第八百九話
親父の話が始まった。
「そうだな……どこから説明すればいいか……」
「あの人が我が家にやって来た経緯から話せばいいのでは」
おかんキレ気味である。
面白い話ではないだろう。
「そうだな。ミストラル公爵に無視されるようになってからな……公爵会のとある貴族。お前が家ごと滅ぼした貴族に借金を申し込んだんだ」
「オイコラ、いきなり切実な話が出てきたな」
親父はその……領地経営には向いてなかったのだろう。
適度に無能なんだよな。
能力はないけど人柄は悪くないから組織にいられるタイプ。
「まあ聞け。そしたらな、とある女を側室にしたら金を貸してくれるって言われてな……その女はとある公爵のお手つきで妊娠してたんだ」
「待って、俺、親父の子じゃないの!?」
俺が公爵会の末裔とか勘弁してくれ!
「いや、お前はワシとその女との子だ。そのな……悲しいことに女の子どもは流産してな。それで慰めてるうちにそういう仲になってな」
最低な話だった。
いや婚姻外交繰り返してる俺も人のこと言えないんだけど。
それにしても先ほどから名前を出さずに『女』と言ってる。
なんかモヤモヤする。
「なんで『女』なの?」
「それが女との約束だからだ」
つまり俺の母親として名乗り出ることはないと。
まあいいや。
事情があるんだろ。
「男と逃げたって聞いてるけど」
「……うーん……その母さん、交代してもらっていいか?」
「自分の口で言いなさい!」
怒られてやんの。
「そのな……わしは勘違いしてたんだ。若い女性にチヤホヤされて……その……浮かれてたんだ」
「なにそれ……怖い話?」
おかんを見る。
あ、これ機嫌が悪いときの顔だ。
「わしはな……女性にモテたことがなくてな……わからなかったんだ。女が保身からワシとの関係を求めてたことに」
俺は絶句した。
いやおっさん、お前痩せればそれなりの顔だろが。
おかんを見ると「お前の考えてること言ったらコロス」って顔してた。
お口チャック。
「女はな。公爵の子どもさえ産めば侯爵家を乗っ取れると思ってたんだ。母さんもお前の兄さんたちもいるのにな」
うわー、俺の実母……クズすぎる……。
「だけど子どもは生まれる前に亡くなってしまった。そしたら今度は自分が追い出されると思ったようだ。それでワシとの子どもを産んだというわけだ。だけどそういった打算だけで人間は生きてるわけじゃない。ストレスがたまったんだろうな。いなくなる直前、ワシのこともヒキガエルなんて呼んでた」
俺は口を開けたまま絶句。
やめて。遺伝子への信頼が薄らいでるわ。
まだ運命の子の方がマシだったまである。
「それで、まあ、女は別の男を見つけてな。離婚することになったわけだ」
「お、おう。聞いてた話より数段ハードコアなんだが」
俺の母親、純粋な悪まであるぞ。
「そりゃそうでしょう! こんな家の恥になるような恥ずかしい話。まだ子どもだったお前に言えるはずがありません!」
おかんがまともすぎる件。
もういいや。おかんが俺の実の母親で。
「で、その別の男は?」
「お前が家ごと潰した」
あ、はい。
知らずに踏み潰してたのね。
「俺の母親は?」
「名乗り出ることはない。皇帝陛下がそれを許すはずがない」
つまり……嫁ちゃんはなにもかも知ってたわけね。
俺に言わなかったのだから、おそらく会わない方がいいのだろう。
推測するに自分の助命と家の復興を嫁ちゃんに訴えたんだろうな。半分脅迫みたいな感じで。
それで嫁ちゃんを激怒させたと。
家は取り潰され、いるかいないかわからないけど俺の兄弟姉妹は平民落ちである。
いいや信用できるブラザーはサム兄とレオニダスくん、それにトマス義兄さんにサイラス義兄さんがいるし。
弟だったらマルマくんがいるしね。
いまさら会ってもなにも思わないだろう。
結局、恥をかかされた我が家の復讐的なものはなにも知らない俺がすでにやってたと。
おそらく実母は嫁ちゃんと俺にビビリ散らかしてる状態。
もし俺が公爵会の血を引いてたら、実母は嫁ちゃんによって秘密裏に始末されてたってわけ。
俺に親殺しの汚名を着せないためだろう。
だから俺は親父の子どもなのは確定。
逃げた男との子どもでもないだろう。
おそらく実母と関係者は軟禁されてるんだろうな。
一生どこかの開拓惑星に閉じ込められる生活だろう。
俺の血の繋がらない兄弟だか姉妹だかが死ぬまで閉じ込められる。
かわいそうである。他人に同情するレベルで。
苦しめる気もないが会う気も救う気もない。
救うにしてもリスクが高すぎる。
俺だって嫁ちゃんと子どもたちに家臣に領民を守らねばならないのだ。
実母たちはその邪魔にしかならん。
だいたい理解した。
「なるほどねえ、うん、まあ、男として同情するわ」
『恋愛したい』ね……。
満たされなきゃそうも思うか。
「お前には俺の気持ちはわからん!」
親父がなぜかブチ切れ。
「俺だって苦労してるんだよ!」
「うるさい! お前の苦労はわかってるがここは譲れん!」
人生のトラウマなんだろうな。
満たされなかった劣等感とそれを満たす女。そして裏切り。
でも第三者から見れば当然の結果でしかない。
聞いてる方が死にたくなる話だ。
金で売られた女がなびくわけねえだろ!
