舞い、踊る、竜の乙女達
「別れのアイサツはすんだか?」
透き通るようなメトラの声に額を寄せあう四人が顔をあげると。
核との接触を終えたメトラの白い髪と身体は白金の輝きを放っていた。
「わっ!メトラちゃんっ、キレイだねー!髪も身体もきらきら光ってるよ!」
と、シルスは涙を拭いて素直に感嘆するが。
「キラっキラだなー。それって、自分では眩しくないのか?」
とアルシーア。
「まったく、オマエは情緒もへったくれもないのう。まあよい。接触は成功した。今から彗星を呼び覚ます。離れておれ」
メトラが淡々とした口調で告げ細い両腕を上に挙げると、無風だった黒の異空間にひゅわあっと一陣の風が巻き起こった。
ディロンとラズラットがその風から四人を庇う盾となり、風が徐々に強くなるのと同じくして皆の緊張感も高まっていく。
メトラが腕を上に挙げた姿勢のまま数十秒。
不意に風が止んだ。
誰も言葉を発しない、不気味なまでの静寂が黒の異空間を包み込む。
メトラがスッと両腕を下ろし、そして。
その後は何も起きない。
「……ふう。長い事こんなトコロにおったせいか、どうにも気分が乗らんのう。おいオマエ達。ちょいとワシを鼓舞してみせよ」
「なんっだ、それっ。ドキドキして待ってたのにさー。メトラはワガママだなっ」
真っ先に口を尖らせたのはアルシーアだ。
「まあまあシアシアぁ。カワイイ娘のワガママは許せって言うじゃない?」
「そんなの知らねーわ。世の中ワガママな娘だらけになるだろっ。んで、なに?鼓舞ってどうすればいいんだ?」
「舞、じゃよ。舞。ワシに向かって踊ってみせい。乙女の清心を込めた舞には荒ぶる魂を清め、その魂を鼓舞する力があるのじゃ。
その舞を踊る者はオトコを知らぬ清らかな乙女でなくてはならん。ココに四人の生け贄、もとい清らかな処女がおるではないかえ」
――なっ、なんでオトコのヒトの前でショジョなんて言っちゃうのっ!?なんかハズカシイんですけどっ!?
突然メトラが吐いた処女という言葉。
思春期の入り口にいるシルスにはまだ恥ずかしく感じられ、耳を真っ赤にして一人でもじもじと身をよじらせた。
「……ハーフエルフよ。そのキモチワルイ動きは『舞』とは言わんぞえ」
「わっ、わかってるようっ」
「あれ?シルスちゃん、顔赤くない?大丈夫?」
「だっ!ダイジョブれすよっ!?」
「ぷっ。いつものシルスちゃんだねっ!」
シルスの『大丈夫』は大丈夫に聞こえないのがシルスらしい。わたわたと慌てるシルスに、ルーフェリカは思わず吹き出した。
「あたし達にココで踊れって?清らか……ルメって清らかなのかっ?」
「あっ!シアシアひどいよう!ルメちゃんはケガレ無き乙女だようっ」
アルシーアのイジワルい言葉に、ルーフェルメは堪らず頬を膨らませる。
「ねえメトラちゃん。踊りってさ、どんなのでもいいの?」
「清心を込めておればよい。ワシを奮い立たせてみよ。ほれほれ」
ルーフェリカが問い質すとメトラは四人を急かすように手のひらを上に向けて、くいくいっと細い指を曲げ挑発的な態度で煽ってみせた。
「あのなー、それが人にモノを頼む態度なのかー?こんな時なんて言うのかシルスに教わったろ?」
「む。じゃあ、オネガイシマス」
シルスに教わった『オネガイシマス』を淡々とアルシーアに向かって言うメトラ。
感情も表情も無くどちらかと言えば無愛想である。
にもかかわらずアルシーアは。
「しっ、仕方ないなあっ」
と、少し嬉しそうに何処かお姉さんぶっていた。
――チョロい。やはりハーフエルフと同じ血筋の者じゃな。
無論、メトラはそれを口にしない。
「清心を込めればとは言えど、ただへろへろふらふらと踊れば良いというものではない。ワシの気分を高揚させるには、お前達がハダカになるのが一番良い」
「えっ!?それはムリっ!」
誰よりも早く即答したのはシルスだ。
「おっさん二人があっち向いてるなら、あたしは別にかまわないけど?」
「そうだねー。アタシも別に抵抗ないなあ。ルメは?」
