第八百十一話
「末松神祇の祐! もう耐えられません! うわああああああああああ!」
僧侶が目から血を流し倒れた。
拙者も目と口、そして鼻から黒い血を流しながら祝詞を口から絞り出していた。
「皆の衆! 耐えろ! 耐えるのだ!」
クロノス教の神官も血を流しながら必死に聖歌を歌う。
大丈夫だ。
終わりは近い。
清めが終わればタチアナ様が来てくれるはずだ。
クロノス王陛下、レオ様は一目見て重体だとわかる有様だった。
目、鼻、口から黒い血があふれる。
生きているのが不思議でならないほどの状態だ。
それをケビン様たち医師が必死にこの世に留めている。
そこが『なにか』によって襲撃された。
すでに医師たちも次々と倒れている。
頼りはケビン様だ。
神様……世界様が仰るには、禍つ神の呪いらしい。
「交代する! 聖歌隊第二陣! 歌え!」
「大司教! 我々は神との交戦などしたことがありません!」
聖歌隊が叫んだ。
その顔は恐怖で歪んでいた。
「誰も神と戦ったことのあるものなどおらぬ! 踏ん張れ!」
そう口にした瞬間、大司教の体が宙を飛び壁に叩きつけられた。
「大司教!」
医療スタッフが運び出す。
禍つ神の力は恐ろしく強大なものだった。
少し気を抜いただけであの有様だ。
禍つ神に抵抗できるもの。
笑ってしまうかもしれないが、それは意志の強さだった。
気合。
そう気合で耐えるしかない。
拙者も力を絞り出す。
その拙者の脳裏に走馬灯のように過去の思い出が駆け巡る。
小さい頃から喧嘩以外はなんでもできた。
勉強もスポーツもなにもかもだ。
だから、いつも力をセーブして生きてきた。
ほどほどだと思わせることにしてた。
嫉妬を買うのを避ける狙いだった。
エディ様が統治する前の故郷はそういうところだった。
嫉妬を買っては生きていけない。
公爵会が統治する惑星とはそういう場所だ。
そこで喧嘩を怖がる小賢しいガキなど不良どものカモでしかない。
不良だけじゃない。
出る杭にはとことん容赦がない。
殺されたとしても生意気なやつだったで終わらされる。
それがかつての故郷の姿だった。
拙者は暴力が怖い。
怒鳴る不良が怖い。
海賊たちが怖い。
なにより自分が人を傷つけることが怖い。
拙者が戦闘で後方でミサイルを撃つだけなのも恐怖からだ。
どうしてもそこは……そこだけは克服できなかった。
だからおどけて周りを頼ることで自分の地位を確保してきた。
拙者は皆の脅威ではない。
ただの調整役だと自分にすら言い聞かせてきた。
人の嫌がる仕事を進んでやり、戦闘以外のすべてを請け負った。
そして無能の烙印を押されながらも騎士団長に登りつめた。
人柄で許されるように心がけた。
決して有能と思われぬようにおどけ続けた。
自分を騙し続けるという永遠に続く苦痛。
それが拙者に課された運命だと思っていた。
一族は代々騎士団長の家系。
逃げることは許されなかった。
苦痛は永遠に続くかと思われた。
だがその苦痛の日々は突然終わった。
公爵家が取り潰しになったのだ。
そして現われたのが殿、そしてレオ陛下だ。
敬愛する殿、そしてクロノス王レオ陛下は惑星の連中とは違った。
拙者の力を生まれて初めて認めてくださった。
全力を出してもいいと命じてくださった。
道化を演じるのはもう習慣になっていたが、それでもダメなヤツだと笑うものはもういなかった。
人生で初めて訪れた平穏な日々。
それを脅かすものは許さない。たとえそれが神であろうが。
拙者も神とどう戦えばいいかなんてわからない。
だが必死に神に祈る。
拙禍つ神になど屈してやるものか!
必死に耐えていると床に飛び散った仲間たちの黒い血だまりから、人が這い出てきた。
手足のついた黒い姿。
ただ髪や皮膚はなく眼窠は空洞だった。
血から体を作ったのか。
その黒いものから声がした。
地から響くような低い声。
その声を聞いて聖歌隊が歌をやめた。
次の瞬間、身体中から血を流し倒れていく。
だが拙者は不思議と怖くなかった。
「小さき存在よ。どうして恐れない?」
黒い存在は拙者をのぞき込む。
だから応えてやる。
ターゲットが拙者に向くのならそれでいい。
たとえ一瞬だったとしても時間を稼げるはずだ。
「拙者が恐れるのは皇帝陛下、クロノス王陛下、そして殿の死のみ」
「なぜ屈しない?」
「御身は屈っしたものを許すのか?」
この神はそんな気高い存在ではないだろう。
レオ陛下は平気な顔でそれをなさるが……許すことができるのは真の強者の証だ。
だがこの神は……それと知らずに服従していたパーシオンやオーゼンやマゼラン、事実上服従していた太極国、クロノスまでも滅ぼそうとした。
いや……屍食鬼を見捨て、プローンを滅亡寸前まで追い込んだ。
ただ暴力で支配しているだけの存在。
暴力による脅ししかカードを持たない存在。
レオ陛下とは真逆の存在。
「く、くくくく……」
自然と口から笑いが漏れた。
「なぜ笑う?」
「思えば……レオ陛下の方が御身よりも恐ろしい。レオ陛下はあのプローンすら許したのだ! 御身はレオ陛下に劣る存在である!」
「不敬なり!」
次の瞬間、目から血があふれてきた。
気合だ。
気合で押さえ込め。
精神で負けてはならぬ。
血を流しながら拙者は耐える。
そして叫んだ。
「なぜ拙者が恐れねばならない! 人をなめるな!」
「よく言った末松!」
皇帝陛下の高い声がした。
部屋に入ってきたのはレオニダス殿、それにピゲット殿に守られた皇帝陛下、そして……。
「ようやく準備が整ったぜ。末松のオッサン!」
聖女タチアナがそこにいた。
「不敬なり!」
今度はタチアナ殿にターゲットが移った。
圧がタチアナに向かう。
「ふんッ!」
それをレオニダス殿とピゲット殿が盾で受け止める。
「レオニダス! 攻撃できるか!」
「余裕ありません!」
「わかった! 俺がやる!」
ピゲット殿が盾で圧を防ぎながら前に進んでいく。
一歩一歩と進み……そして盾で神を殴りつける。
そしてタチアナ殿の聖歌が響く。
バシャッと神が血に戻る。
「不敬なり不敬なり不敬なり!」
別の血だまりから神が這いでてきた。
「カトリ! 頼んだぞ!」
「ああ! まかせろ!」
剣聖カトリが部屋に入ってきた。
その手には日本刀が握られていた。
剣聖カトリは神を一刀両断する。
「どうだ神ちゃんよぉ? 少しは効くんじゃねえかぁ? この刀はな、現在の刀工が作れる最高の品だ」
「不敬!」
「喝!」
剣聖は気合で神の圧を散らした。
……カトリ殿は本当に人間なのだろうか?
だが刀は無事ではなかった。
次の瞬間、刀が錆びて崩れ落ちる。
「あ、やべ……」
「不敬!」
剣聖カトリの体が宙に浮き、壁に叩きつけられた。
「痛えだろこの馬鹿野郎!」
本当に剣聖カトリは人類なのだろうか?
「婿殿! 起きるのじゃ! ほれ! お前の妻を守ってみせよ!」
皇帝陛下がレオ陛下の顔を叩く。
次の瞬間、どくんとレオ陛下の体が跳ねた。




