第七百九十話
俺が空腹で夜も寝られない頃。
イソノん家は危機に陥っていた。
珊瑚ちゃん命名騒動である。
どうやらハナコさんの家は熱帯の海があって珊瑚礁が広がってるらしい。
……つまり「珊瑚ってイソギンチャクの仲間じゃねえか!」となったわけである。
知識があるゆえの悲劇である。
ハナザワさんの実家の地方軍は鍛え上げられた海の男たちが中心である。
それゆえ序列下位の親戚を中心として、
「うちの姫様をイソギンチャク扱いとは何事ぞ!」
とキレた。
デモ隊がハナザワ家に押しかけ、地元警察が出動した。
この時点で死ぬほど関わりたくない。
「バッカじゃねえ!」のを通り越して「こいつら口内炎にならないかな?」レベルである。
イソノ家はイソノ家で、
「先祖伝来の海由来の名前がそんなに嫌か!」
と、これまた序列下位の親戚がブチキレ。
重機を持ち出してデモ開始。
なお、ハナザワさんは直で「珊瑚」でなければいいとのことである。
とにかくイソギンチャクはやめろと。
あと珊瑚は群体を作る動物だ。
つまり屍食鬼みたいな生態だから本当にやめろって。
それはそうね。
珊瑚ちゃん……かわいいと思うのに。
もめにもめまくって、夫婦仲はいいのにアホな親戚どもが暴れて手遅れ気味になったところで、嫁ちゃんが介入した。
「朱華にせよ」
宝石珊瑚の色だって。
鴇か東雲でもよかったけどこっちにしたそうである。
「嫁ちゃん……よくこんな名前知ってたね」
「万葉集じゃ」
「小学校時代に頭を素通りした記憶が……」
暗記させるやつ。
まったく思い出せない。
ミリ思い出せない。
平家物語の冒頭はいまだに暗唱できるのに。
そういや源氏物語もストーリー思い出せないや。
たしか仲間とともに女護ヶ島へ船出するんだっけ?
「婿殿……孫子やランチェスターやコーベットは読んでるのに万葉集がわからぬか……」
「だって士官学校だと教養分野ほとんどやらないんだもん!」
仕事の本とライトノベル読むので精一杯です。
あと趣味の園芸本。
特に土壌の微生物の本って読んでると時間を忘れるよね。
……教養ってどの分野のどの本読んでも別の専門家にバカにされるよね。
いいもん! ぼくバカだもん!
ということで万葉集由来の朱華ちゃん。
これ断ったら「皇帝陛下に逆らうんかワレェッ!」って話になる。
最悪、永遠ちゃんかアークちゃんのお嫁さん候補の話も流れる。
今まで騒いでたアホどもは沈黙。
アマダのところの美桜ちゃんに続き、完全勝利である。
よかったよかった。
さて、そんな平和な日々をすごす俺。
ミイラ男状態もなくなり、アフロのかつらもロッカーにしまった。
「次やらかしたら虹色アフロな」
名前でやらかしたイソノが偉そうに言いやがった。
ムカついたので袈裟斬りチョップ。
「なんだこの野郎!」
逆水平チョップ。
「うるせえこの野郎!」
こっちも逆水平チョップ。
チョップ合戦が繰り広げられる。
「ハナコさん怖かったぞこの野郎!」
かなり本気のモンゴリアンチョップ。
あ、てめ!
俺は壁にダッシュ三角飛びからのクロスチョップ。
「ハラヘッタぞこの野郎!」
そのままフォールしたのに。
近衛隊に引き離される。
俺とイソノは廊下に正座させられて嫁ちゃんにお説教された。
「だって~、だって~……おなかすいたんだもん」
「『太陽が眩しかったから』か! このボケ!」
拳骨グリグリされた。
カミュの『異邦人』で怒られる俺。
そっちは士官学校で読んだから内容憶えてる。
そんなので怒られるの不条理すぎる。
だって~、だって~、本気でメシ足りないんだもん!
「今度は関節技にしような」
「イソノ……お前天才か!?」
「そういう意味じゃない! このバカども! 小学生か!」
サブミッションもダメか……。
音のしないヘッドロックとか、本気のコブラツイストとか楽しいのに。
「嫁ちゃん……聞いて。男の子は何歳になっても小学生からミリ進歩しないものよ……」
「永遠だけは父を見習わないように教育せねばな……」
レンの子どもたちを見ると俺の遺伝子強すぎて無理だと思うの。
変顔得意だし。
永遠ちゃんも立派な宇宙怪獣に成長すると思うのよ。
いや……待てよ。
俺の嫁や仲間たちはボケばかり。
今……世界に枯渇してるのはツッコミではなかろうか?
そう、世界はツッコミを求めてるのでは!?
「その顔! 反省してないのう!」
ウリウリされた。
「反省してるヨ。父親になったシ」
「口調が嘘ではないか!」
さらにウリウリ。
すると腹が鳴った。
「オレ……ハラヘッタ……」
「お菓子は一日一個な」
幼児みたいなことを言われる。
「ワカッタ。ヤキソバツクル」
立ち上がったら足が痺れてコケた。
そのままフラフラと食堂へ向かう。
ハラヘッタ……。
意識朦朧としながら食堂で焼きそばを作りまくる。
俺が使わないから消費期限が近い。
ヤバそうなの全部焼いちゃえ。
どうせ誰か食うだろ。
「れ、レオ、どうしたの!?」
青白どころか白くなった顔のオレにケビンが声をかけてきた。
「ハラヘッタ」
「む、婿殿!」
嫁ちゃんたちが登場。
どうやら俺の様子がおかしいので様子を見に来たようだ。
「ハラヘッタ……ヤキソバツクル……」
「ぼ、ボクが作るから! 大人しくしてて!」
ケビンが作ってくれるようだ。
食堂の椅子に座らされる。
「ヤキソバ用ソース、ソコ……」
「わかったから!」
そして焼きそばが完成した直後、俺は真っ白になってダウンしたのであった。
餓死しかけたという噂であるが……ただ単に疲労がたまって落ちただけである。
こうして怪獣カワゴンハラヘリ餓死寸前事件は幕を閉じた。
その後、食堂での料理禁止令は解除。
その代わりに廊下でのプロレスごっこが禁止された。
小学校かな?
俺は毎日料理を作る日々である。
俺が使うのを見越して大量購入した消費期限の近い食材が山ほどあるのだ。
作らねば……。そして食べねば。
俺は反動で少し太ったという。
そして……それを見てほほ笑む悪党がいた。
カトリ先生&サリアパパである。
こっち見んな。
……太った分はすぐに解消されたという。
いいもん! 好きなもの作るもん!




