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別れの時


 メトラが皆の顔を見ながらふわりと宙に浮く。白金色の髪には幾つもの光の粒が輝き、雫となって流れていた。


『皆の衆よ、ワシからの『贈り物』は気に入ってもらえたかえ?』


「よくわかんないけど、あたし達を待っててくれてる人に早く会いたくなったよ!」


「あっ、アタシもー!楽しいコトだらけだったよって、ナルミさんに報告しないとね!」


「ナルミさんとマティルさんには、シルスちゃんは故郷に帰りました、って言っておくね?」


 ルーフェルメがするるっとシルスの細い指を恋人繋ぎで絡め取り、前髪が触れあうほどに顔を近づける。ふわりといい匂いがしてシルスはどぎまぎと慌てふためいた。

 

「はわっ!?あっハイっ!よろしくお伝えくだしゃいっ!」

 

「うふふぅ♡シルスちゃんっ、やっぱりカワイイっ♡」


 シルスの細い腕と指を絡め取りべったりとくっつくルーフェルメは満面の笑顔だが、シルスはそうでもない。

 どちらかと言えば戸惑いまごついていた。


「デロンデロンさんとズラさんもメトラの『贈り物』って受け取ったのか?」


「ああ、言葉では言い表せない、とても大切なものを頂いたよ」


 アルシーアの問いにそう答えるディロンの顔は晴れやかだったが、ラズラットはそうでもない。

 どちらかと言えば疲弊していた。


「まあ、そうだね……言葉では言い表せない大変なモノを見せられ……イヤ、見せて頂いたよ」


 ラズラットの師匠は身体《いれもの》を代えつつ魂で生き延びる術を使う闇の魔導師であり、その年齢は軽く200歳を超えている。


 ――師匠に会いに行け、という事なのだろうか。気が重いが、行ってみるか……



「シルス。メトラ殿。君達に会えた事はルーフェルメの言う通り、生涯、心に残る宝物になると思う。ここで別れるのは残念だが……君達の旅の無事を心から祈らせてもらうよ」


「はいっ。ありがとうございます、ディロンさん!」


 ディロンの低くよく通る声音に、シルスは元気よく応えて明るい笑顔を向けた。

 


「贈り物かー。あ!街で撮った四人の写真、焼き増しすればよかったなー。ナルミさんとこに置いてきちゃったよ」


 シルスと出会ったその日に皆で撮った集合写真。狭いフレームの中にぎゅうぎゅう詰めで収まった写真の事を思い出すが、今それは手元には無い。


 アルシーアはふと思い付いた。


「あれが『形ある宝物』なら、あたしは名前を残そうかなっ!名前って、一生モンだからなっ」


「ん?名前って?どういうコト?」


 おかしな事を言い出すアルシーアにルーフェリカが不思議そうな顔をする。


「動写真《ムービングフォト》の裏に名前書いたろ?ファルナルーク、ってさ」


「そう言えばそんなコトしてたねー。それで?」


「将来あたしに子供が出来たらファルナルークって名前にしよう!孫でもいいや!そんでもってファルナルークの子供にはシルスって名付ける!孫でもよし!それがシルスからあたしへの贈り物!ユウジョウの証しってヤツだ!」


「えっ!?それ、今決めちゃうんですかっ!?男の子だったらどうするんですかっ!?」

 

「いーじゃん、男でも。将来悩まなくて済むだろ?」


 シルスは激しく動揺する。

 実は自分の名付け親がアルシーアだと知ってしまったのだから。


 ――えっ?なんでなんでっ?わたしの名前を付けたのって、確か父さんだったハズっ!

 父さんが考えたんじゃ無かったのっ!?

 えっ?えっ?ファルナルークさんの名付け親って、シアさ……んんっ?

 それはいいのか、なっ??

 でもでもっ!わたしがファルナルークさんの名前を言わなかったら……もし、わたしが未来から来なかったら……?

 ファルナルークさんの名前も、わたしの名前も違ってたかもしれな……いっ?

 シアさんは、わたしがファルナルークさんの孫だって知らないよねっ!?バレてないよねっ!?

 て言うか『時守《ときもり》の術』のせいで言えないハズだし!

 あれっ?あれっ!?ワケわかんなくなってきたっ!?

 

 アルシーアの唐突で突拍子もない『贈り物』に、シルスの思考はぐるぐると迷走中である。



「子供とか孫とかって言うけどさー、その前にシアシアは結婚……いや、未婚でも母にはなれるか……いやいや、さらにその前に!お相手は出来るのかなっ?」


「シアシアなら男の人押し倒しちゃうかもぉ」


「あっ!あり得る!あっははー!」


「誰が押し倒すかっ!男なんてなー、ちょっとイロメ使ってしなだれかかればイチコロなんだよっ」


 ディロンは知っている。

 この娘達は放っておくと際限無く騒ぎだすと。


「アルシーアならば引く手あまただろう。今はじゃじゃ馬だが、将来は美人になるだろうからな」


「あたしはウマじゃねえっ!あと、びっ、美人とか言うなっ!ハズカシイだろっ」


 いつも余計な一言でアルシーアを怒らせてしまうディロンだったが、何気なく言った『美人』という言葉に、アルシーアは顔を真っ赤にして照れていた。

 そんなアルシーアを見るルーフェリカはニヤニヤが止まらない。


「なんだよリカっ!ニヤニヤするなよっ。あたし達にイロコイのハナシはいらないのっ!」


「んー?そうだねー。今は踊りがコイビト!だもんねー?」


 と言いつつ、赤面するアルシーアを見てニヤニヤが止まらないルーフェリカであった。



『さて皆の衆。別れの時がやって来たようじゃ。魔獣どもがソワソワし始めたわい』


 魔獣妖獣の類いは陽光を嫌う。

 太陽が高度を上げていくにつれ上空で待機中の魔獣妖獣達が色めき立ち、ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めていた。