「ルメちゃんはシルスちゃんになら見られてもいいし、シルスちゃんのは見たいと思ってるよぉ?」
「ナニ言ってるんデスカ見せませんよっ!?」
「一緒に風呂に入ったじゃん?そんなに裸になるの恥ずかしいか?」
「みんなは舞台でほとんど全裸で踊ってるから、ハダカになる抵抗感覚が薄いんですようっ」
「ほとんど全裸って!まあそれに近いかもねー!」
アルシーア達が過激な衣装を身にまとい舞台に立っていたのは、つい数日前の事である。
シルスは今でもはっきりと覚えている。
舞台の照明に照らし出される、汗に濡れ光ったアルシーア達のしなやかな肢体を。
思い出すだけで思わず赤面してしまうほどに少ない面積の衣装だった事を。
「あれは身体のラインをキレイに魅せる演出の為なんだよっ!誰がスキ好んであんな恥ずかしいカッコするもんかよっ」
「シアシアは恥ずかしいって思ってたんだぁ。意外だなあ」
「あたしはルメと違ってヘンタイじゃないからなっ」
「あっ!またそんなコト言うのおっ?もうっ」
「まあまあ落ち着いて、ルメっ。でもさ、こんな場所で踊るなんて想像もしなかったよね、シアシアっ!」
ルーフェリカは目を輝かせ、声音を明るく弾ませていた。
楽しそうな事には首を突っ込まずにはいられない。それがルーフェリカなのだ。
「それもそうだなっ。熾炫弐式の晴れ舞台って思えば気分も上々!なんかワクワクしてきたっ!」
「わはー!シアシアも?実は!メトラちゃんの言葉聞いて、さっきからウズウズしてたんだよねー!ねっ、ルメ!」
「リカが感じてる事は伝わってるよぉ!だって双子だもん!ルメちゃんも当然ワクワクしてるよぉ!」
「おとなしくしてるなんてあたし達らしくない!イッパツ本番!魅せてやろうじゃん!熾炫弐式の踊りをさっ!なあ、シルスっ!」
「えー!?やっぱり、みんなプロですねっ。わたしはドキドキです!路上の時みたいな失敗はイヤですようっ」
シルスが路上パフォーマンスの時の踊りを思い出してみると。
最初に踊った振り付けはアルシーア達がリードしてくれたおかげで及第点だったかもしれないが、アンコールでの踊りはアルシーア達はともかく、シルス自身はボロボロな踊りだった。
それはお世辞にも褒められたものではなかったとシルス本人が一番理解している。
「あのなー、失敗なんてしてないぞ、シルスっ。あの時はあたし達だってバラバラだったんだから。要はリズムに乗ってりゃそれらしく見えるモンなんだよ!」
「シアシアの言う通りだよっ。シルスちゃんはリズム感はバッチリだから、タイミングと呼吸を合わせれば大丈夫だよ!」
「ルメちゃんは知ってるよぉ!シルスちゃんなら出来る!って!」
ルーフェリカとルーフェルメも励ますように後押しすると、シルスの心はすうっと軽くなった。
――みんな優しいな……お姉ちゃんって、こんなカンジなのかなあ……?言ってみようかな……怒られちゃうかなっ?
「あのっ……」
「どうしたっ?キンチョーしてるのかっ?」
「踊りってさ、一番楽しんだ人が一番優勝!なんだよシルスちゃん!」
「みんなで一緒に楽しもう!ねっ、シルスちゃんっ」
「あのっ!わたしっ!いっぺんにお姉ちゃんが三人もできたみたいでウレシイです!」
「はっ!?」
突然の『お姉ちゃん発言』にアルシーアは動きが止まり。
「えっ?えっ!?」
「わー!うれしいっ!」
と、ルーフェリカとルーフェルメは満面の笑みで応えた。
元の時代、一人っ子のシルスの身の回りに近しい歳上の人物は『時の魔女』シェラーラくらいである。シェラーラとは年齢が離れているし、姉と言うより先生のような存在だ。
この旅で出会った人達の中で年齢が少し上の姉と呼べるような存在は、アルシーア達が初めてだった。
ファルナルークとシュレスが『お姉さん』なら、アルシーア、ルーフェリカ、ルーフェルメの三人は『お姉ちゃん』と呼ぶ方が親しみやすい。
シルスはそう思い何気なく口にした言葉だったが、三人の表情を見ればわかる。
皆一様に、嬉しそうに照れていた。
――言えて良かった!これでお別れなのは寂しいけど……喜んでくれた!
