、震える声で尋ねる。
「……師匠の名前を、知っているの?」
「ええ、まあ。そこの彼、ランスロット君でしたか、はどうやらご存知ないようですね」
「……」
「おや。もしやあなたも?困ったな、それでは証明にならないではありませんか。名を知るような関係ではないのですか?ああ、それとも、悪魔には名などないと?」
「っ、違う!そんなんじゃない!」
アメリアは涙を押し殺して唇を噛んだ。
するとロッキードはふっと笑って語気を緩めた。
「少し意地悪をしてしまいましたね。名はただの外縁に過ぎない。私の知る彼とあなたの知る彼が同じだとは思いませんし、またその必要もない。真実は彼にしかわかりえませんし、またその真実も、言い換えればただの解釈だ。人は皆信じたいものを信じることしかできない。私もあなたも、彼も、ね」
ですから、信じるも信じないも、あなたの好きにしたらいい。
この本の内容は、
ロッキードは少し息を吸い、アメリアをまっすぐ見つめて言った。
「悪魔の――殺し方について」
***
「おいおい、本当かよ?適当なこと言ってんじゃねえの、俺たちには読めないからってさ。確かめる手段もない相手に、本当のこと言うって保証できるか?旦那の名前だってその本に書いてあったのを読んだだけかもしれないんだぜ」
懐疑的なランスロットに、当然のように頷いたのはロッキードだ。
「ええ、その通り。ですから、先に言ったのです。信じるかはあなた方の自由だと」
ランスロットはアメリアと顔を見合わせ、難しい顔で唸った。
「そんなこと言ったって、そもそも信頼できるかどうか判断する情報がねえよ」
「……そうね」
自分たちにはまだ精査する情報さえも皆無なのだ。
それに、旅人のロッキードにもっともらしい噓をつくメリットがあるとも思えなかった。
アメリアは伏せていた目を上げ、アメジスト色の瞳でロッキードを見据えた。
「噓かどうかなんて後から考えるわ。少しでも情報があるなら知りたいの」
「では、交渉成立ですね」
微笑むロッキードに、アメリアは話し始めた。
***
「いやあ、実に、実に面白い」
アメリアの話を聞き終えたロッキードは上機嫌でうんうんと一人で頷き、手帳にメモをした。
外はすっかり暗くなり、ヒューヒューと風の音が鳴っている。
アメリアが紅茶を淹れ直してくれている間に、ランスロットはうーんと伸びをして言った。
「良かったなオッサン。ついでに俺の話も聞くか?」
「あ、結構です。普段なら喜んで聞くんですが、今はお腹いっぱいで」
「……あ、そう」
ちょっと残念そうにするランスロット。
アメリアが紅茶を持って席に戻り、呆れ顔で言う。
「何むすっとしてるの。私たちにとって本題はここからよ」
「そうだな」
真面目な顔に戻ったランスロットに、ロッキードはふふふと笑った。
「それでは本題に入りましょうか。この本によると、悪魔を殺す方法とは」
たっぷりと溜めをつくってアメリアとランスロットがごくりと唾を飲みこむのを待ってから、ロッキードは剣呑な笑みを浮かべた。
「悪魔の、愛する者を殺すこと」