 中には空を翔べる能力の無い魔獣妖獣達もいるにもかかわらず空中に浮いていられるのは、尋常ならざるメトラの魔力がそうさせているがゆえ。

 千を超える魔獣妖獣を空中に浮かべ待機させているのだから、いかにメトラの魔力が強大であることか。


『さて、そろそろ行くか、ハーフエルフよ。このままじゃと魔獣大戦が起こりそうじゃからな』


「マジュウタイセンっ!?そんなのダメだよっ!?」


 シルスが知る島の歴史に魔獣大戦などという史実はない。もしここでそんな事が起こったら、それこそシルスの知る未来が変わってしまう。


 その時は来た。


 別れの時が訪れたのだ。


 シルスが未来に帰る、その時が。

 

 それを知るのはメトラとシルスだけである。

 皆はシルスが未来からやって来たなどとは欠片も思ってはいない。

 

 だが感じる。

 何か不思議な力を持つハーフエルフの女の子である、と。


 ルーフェルメはシルスの手を離したくなかった。崖から落ちそうになった自分を必死に掴んで離そうとしなかったその細い腕を。

 だがそれはただのワガママだとルーフェルメはわかっている。

 自分達にナルミがいるように、シルスにも帰りを待っている人達がいるのだと。


「シルスちゃん……っ!」


 ルーフェルメがぎゅうっとシルスを抱き締めた。


「ルーフェルメさん……」


 シルスもぎゅっと抱き締め返す。


「なんだよ、仲間ハズレにすんなよなっ!あたしも混ぜろっ。これはナルミさんとマティルさんの分だっ!」


「あ!アタシも混ぜてっ!じゃあアタシはシンディさんと王様の分ね!」


 アルシーアとルーフェリカも、シルスをぎゅうっときつく、きつく抱き締めた。

 だがその抱き締めは、シルスにはきつ過ぎた。


「うっ!うにゃっ!?いっ!息っ、がっ、できましぇんっ!?」


「あっ!ゴメンゴメンっ!つい盛り上がっちゃってっ!アタシ達ってこんな時でもわちゃわちゃだねー!あっははー!」


「まあそれがあたし達らしいけどなっ!あははっ!」


 初めて出会ったその日から別れの瞬間まで、わいわいと愉快に騒ぎたてるアルシーア達。

 今にも泣きだしそうだったルーフェルメにも笑顔が戻り『いつもの四人』の笑い声が小高い丘の上に響き、すうっと溶けていった。

 

「みんなのコト、ずっと忘れない!ここに来れて、みんなに会えて本当に良かった!」


「別れは淋しいけど、淋しくない!笑顔でサヨナラって言えるんだから、こんなにステキなコトはない!元気でなっシルス!」


「サヨナラ、シルスちゃん!」


「シルスちゃん……さよならっ……」

 

「さらばだ、シルス」


「シルス君!お達者で!」


 アールズ騎士団の二人、ディロンとラズラットと握手を交わし、シルスがメトラの元に駆け寄る。

 メトラが再び白金の竜に変化しシルスがその背にまたがると、綿毛のように音も無くふわりと上空へと舞い上がった。

 

「みんなっ!ありがとうっ!さよならっ!!」

 

『オマエ達、この場から離れておれよ。衝撃で吹き飛ばされるぞえ』


 メトラがディロン達にこの場からの待避を促す。


『さて行くか。掴まっとらんと落ちるぞ、ハーフエルフよ』


「えっ?うわっ!?」


 ひゅわああっと急上昇し上空で待つ魔獣妖獣の群れの先頭に立つと、バラバラになりかけていた隊列がまとまり、再び白く輝く光の帯へと変化した。


 ゆっくりと優雅に流れる光の帯、魔獣妖獣達の群れは、まるで流星の集合体のようだ。


 空を翔《かけ》る光の帯が、旋回しながら徐々に速度を上げていく。



「シルスうううううっ!」


「「シルスちゃあーんっ!」」


 シルスの耳にアルシーア達の声が届き、地上に目を向けると。


 三人の『お姉ちゃん達』が大きく手を振っていた。ディロンとラズラットも手を振ってくれている。

 シルスも大きく、大きく手を振って、皆に応えた。


「シアさあーん!ルーフェリカさあーん!ルーフェルメさあーん!ディロンさあーん!ラズラットさあーん!ありがとぉー!!」


 細い腕を千切れそうなほどに懸命に振りながら、声の限りを尽くしてシルスが叫ぶ。


「元気でなあー!」


「元気でねえー!」


「さよならあー!シルスちゃーん!」


 シルスは、大きく手を振る三人の『お姉ちゃん達』の姿を生涯、忘れない。


 彗星の年に訪れた二度と無い13歳の特別な夏休みを。


 時を超えて出会った多くの人達の笑顔を。


 実の祖母、ファルナルークの事を。


 ファルナルークの親友、シュレスの事を。


 チャラくておバカな二人組、ファイスとルディフの事を。


 シェラーラの師匠、メレディスの事を。


 実の高祖母、アルシーア。


 双子の姉、ポニーテールのルーフェリカ。


 双子の妹、ツインテールのルーフェルメ。


 騎士、ディロン。


 魔法戦士、ラズラット。


 ナルミ、マティル、シンディ、ヴェンデルヴァイツ王。


 みんなの笑顔を胸に。


 シルスをその背に乗せて、白金の竜、メトラが上空に向かって加速し始めた。



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 作者の励みになります!


 次話 最終話『シルスの未来』


 続けて呼んで頂けたら幸いです!

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