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シルスの未来


 メトラの背にまたがるシルスは、うなじの辺りがピリピリちくちくと痛むのを感じていた。

 未来から過去に飛ぶ際に行《おこな》った『時渡《ときわたり》』の秘術を使った時の強大な魔力のうねりを、その小柄な身体で感じ受け止めていた。

 

 ――あの時に似てる!時空を飛び超えるあの感じだ!


 白金の竜、メトラが輝きを増していくと同時にシルスの身体も白銀に輝く。

 唸りをあげて魔獣妖獣の群れがメトラの後に続き、それらもまばゆい光を放ち始めた。


「メトラちゃん!あそこに大きな切り株があるの見えるかなっ。あれが未来に繋がる『時の門』なんだよ!」


 シルスの目線の先には『切り株親分』が見える。魔女メレディス達によって鏡面化されるのはまだまだ先の事だ。


「切り株親分さんて言うの!あの切り株親分さんの子分のテーブルさんからわたしの旅が始まったんだよ!」


『……オマエの話はよくわからんのう』


「あっ、でもメトラちゃん、サイズ的に入れないんじゃないのっ!?」


『時の門に大きさは関係ない。要は未来と繋がっておれば良いのじゃ。ワシに任せよ』


「もし、もしもだよっ?未来に繋がって無かったらっ?」


『アレに激突して終わりじゃ』


「えーっ!?」


『まだまだ上昇加速するぞ。振り落とされるなよ』


 ぎゅわあ!っと急加速するメトラ。

 凄まじい風圧に耐えきれずシルスはぎゅっと目を閉じ、メトラの鬣《たてがみ》にしがみついた。


 螺旋《らせん》を描きながらぐんぐんと高度を上げ雲を突き抜け、さらに上昇していく。


 シルスは高所恐怖症である。

 いったい何処まで昇るのかと不安に思っているとふいに上昇が止まり、シルスがおそるおそる目を開け、視界に飛び込んできたのは。



 はるか遠くに見える、円い地平線と水平線。



 シルスが生まれて初めて見る光景だ。


 音の無い世界。


 濃紺の大地と漆黒の宇宙の境界線。



 ――なんてキレイなんだろう……!



 眼下には島全体の輪郭が見えるほどの高度だが、高所も度を過ぎるとそこは高所では無くなる。

 シルスは美しい光景に心を奪われ、恐怖といった感情は微塵も無かった。


『この圧に耐えられるとはな。やはりオマエの特別な血がそうさせるんじゃな、ハーフエルフよ』

 

 ――えっ?


 と思った瞬間。


 メトラが地表めがけて急降下を始めた。


「うわわわわあああああっ!?」


『星の引力を使わせてもらうんじゃ。魔獣妖獣達も連れていかねばならんからのう。……聞いとるか?』

 

 メトラの声はシルスには届いていなかった。

 シルスの耳に聞こえるのは大気が唸るような風切り音と魔獣妖獣達が騒ぎ立てる鳴き声。


 あっという間に雲を抜け、アールズの街並みが見え、切り株親分が見えてくる。


 ぐんぐんと迫り来る地表に激突するかもしれないという恐怖がシルスを襲い、堪らずシルスはぎゅうっと目を閉じた。


『開け時の門』


 ただ一言だけメトラが言うと、切り株親分が翠色に輝き始めた。

 時の門が開いたのだ。

 

『入るぞ。掴まっておれよ』


 ドオン!


 爆発的な衝撃音と共に白金の竜、メトラが『時の門』をくぐり抜ける。


 ゴオオオオオッ!


 凄まじい唸りをあげながら巨大な噴水が逆流するように、千を超える魔獣妖獣の群れが『切り株親分』の中に激しい地鳴りと共に吸い込まれ消えていく。


 キュン!


 キン!


 ガキン!


