四話
04
「ほいっと。これで五十体」
ナイフ以外の武器も使いながら練習を続ける。
ゴブリンアーチャーやゴブリンソルジャーも出てきた。ただ昔のようにゴブリンを目の前にしても足が震えない。
恐怖が湧いてこない。
「状態異常耐性?」
パニック、恐怖などは広く見れば状態異常とされるのではないか。
七十階層に帰ってきてそのまま狩ろうなんて俺にしては大胆な発想だった。
しかも武器、スキルなどは効果は知ってても実践は初。普段ならもう少し浅い階層で試そうとしただろう。
ゴブリン亜種の魔石は普通のゴブリンよりも高い。
亜種が幾らか群れに混じってきたのでいい感じに稼げている。
心臓辺りにある魔石を回収してスクールバックに入れておく。他の素材は大した価値にはならないので放置する。
死体や血はダンジョンが吸収する。個体によって消えるまでの時間は変わる。
ゴブリンなら二時間もすれば消えるだろう。
マッピングも順調。スマホでバニラシェイクを出して飲みながら歩く。
甘くバニラのいい匂いが鼻から抜ける。
動いて暑くなった体に入るシェイクの冷たさが心地いい。
「普段なら喉乾いても水無いから飲めなかったし。本当に感謝だね」
頑張って自分の唾液を飲み込んで我慢しながら狩りをしていた。
それが今は美味しい飲み物を飲みながらダンジョンマッピングをしている。
その事にただ感謝しながら歩いていると遠くで音がした。
「んー…………戦闘音?」
剣のぶつかる音、声、金属音。何処ぞのパーティーが攻略してるのか。
ならこっちの道はやめておこうと踵を返す。
ダンジョン内で戦闘音が聞こえたら近寄らないのが鉄則だ。理由は魔法スキルなどでの範囲攻撃を行った場合巻き込まれる可能性がある。
それと人が居るのが分かり、パーティーが動揺するかもしれないからだ。
その時。
「助けて!」
間違いなく聞こえた。振り返り走る。
普段なら近寄らないがその戦闘中のパーティーが救助を求めている場合はその限りではない。
曲がり角を曲がって声の方へ走ると数十のゴブリンに囲まれているパーティーがいた。かなり劣勢だ。
後衛も壁に追い詰められてまともに援護出来てない。前衛も息も絶え絶えと言った様子。
「絶影」
こういう時は群れの背後から奇襲。
「武芸百般……絶死」
武器ホルダーからナイフと剣を出す。スマホをアイテムボックスに入れて突撃する。
武芸百般の効果は持った武器を十全に扱えること。それは片手で持っていても効果を発揮する。
十体のゴブリンの首を跳ねた所で周りのゴブリンが異変に気が付き始める。
「陽炎」
幻影を作る。俺がゴブリンの群れの上を飛んでいるような幻。
ゴブリンは着地地点に群がるもの、飛んでる幻影を撃ち落とそうとしているもの。
かなりの数のゴブリンの注目を集めれた。
その隙にひたすらゴブリンの数を減らしていく。
後ろに回り込まれた時にはしっぽを使って足に巻き付けて転ばせる。
結構使えるな。可能ならしっぽにも武器を持たせれるかもしれない。
あらかたのゴブリンを討伐してからパーティーとゴブリンの間に入る。
「動ける人は?」
「はぁ……はぁ……俺がまだ動ける!」
「私も!」
「救助ありがとうございます!」
六人程のパーティーで三人が動けそうになかった。
ゴブリンは一匹逃がすと仲間を呼ぶ。
動ける人数を把握して飛び出す。
手前のゴブリンは任せる。奥に逃げようとしているゴブリンの首を落とす。
自分の仕事を終わらせてパーティーの方を向くと戦闘は終わっていた。
「すご」
助けたメンバーは肩で息をしてる。相当限界が近いのだろう。ナイフと剣を武器ホルダーに戻す。
パーティーの方へ歩いていく。
「大丈夫?」
「えっ?学生?」
「めっちゃ可愛い……」
パーティーは男三人、女三人。
なんとなく良くない視線が胸に集まっている感じがする。世の女子は大変だなと感心する。
「こら!まずはお礼でしょう!」
「すまん。助かったよ。ありがとう。俺はこのパーティーのリーダーの浅田だ」
「どういたしまして。怪我は?」
「確認する」
それから動ける人が動けない人を見て回る。幸いみんな軽傷で済んでいるようだ。
ただパーティーの武器や防具はだいぶボロボロになっていた。囲まれて本当にギリギリだったのだろう事が伺える。