元の男より下だってバカにされてたんだって……。
あ、でも、それを口にするのは反則か。
黙っとこ。
「だいたい理解した。俺はメリッサのフォローするわ」
「こちらはまかせなさい。ねえ、あなた……」
「れ、レオ……た、たすけ……」
知らん。
それは夫婦の問題だ。
自分たちで解決しろ。
それにしても話としては予想外に生々しい話だった。
でも二人とも間違ってる。
俺の実母はこんなクソ領地乗っ取ろうと思ってなかったと思うぞ。
親父もおかんもなあ……たぶんさ、公爵会の野郎は『親子ともども殺せ』って頼んだんだと思うぞ。
それがわかってたから俺の母親は腹の子ども殺して命乞いしたんだよ。
我が身かわいさにね。
それもわからず子どもまでこさえて。
当のクソ貴族はカミシロ家が脅迫しに来るって思ったのかもね。
だけど女が秘密は喋らないし、たまたま身内に押しつけ先が見つかった。
だから使えないカミシロ家から女を回収したってわけ。
俺のことはカミシロ家に押しつけてね。
半分嫌がらせだろう。
俺の実母の頭の中は最初から最後まで打算と保身しかねえ。
なーにがモテたことがないじゃ!
クソ女はそんな上等な生き物じゃねえっての。
様子がおかしかったのもストレスで壊れただけだろう。
そういう計算高いやつの方が精神的に弱いんだよ。
でも基本的に善良かつまともな二人だから、悪意に気づかなかった。
おそらくこれが真相。
その親父とおかんにはその発想すらなかったのだろう。
つくづく宮廷向きじゃねえわ。
……いや……おかんがわからないはずがない。
あれは元宮廷女官だ。
相手の思惑を知っててバカのフリして回避したのだ。
怖ッ!
ママン怖ッ!
……血が繋がってないのに俺と思考がそっくりだ。
待てよ。俺に教育ロボットでアホみたいに勉強させて士官学校入れたのって……。
そりゃ貴族家に課されてる兵役の義務もあるけど。
……もしかして俺を公爵会から守るためか?
公爵会のアホ貴族の気が変わって、俺を殺しに来るかもしれなかったのか!
軍閥に入れてしまえば公爵会の手は及ばない。
特に宇宙海兵隊は仲間を見捨てない組織だ。仲間を殺す無能じゃなきゃね。
少なくとも俺は殺すには高リスクの存在だ。
なるほど……二十代前半にして親の愛を知る。
一番の被害者は産まれてこなかった兄貴、もしくは姉ちゃんか。
とんでもないスキャンダルだ。
クロノス国民に知られたら激怒するだろう。
俺だって王位放り出したくなるわ! こんなの!
嫁ちゃんはそこまで理解して俺に伝えなかったのだろう。
さて地獄みたいな話は置いて、メリッサを慰めよう。
なるべく涼しい顔でね。
メリッサのところに行くとルーちゃんママがいた。
いやなにかあったらライブ撮影してって言ってあった。
だからルーちゃんママが悪いわけじゃないんだけど……なにもかもタイミングが悪かった。
ホント必死に謝ってた。
「申し訳ありません。すでに辞表を提出しました!」
「もういいって、別に怒ってないから。辞表も断っておくね!」
メリッサもそう言うしかない。
事故だもの。
そこでこのレオ・カミシロ・クロノス。
なんか神の啓示なのかお告げなのか。
突然、論理的にありえない選択肢をとった。
「あのさー、二人に聞いて欲しいんだけど」
あはは! 言っちゃった!
地獄「やあ久しぶり! 元気だった?」