 剣がぶつかり合うような激しい衝撃音が小高い丘の上に響き渡る。


 長大な隊列、千を超える魔獣妖獣達が次々に『時の門』の中に吸い込まれる様は圧巻である。


 最後の一匹が音も無く『切り株親分』に吸い込まれると辺りは一瞬にして、まるで時が止まったかのような静寂に包まれた。


 その静寂に音を与えたのは、風だった。


 さわさわと爽やかな風が丘の上を吹き抜けていく。


 夏草の葉擦れる音が、どこか懐かしく心地よい。

 


「……さよなら……」


 

 誰かが、ポツリと呟いた。



「……帰ろう!みんなが待ってる!」



 アルシーア達が公演中の舞台の上に突然現れたハーフエルフの女の子。


 白金の竜の背にまたがって故郷へと旅立ったハーフエルフの女の子。


「じゃあなっ、シルス……!」

 

「いつか、また……一緒に踊ろうね……」


 くすん、とルーフェルメが鼻をすすった。


 三人は知っている。

 

 その願いは叶わないと。


 その想いは、いつまでも三人の胸の奥に。



           ◇ 


           ◇


           ◇


 大隆起による地震の影響はアールズの街全体ではさほど大きくなかったが、ナルミのボロ家は外壁が剥がれたり食器が落ちて壊れたりと、その他にも貧民区のあちこちで被害が見受けられた。


 後日、アルシーアと双子の姉妹はアールズ王、ヴェンデルヴァイツから報酬を受け取った。

 地震で壊れてしまった貧民区のボロ家を全改装出来る程の額の褒賞金と、姓という報酬を。


 アルシーアには『ヴェルデファース』と。

 双子には『ウェルテンス』と。


 15歳という若さで王から姓を授かるという栄誉にナルミとマティルは我が事のように喜んだ。


 メトラが残した言葉はディロンからヴェンデルヴァイツに届けられ、即、ハイテンションタワーの建造計画が練られる事となり。


 同時に『竜の乙女伝説』がここに誕生する。

 その内容はこうだ。


『強大な魔力を持った名も無き魔法少女が、白く輝く巨大な竜と凄絶な戦いを繰り広げ相討ちとなった。

 儚い命を散らせた少女と竜の魂は永遠に塔の下に眠る』


 見た目が可愛い事と魚を捌《さば》ける以外に『特にこれといった特技の無いハーフエルフの女の子』が伝説と謳《うた》われるには少々凄味に欠けてしまう。


 竜の乙女をハーフエルフではなく『魔法少女』と設定したのは『強大な魔力』をシルスが持ち合わせていなかった為だ。


 時と共に脚色され内容が多少変わる事になるのだが、後世に残るこのシナリオを作ったのは。


 ルーフェリカ=ウェルテンスである。



           ◇


           ◇


           ◇



 ゆらりゆらゆらと漂う時空の波間。

 シルスはメトラの背に乗って、ぼんやりと考え事をしていた。


 ――シアさんは、わたしのひいひいおばあちゃんで。ファルナルークさんは、わたしのおばあちゃん。ひいおばあちゃんてつまりファルナルークさんのお母さんで、シアさんの子供……


 ――ファルナルークさんのお母さんかあ……わたしのひいおばあちゃん……どんな人だったのかなあ?シアさんの時代から考えると、ひいおばあちゃんのいる時代って未来なんだ……

 今って未来に向かってるんだよね……


 ――ちょっと寄り道……いやいやっ!……今度こそっ、わたしがいた時代に戻れますようにっ!

 母さん!父さん!シェラーラ!みんな!

 話したいコト、たくさん出来たよ!

 ただいま!って大きな声で帰るからね!



『ところでな、ハーフエルフよ』


「なになに?メトラちゃん!」


『未来って、あっちじゃったかのう?こっちじゃったかのう?』


「ええー!?わかんないようっ!なんでっ!?ワシに任せろって言ったじゃないっ!」


『いやあ、はははー』


「はははー、じゃないようっ!」


『ほほほー』


「ほほほー、でもないようっ!」


『シルスはウルサイのう』


「えっ?あっ!あー!うれしいっ!初めて名前で呼んでくれたっ!」


『そうじゃったかいのう?』



 写真の人物に一目惚れした事がきっかけで、夏休みに時間旅行の冒険に旅立ったハーフエルフの女の子。


 伝説の少女『竜の乙女』となって、名も無き魔法少女として語り継がれるハーフエルフの女の子。


 過去に飛び、さらに過去に。


 今、ようやく、元の時代へと帰る。

 

 白金の竜と共に時を渡るその少女の名は、シルス。



「あっ!なんか見えてきたよっ!」


『出口かな?シルスの望む時代じゃとええのう』



 まばゆい光に包まれて。


 シルス達は『時の門』をくぐり抜ける。


 その門の向こうには。



 シルスの未来が、待っている。


 


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 次話 エピローグ


 次回が最終回となります。

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