「じゃあ、姉ってのは厳しくないとな!カクゴはいいかっ?」
「えっ!?」
――ゼンゲンテッカイしようかなっ!?
と、アルシーアの厳しい姉宣言に思わずシルスの顔が強ばる。
「あ、シアシアは厳しい姉、ってそんなカンジかも!でも、自分の部屋は散らかってる、みたいな!」
「ルメちゃんが優しいお姉さんになるからいくらでも甘えてくれていいんだよ、シルスちゃんっ」
――まったく、この娘達は……
ディロンは知っている。
放っておくとこの四人は際限無く騒ぎ出す。
空気を読んで黙っていたディロンだったが。
「私とラズラットが踊りの邪魔だと言うのなら離れていた方が良いか?」
と、つい口を挟んでしまった。
すかさず口撃に出たのはアルシーアだ。
「なーんも役に立たないってんなら、おっさん二人はどっかその辺でイヤらしーい目で見てればいいよー?」
「イヤらしいとは心外だな、アルシーア君。言うまでもないが僕達は乙女ではない。踊りに関しては部外者だからね。おとなしくさせてもらうよ」
と、ラズラット。
「そうなの?『剣舞』って型があるだろ?あたし達の舞台でも使ったヤツ」
「ほう。剣舞の型を知っているのか、アルシーア」
と、ディロンが意外そうな顔をする。
アルシーア達が所属する劇団『焔』の公演で剣を使用した舞いのシーンがある。
そのシーンの為にわざわざ講師を呼び、数人の劇団員が剣舞の型を習い舞台の演出に花を添えた。
アルシーアもその型を習った内の一人である。
「だが、あれは踊りと呼べるものでは無いぞ?」
「ちょっとアレンジしたら立派な踊りになったぞ?なになに?出来ないってのー?デロンデロンさんよー」
ことある毎にディロンと衝突し軽くいなされてきた恨みを晴らすように、アルシーアはここぞとばかりにディロンを焚き付けた。
「なーんだ、踊れないんだー!王宮で踊ったアレなんてお遊戯みたいなモンだったしな!まあ無理じいはしないよっ。あたしらが踊るのをイヤらしーい目で黙って見てればいいよー?」
と、尚もアルシーアが煽り立てる。
「アルシーア……キミってヤツは……」
「あーん?なにー?」
「やっぱり、とんだじゃじゃ馬だよ」
ディロンは挑発する気などさらさら無かったのだが、アルシーアを怒らせるに十分な言葉だった。
「あたしはウマじゃねえっ!茶化すな!」
アルシーアが真剣な眼差しをディロンにぶつける。
「あたし達は、やるからには全力でやる!二人はどうなんだよっ?やるの?やらないのっ?オトコらしいトコ見せてみなよ!」
真っ直ぐにディロンの目を見て叱責の言葉を投げ掛けるアルシーア。
何も考えずに反抗的な態度を取るだけの小娘ではないのだと、アルシーアに対する考えを改めさせられる一言だった。
「そうか……そうだったな。すまなかった、アルシーア。良いだろう。我らも本気を見せるとしよう。ラズラットよ」
「はっ」
「剣舞の型を鏡映しでやってみよう。シンクロすれば見映えが良いだろうからな」
「了解です、ディロン様。我らの剣舞の型がお遊戯と思われるのは心外ですからね」
――長いようで短い人生の中でこんな体験をあと何度できるだろうか?いや……二度とないな。きっと、最初で最後だ。
そう考えるラズラットの心と表情はアルシーア達と同様に高揚し、やってやる、という気力に満ち溢れていた。
「そうこなくっちゃ!カッコいいトコ見せてくれよ、おっさん達!」
「ハナシはまとまったか、皆の衆。ワシ、待ちぼうけなんじゃが」
「準備するから、もうちょい待ってなっ」
さすがに全裸にはなれなかったが、踊りの妨げになるような武器や防具は外す。
上着も脱いで魔法糸で編まれた薄手の肌着のみになり裸足になると、メトラを中心に四人が間隔を空け輪になって踊りの準備を終えた。
メトラの放つ白金の輝きに照らし出される四人の少女達のシルエットは、幼さと艶っぽさの両方を兼ね備えていた。
黒の異空間の地面はなめらかでひんやりとしている。ごつごつとした岩盤では無い為、足場に不安は無い。
「テンポはどうしよっか?伴奏ナシだと合わせるのツラいかなー」
