白金の竜
アルシーアが目を覚ますと、そこは小高い丘の上だった。
早朝の爽やかな風が頬を撫でていく。
夏草がさわさわとさざめく葉擦れの音が耳に心地よい。
仰向けに寝転がり、視界いっぱいに拡がるのは雲一つ無い青空だ。
――……空ってこんなに高かったんだなー……なんか、久し振りに青空見たような気がするな……ん?
「……あれっ!?ここ、どこだっ?」
がばっと身体を起こし辺りを見回すと、近くにルーフェリカとルーフェルメが抱き合って倒れていた。三人とも外した筈の装備品は全て元に戻っている。
少し離れた場所にはディロンとラズラットが横たわる姿も見えた。
「リカっ!ルメっ!大丈夫かっ!?」
アルシーアが二人に呼び掛けると、先に目を覚ましたのはルーフェリカだった。
「ん……ここ、は……?ルメっ、起きてっ」
ルーフェリカが肩を揺り動かすとルーフェルメもやんわりと目を覚ました。
「んふ……ん?」
寝ぼけまなこのルーフェルメを見るのも久しぶりなような気がして、アルシーアの口元がふっと緩む。
ディロンとラズラットも目を覚まし起き上がると、すぐに三人の元に駆け寄ってきた。
「みんな無事か!?何処か痛む箇所は無いかっ?」
「だっ、大丈夫だよっ!デロンデロンさんは朝から声がでかい!ウルサイ!あと、顔が近い!」
「そうか……無事でなによりだ」
ディロンは三人の無事を確認すると、ほっと安堵の表情を浮かべた。
アルシーアはその顔を見て思う。
――なんだ……そんな顔もできるんじゃん。
ディロンに対しては無表情の仏頂面しか印象に無かったが、初めて見る優しい表情がアルシーアの乙女心をくすぐった。
だが、そのくすぐりはラズラットの一言で即座に霧と散る。
「無事に地上に出られて良かった。これで奥さんと娘さんに会えますね、ディロン様」
「ああ。だがまだ終わりでは無いぞ、ラズラットよ。王の元に戻らねばならんからな」
「ディロンさんて結婚してたんだー。意外だなー!ね、シアシア!」
「はわっ!?あっ、ああっ」
「どしたの?挙動が不審だよ?」
「別にっ!にゃんでもにゃいっ!そんにゃコトより、ここは何処だっ?」
「ここは……アールズの街に近い森だね。何度か警らに来た事があるんだよ。幽霊塔も見えているから間違いない」
ラズラットが指差す先に見えるのはレンガ造りの陸の灯台、通称『幽霊塔』だ。
「大きな地震があった筈だが……あの塔は無事だったようだな。街の様子が気になる。皆、街に戻ろう。シルスとメトラは?誰か見ていないのか?」
「あっ……ホントだっ!シルス……っ!シルスがいないっ!?メトラもっ!?」
アルシーアがきょろきょろと辺りを見回すが、シルスと白い竜へと変化したメトラの姿はどこにも見当たらない。
「おぉーい!シルスぅー!」
「「シルスちゃあーんっ!」」
三人が大声でシルスを呼ぶが返事も何も返って来なかった。
「……なんだよ……ホントに帰っちゃったのかよ……サヨナラって、言えなかったじゃん……」
アルシーアが淋しそうにポツリと独り言をこぼす。
それを最後に皆が口をつぐみ、誰一人として言葉を発しなかった。
さわさわとさざめく夏草の葉擦れの音が、今は何故かもの悲しい。
生きてさえいればまた会えるさ。
ディロンはそう声を掛けたかったが三人の少女達を見ると、どうやらそこまで単純な話ではなさそうに思えて言いとどまった。
ゴロゴロと大きな雷鳴が響き、ディロンが遠くの空に目を向けると『竜の巣』辺りの上空に翠色の雲が大きく渦を巻いているのが見える。
「……翠色の雲?……あれは……『竜の巣』がある辺りか。ラズラット、大気中の魔力に何か変化は感じられるか?」
「……はい。実は、先ほどから僕の魔水晶の眼が痛むのですよ、ディロン様。あの場所から、かなりの魔力が放出されていますね。もしあの場にとどまっていたら僕の目は潰れていたかもしれません」
「そうか……ともかく、今はここでじっとしていても仕方がない。ひとまず王宮に帰ろう。アルシーア、大丈夫か?歩けるか?」
無言で立ち尽くすアルシーアに優しく声を掛けるディロン。
アルシーアは小さく頷いてから、重い一歩を踏み出した。ルーフェリカとルーフェルメがアルシーアにそっと寄り添う。
「……ナルミさんに……なんて言ったらいいんだろうな……」
力無く呟くアルシーアの言葉に、二人は何と応えていいのかわからない。
そっと肩を並べて歩く事しか出来なかったが、その優しさはアルシーアの心に十分に伝わっていた。
三人が肩を並べ俯いたまま、とぼとぼと歩く。
ほんの数歩ほど歩き、アルシーアが、ふと顔をあげて立ち止まった。
「…………?」
「シアシア……どうしたの?」
「今、シルスの声が……っ」
聞こえたんだよ。と言おうとして、アルシーアは口をつぐみ目を閉じて耳を澄ませた。
「……聞こえる……!あっ!また!」
――……!