俺は少し考えてからスマホからペットボトルの水を出してパーティーに配った。
「ほら飲んで」
「ありがとう!めっちゃ冷えてる!」
「本当にありがとね。助かったわ」
収納鞄は時間経過する。なので冷たいものを入れてても潜っていれば温くなってる。
特に戦闘した後は冷たいものを飲みたくなる。とてつもなく暑いのだ。
汗も沢山かくし、体を動かしまくるので熱いし。
なので冷たい水は喜ばれた。水の画像は氷水の入った桶にペットボトルが入ってる広告の画像を使った。
画像の冷たさなんかが反映されてるのか。
ピザも出来たてのような画像を使ったら熱かったし。結構便利かも。
「ぷはぁ……本当に助かる。あのままだったら全滅だったよ」
「助けてって声聞こえてなかったら逃げてた」
「そりゃ林田に感謝だな」
「い、いえ……無我夢中で……」
魔法使いのような格好をしている女性が俯いてそう言った。多分嬉しく無いんだと思う。パーティーが危ない時に自分は魔法スキルを使えない。
使えば味方を巻き込むかもしれない。
だから指をくわえて見てるしかなかった。
分かる。役に立たないと本当に悔しいし、無力感が出てくる。
俺はその人の傍に行ってしゃがんで頭を撫でた。
「え?」
「あなたの一言が私をここに呼び寄せた。パーティーを助けたのはあなた。だから落ち込まないで。ね?」
そう言って微笑むとその人に抱きつかれた。
そしてそのままわんわんと大泣きをされた。
邪な考えがある訳でもないけど一応元男なんだよね。今言うのは野暮か。
抱きついて来た女性の頭をそっと撫で続けた。
「悪いな。林田が迷惑かけて」
「問題ない。寧ろパニックになったり、落ち込んでヤケになられる方が怖いから」
「そうだな」
浅田はそう声をかけてからゴブリンの魔石の回収を始めた。他の動けそうな前衛の人や後衛の人も同じく魔石を回収し始めた。
俺は泣いてる林田に声をかけて手を引いてゴブリンの魔石の回収を始めた。
「ゴブリンって肋骨あるから……魔石取り出しにくい」
林田がそう言う。これまではスライムなど比較的魔石が回収しやすい階層が多い。
しかしゴブリンは人と似たような構造をしているため、心臓付近の魔石を回収する時は肋骨が邪魔になる。
「それは鳩尾辺りに横にナイフを入れるでしょ」
「は、はい」
「それから腕を突っ込んで…………ほら取れた」
血だらけの魔石を取り出すと林田は少し顔を歪めていた。もしかしてグロ耐性ない?
「ちょ……ちょっと自分には出来そうにないです……」
「なら……こうかな」
次のゴブリンで実演する。脇腹付近を思い切り踏みつける。そしてそこをナイフで切る。肋骨は砕けたり、折れて比較的簡単に魔石を回収出来る。
しかし骨で手を切ったりなどのリスクがある。
「骨は鋭いやつは先に取っておく。心臓を直接踏んだら魔石も粉々になるから気をつけて」
「こ、これなら」
「骨折り用のハンマーが確か売ってたと思うから。パーティーで一個あれば魔石回収楽になるよ」
「そうですね。ありがとうございます」
これは昔のやり方。魔物を倒すと一番高い素材だけ持ってさっさと逃げる。
ゴブリンの素材回収はそういった人々が開発した肋骨折りの技術だ。
胸骨を折ってもいいが魔石が砕ける可能性が高いのであまりおすすめは出来ない。
俺の話を聞いていた他のメンバーも真似して肋骨を折ったり、鳩尾に切れ込みを入れて手を入れたりしていた。
そうして回収した魔石はかなりの数になった。
「ほんとに早い。なんで冒険者学校じゃ教えてくれないんだ」
「多分だけど昔のやり方だから。昔の技術とか知識なんかは黒歴史として広めたく無いんだと思う」
「あなたはどうしてその方法を?」
「…………内緒」
「冒険者に深入りは厳禁でしたね。すみません」
「いいえ」
浅田とそう会話をしているが、実の所彼はかなり難しい表情をしていた。浅田がやっている方法は肋骨の皮膚を切って剥ぐ。そして大きなペンチのようなもので骨を切って魔石を回収している。
丁寧で手の怪我もしないが遅いのが難点だ。
パーティーの装備や武器の新調をしないと次の攻略は当分長引くだろう。
地面に置いている魔石の山を見る。
これだけあれば何とかパーティーとして復活は出来るだろう。
後衛の装備はそんなに壊れた様子はない。
前衛の必要な装備を買えばまたこの辺りで活動出来るはず。