「あたしが手拍子でリズム取るよ。舞って言うからにはスローテンポでいいだろ。跳んだり跳ねたり、っていうよりもゆったりとしたカンジのヤツな」
この異空間に笛や太鼓などある筈もなく、踊りのタイミングを取る手段は手拍子や足踏みくらいである。
「音くらいなら出せるぞえ。ワシも少しばかり協力してやろう」
そう言って、メトラが目を閉じ……
すううっと息を吸い込み、数秒間、息を止め。
ゆっくりと息を吐くと、それは音階となって緩やかなメロディーを奏で始めた。
春の風が囁き、
夏の爽風が草花を揺らし、
秋の風が枯れ葉を舞い踊らせ、
冬の嵐が雪を舞い散らせる。
そんな情景を想わせる美しい音色がメトラの唇から紡ぎ出されていく。
「どうなってるのかわかんないけど、いい音色だな……」
アルシーアの言う通り、誰もが思わず聞き惚れてしまいそうになる麗しい音色だ。
「タイミングはあたしがとるぞっ。1、2、3、4……!」
アルシーアの合図でメトラを輪の中心にして、四人の踊りの輪がゆっくりと動き出した。
始め皆の動きはバラバラだったが、アルシーアの手拍子に踊りのリズムとタイミングを合わせると、次第に呼吸が合ってきた。
鏡映しに向かい合うディロンとラズラットは日影の存在だったが。
剣舞の型をアルシーアの手拍子とメトラの音に合わせ演じると、ただ無骨なだけの剣術の型が四人の少女達の舞に彩りを添える動きへと変化していった。
メトラの小さな唇から紡ぎ出される音色が次第に皆の呼吸と同調していく。
清流のせせらぎのように、穏やかな海のように。
空を流れる雲のように、風にそよぐ大樹の葉のように。
ふわり、ゆらり。
緩やかに時は流れる。
夢の中にいるような微睡みのような時の流れ。
シルスは、風にそよぐ小さな野の花。
アルシーアは、しなやかな野生の女豹。
ルーフェリカは、優雅に風に乗る鳥。
ルーフェルメは、皆を包み込む草原の風。
ディロンとラズラットは、四人を守る剣。
自然に溶け込むように、手足がなめらかに動く。
四人の乙女が舞う姿は。
美しく、たおやかで、儚い。
少女達は知っている。
乙女でいられる時間は短い、と。
いつまでもこうしていられたら。
みんなと笑顔で踊っていられたら。
だが、その願いは叶わないと、少女達は知っている。
四人の純粋な想いと清心を込めた舞の力がメトラに流れ込んでいく。
すると。
白金に輝くメトラの身体が徐々に変化していった。
歌うように音を紡ぎ出しながら、小柄な少女の姿から美しい竜へと。
純白の竜。血よりも赤い深紅の瞳。
その姿を目にしても、誰も恐怖を感じない。
踊りのリズムを崩さず、柔らかな微笑みを浮かべ。
竜と化したメトラに祈りを捧げるように。
舞い、踊る、竜の乙女達。
不意にメトラの口から紡ぎ出されていた音が途絶えた。
訪れる静寂。
皆が動きを止め、白の輝きを放つ竜、メトラに見とれていると。
『――キュウウウウウウウウンっ』
と、竜の姿に変化したメトラが啼いた。
恐ろしい咆哮などでは決して無い。
心が締め付けられるような、切なくなるような――
遠い故郷を想い嘆いているような――
聞く者の涙を誘う、もの悲しい啼き声だった。
ぱきん。と。
薄氷が割れるような音が辺りに響く。
始め一つだったその音は次第に多くなり、幾つも幾つも重なっていった。
彗星を閉じ込めていた蓋が開き始めたのだ。
やがてそれは耳を覆いたくなるほどの不協和音となり。
硬い岩盤をも砕く雷が轟音と共に地の底から発生し、大小様々な岩石が宙を舞い。
上空に発生した巨大な竜巻がそれらを紙吹雪のように巻き上げる。
全てが目も眩む神々しい光に包まれ。
空気を震わせる凄まじい破壊音と共に彗星が目を覚ます。
それは。
この島に住む人々に大きな影響を与える事となる大規模な地殻変動。
『大隆起』が起きた瞬間だった。
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作者の励みになります!
次話 『白金の竜』
続けて読んで頂けたら幸いです!