――……っ!
アルシーアの耳に届くシルスの声。
幻聴などでは無い、いつものシルスの高くよく通る明るい声だ。
目を閉じて耳を澄ませていたアルシーアが顔をあげ、翠色の雲の下に目を凝らすと。
「あれだっ!あの白い光だっ!」
翠色の雲から大地へと延びる白く輝く光の柱が見える。
「あの光の柱にシルス君がいるのか?」
と、ラズラットも痛みに耐えて目を凝らす。
「間違いない!シルスだ!あれっ!シルスとメトラだよっ!」
重く沈んでいたアルシーアの表情が一瞬にして晴れやかに変わった。
空と大地を繋ぐ光の柱がシルスとメトラだとはにわかには信じがたい。
だが、ルーフェリカとルーフェルメは信じている。ダンスユニット『熾炫』のリーダーとしてだけでは無く、友人として、家族として、かけがえの無い存在として、アルシーアを信じている。
こんな場面でアルシーアがデタラメを言う筈が無い、と。
「シルスちゃあーん!」
「おーい!シルスちゃああーん!ここだよーう!」
「シルスうううーっ!」
ルーフェリカは跳び跳ねながら。
ルーフェルメは両手を大きく振りながら。
アルシーアは遥か遠くまで、地平の彼方まで届くような大きな声で。
白い光の柱に向かって、シルスの名を声の限りに叫んだ。
「あっ!?柱がっ!」
「「曲がった!?」」
突如、白い柱に見えたそれがぐにゃりと歪み曲線を描き、白く輝く光の帯となった。
まるで意思を持つ生き物のように、流れるように凄まじい速度でアルシーア達の方へと近づいてくる。
「なん……だ、あれは……!?」
ディロンは信じられない光景を目の当たりにし言葉を失った。
白く輝く光の帯に見えたそれは、白金に輝く竜を先頭に凄まじい数の魔獣、妖獣、異形の怪物達が一直線に隊列を成す魔物の群れだった。
その数は百や二百では無い。
優に千は超えるであろう長大な行列である。
白い光を放つ魔獣の群れが白金の竜に付き従い、風を切り裂きながらこちらに向かってくる。
「まさか……街を襲うつもりか!?」
「お待ちください、ディロン様!あれは……様子が違います。あの群れからは全く邪気が感じられない!」
ラズラットは、あり得ない現実に困惑していた。
千を超える魔獣妖獣の一匹たりとて攻撃の意志を持っておらず、邪悪な気さえも感じられないのだ。
長い隊列の先頭を翔る白金の竜がそうさせているのだとラズラットは気づいた。
「あれは……あの竜は、メトラ!?」
黒の異空間でメトラは白く輝く美しい竜に変化した。
その時よりも身体は大きくなり、その輝きは煌めきへと進化している。
まばゆいばかりの煌めきを放つ雄々しい姿は『神の御使い』という言葉でさえ俗語と化してしまう。
魔獣妖獣を率いて空を翔る白金の竜、メトラが高度を下げると、その背に小柄な女の子が跨がっているのが見えた。
「シルスううううううっ!」
アルシーアの大声が合図であったかのように、白金の竜、メトラが身体を傾けて大きく旋回すると、その背に跨がるシルスの姿をはっきりと目にする事が出来た。
メトラに連なり空を舞い、徐々に高度を下げてくる魔獣妖獣の群れは見る者を圧倒する大迫力である。
一角の鬼、双角の大蛇、巨大な牙を持つ虎、複数の尾を持つ妖狐、複眼の大蜥蜴など、数え上げればキリが無い。
「なんだよ、このバケモン達はっ!」
「スゴいすごーい!こんなの舞台の演出じゃゼッタイ出来ないよねー!」
「ひゃあああっ!リカぁっ!怖くないのおっ!?」
アルシーア達には、住んでいた村が魔獣に襲われて孤児になったという過去があり、少なからず魔獣の類いに対しては嫌悪感を抱いている。
だが、この『群れ』は違う、と感じる。
およそ恐怖という言葉が当てはまらない魔獣と妖獣の群れにルーフェリカは目を輝かせて大喜びなのに対し、ルーフェルメはアルシーアの背中に隠れて怯えていた。
だが、シルスの姿を目にすると、その恐怖は一瞬で吹き飛んだ。
「シルスちゃん……っ!?」
シルスの身体もほのかに白銀の輝きを放っているのが皆の目に映る。
白金の竜、メトラの背に乗ったシルスの姿を見てラズラットが声を振り絞るように呟いた。
「竜の……乙女……!」
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次回 『メトラからの贈り物』
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