悪魔、街に出かける
翌日、旦那は朝早くに出かけて行った。
俺は眠い目を擦りながらアメリアと一緒に旦那を見送った。
「もしかしたら、数日帰らないかも」
「え?どうして?」
「ちょっと、気になることがあってね。ちゃんと帰ってくるから、心配しないで」
旦那は小さい子どもにやるようにアメリアの頭を優しく撫で、手を振って家を出た。
アメリアが寂しそうに旦那の出て行ったドアを見つめるから、俺はアメリアの肩をぽんと叩いて言った。
「まあ、元気出せよ。旦那も男だからさ、色々あるんだよ」
「師匠はそんな人じゃない」
元気づけようと思って言ったのに、汚いものを触るように手を振り払われた。
「冗談じゃないか……」
「冗談だとしても、気色悪いこと言わないで」
「……」
気色悪いと言われても、男が朝帰りする理由なんて八割方女だと思うんだが。
アメリアって、もしかして旦那のこと好きなのか?
ランスロットはポリポリと頭を掻きながら、面白くないなと思った。
***
「さて――」
悪魔は、街の中心部をゆっくりと歩きながら周囲を観察していた。
マリラの薬屋。
雑貨屋、肉屋。
アメリアが――あるいは、若い女が行きそうな場所。
注意深く見ていると、肉屋の前で、串焼きを食っている若い男がいた。
「う、うんめぇなこれ!」
「お、兄ちゃん分かってるねぇ」
店主は嬉しそうに笑い、若い男は屈託なく肉にむしゃぶりつく。
若い男は少しくたびれたシャツにツナギという職人風の出で立ちで、これといった怪しさはない。
「なあ、旦那。ちょいと変なことを聞くんだが、ここらで魔女の噂を聞かねえか?」
「魔女?」
「ああ。森に棲んでいて、薬を作って売りさばいてる」
「売りさばいてるたぁ、言い方が悪いねぇ」
「すまねぇ。俺も人に頼まれたもんで、よく知らねえんだ。悪い気させたなら謝るぜ」
「そうかい。じゃあしょうがねぇ。俺も詳しくは知らんが、『森の魔女の薬』ってのはよく効くらしい」
「『森の魔女の薬』?」
「ああ。近くにマリラの薬屋ってのがあるんだが、そこでよく売ってるよ」
「そうなのか。実はおっかぁに買ってこいって頼まれたんだ。助かるぜ旦那」
「おうよ。またおいで」
「ありがとな!」
快活に笑う若い男は、店主に背を向けて肉屋を後にした。
悪魔は、その一部始終を見ていた。
だから気づいた。
店主に背を向けた瞬間、彼の眼光が鋭くなったことも、彼の靴が、職人が履くには少し上質で、足の大きさがやけに大きいことも。
***
若い男はそのままの足でマリラの薬屋に行った。
悪魔は回り道でマリラの薬屋に向かい、裏の路地で耳をすませる。
「やあ、いらっしゃい」
「うん。『森の魔女の薬』ってのが、よく効くって聞いてきたんだけど、あるか?」
「お、兄ちゃんお目が高い!人気ですぐに品切れになってしまうんだけど、ちょうど昨日卸しに来てくれてね」
「お、そいつぁ運がいいや。ところで、魔女ってどんな奴なんだい?黒いフードを被った婆か?」
「はっはっは。兄ちゃん、アメリアが本当に魔女だと思ってるのかい?」
「おっと。違うのか?」
「まさか。まだ十六の女の子さ。アメジスト色の瞳が神秘的で、少し人見知りなだけの、人間だよ」
「へえ。姐さんが騙されてんじゃねぇの?」
「姐さんだなんて調子のいいこと言うんじゃないよ。――あの子は普通の女の子だよ。もっとも、薬は魔法のようによく効くけどね」
「ふうん」
「ところで、何が欲しいんだい?」
「ああ、手荒れに効く塗り薬がほしいんだ。ちょいと人に頼まれてね」
「お、これは人気だよ。なんだい、恋人にやるのかい?」
「残念、母ちゃんにだ」
「はっはっは。親孝行な兄ちゃんだ。はいどうぞ」
「だろう?おっかぁが喜ぶぜ、ありがとな」
若い男が足早に店を去っていく。
悪魔は、やれやれ面倒なことになったぞと思いながらため息を吐いた。