俺は浅田の腰の収納鞄を取って魔石を放り込んでいく。
「え?!ちょっとなにを!」
「私は要らないから。全部あげる」
浅田が止めに入ろうとするのを制する。そして最後の一個を入れて鞄の蓋を閉める。
そのまま浅田の胸に鞄を押し付ける。力なくそれを受け取る浅田。
「山分けを」
「要らないって。私はここに来るまでに狩ってるから。それにパーティーには必要でしょ」
浅田や他の人の装備を見ながらそう告げると少し悔しそうな顔をしながら泣き始めた。
「すみません。助かります……」
「いいのいいの。気にしないで。その代わり余裕があれば他の誰かに手を貸してあげて」
「……はいっ!パーティー紅月のリーダーとして必ず約束します」
その後転送ゲート付近まで一緒に行ってから別れた。何度もお礼を言われた。
俺はもう少し狩っておかないと収入がやばいんだよね。
そうして七十一階層を目指して再び歩き始めるのであった。
「よしっ百体達成」
紅月のおかげもあってかゴブリンは数を減らしていた。何処で生まれて徘徊してるのかは不明だけど、魔物は倒すと一定時間は生まれてこない。
さっきは相当な数が集まっていたので七十階層はスムーズに攻略出来た。
百体の魔石。長年の冒険者としての活動で、買取価格を差し引かれても、百円を下回ることは無いはずだ。
一万あればネカフェにも行けるし、ビジホにも泊まれる。この調子なら七十階層をメインに活動してお金を稼いでもいいかもしれない。
もしくは絶死が効かない相手が出るまでは進むのもありか。
百層を超えると買取価格も上がる。そこまでは目指すべきか。
いや高望みはダメだ。まずは一層一層クリアして確認だ。
それでも夢を持つくらいはいいだろ。
軽い足取りで転送ゲートへ向かうのであった。
「十万……」
買取の振込金額を見て驚いた。桁が一つ多かった。
ゴブリン一体の魔石は千円だった。
「最近は五十層よりも浅い階層の魔石が飽和してまして。それよりも深い階層の魔石はどんどん高値が付いていってるんです」
男性職員はとても笑顔でにこやかに、爽やかそうな顔をしてそう教えてくれた。
にこやかな視線の先は俺の胸へ注がれている。
男の頃は嫌そうな顔をしながら対応してたくせに。
水晶にカードを当ててから魔封じの腕輪をもらい装着する。
何か話そうとしている職員を置いて受付を後にした。多分ナンパだろう。
外に出ると既に夕方。
あの部屋で長居しすぎたな。太陽も後三十分もすれば沈むだろう。
ダンジョンの周りにはたくさんの出店がある。屋台が立ち並び、疲れて腹の減った冒険者を呼び込んでいる。
この屋台はダンジョンを囲う壁付近まで伸びている。出入口辺りは競争が厳しいらしく店がコロコロ変わっている。
「昨日までは見向きもしなかったのに……。いや出来なかったのに」
今はどれでも買える。選べる自由がある。
しかし今は冒険者の数が多くごった返しの状態。
早めに抜けて宿でも取るかと歩き出す。
笑顔で食べ物を選んでる人。今日は危なかったなぁなどと話しながらパーティーで帰ってる人。
美味しい肉があるよーと呼び込みをしているおっちゃん。サービスするよと声をかけているおばちゃん。
昨日までの疎外感はなかった。やっと世界に足を着いて歩けている。
その事実にただ嬉しさを感じて道を歩く。
匂いを嗅いで少し欲に負けそうになるのも、何か食べようか悩むのも。全部人として歩けているから出来ていること。
やっと俺はその権利を持ったような気がした。
ゆっくりとそれを感じながら歩き、ダンジョンの外へ出た。
毎日のように通っていた道なのに初めて見たような景色に感動する。
活気のある街。店が立ち並び、マンションは次々と建てられている。
昔に減った人口は上昇しており、景気もかなり回復している。
知ってはいたが実感はなかった。
そんな余裕は無かった。けれどこうして活気のある街の風景を見て実感した。
昔に集められた冒険者は殆どが死んだり、犯罪者になって捕まった。
あの時理不尽に思えたような事が今に繋がっていると考えると少しだけ目が潤んだ。
理不尽な世界なのに変わりはないけど。自分がそうであったように。手を差し伸べられるようなそんな人で居たい。
俺のような目には合わないで欲しい。
そう思いながら街へ歩き出したのであった。




