またもや名付け親!?
じっと見つめ合ったまま、まばたきもせずにピクリとも動かないシルスとメトラに、残る五人は困惑しかり。
軽く五分以上は経過している。
「シルスちゃん……どうしちゃったのかなぁ?おーい?」
ルーフェルメが動かない二人の横でパタパタと手を振るが全くの無反応である。
「ラズラットさーん、どう思います?」
ルーフェリカがシルスの頬をつんつんとつつくがピクリとも動かない。
「おそらく……精神世界で会話をしているのではないのかな?」
「精神世界って?」
ルーフェリカが初めて聞く言葉に素直な疑問を口にすると、ラズラットが『精神世界』について解説を始めた。
「二人の様子を見る限り『クチナシの術』と呼ばれる無言の会話術とはまた違うようだ。魔法を学んでいると精神論は必須科目になるんだけどね。そこで学んだんだよ『精神世界』の事を」
「ズラさんさあ、そのハナシ長い?要するに心で会話してる、ってコトでいいんじゃないの?」
アルシーアのミもフタも無い解説。
だがそれは的確過ぎるほどに的を得ている。ラズラットはやや肩を落として、うん、その通りだよ、と応えた。
「んー……やっぱカワイイなー……」
ルーフェリカがシルスの横顔をじーっと見つめていると……
ふいっとシルスが顔を横に向けた。
「うわあっ!?コッチ向いたっ!?」
突然動き出したシルスにルーフェリカがびくうっと身体を震わせると。
「うぁえっ!?ルーフェリカしゃんっ!?」
驚いたルーフェリカに驚いたシルスがいつものすっとんきょうな声をあげた。
「あれっ!?なんか目がっ!?目が乾いてるっ?しぱしぱするっ!」
と、数分間まばたきをしなかったせいで乾いてしまった眼球に潤いを取り戻すべく、パチパチと何度もまばたきを繰り返すシルス。
「ずっとまばたきしなけりゃそうなるでしょー!あっ、こすっちゃダメだよ、シルスちゃんっ」
「やっと正気に戻ったか。あんまり動かないモンだから二人の顔にラクガキしようかって思ってたんだよっ!」
「シルスちゃんっ、ルメちゃんはシアシアみたいなヒドイコトしないからねっ!出来ればずっと、ずうっと眺めていたかったくらいだからねっ」
アルシーア、ルーフェリカ、ルーフェルメの三人がシルスを取り囲みきゃいきゃいと騒ぐ。
いつもの四人の姿がそこにあった。
「何事が起きたのかと思ったが……大丈夫なようだな」
ディロンはひとまずシルスが正気に戻った事にほっと胸を撫で下ろし。
「シルス、少しいいかな?」
シルスとメトラの精神世界での会話が気になり、四人の元に近寄って片方の膝を着きシルスと目線を合わせた。
「メトラと何を話していたのか教えてくれないだろうか?」
「え……っと……あの……」
シルスは話せない。
今から彗星を呼び覚ましてそのチカラで未来に帰るんです。
などとは言えない。
彗星が目覚める反動で地殻変動が起き、後に『大隆起』と呼ばれるその現象がこの島に大きな影響をもたらす、という事をも。
シルスは言える筈がなかった。
騎士であるディロンが大隆起が多くの島民に影響を与えると知れば、それをやすやすと許すとは思えない。
――言えない……どうしよう……
困惑し萎縮するシルスを見て、ディロンの胸中にある少女の姿が重なった。
――リィディー……?
シルスに重なった少女の姿は。
ディロンの、今は亡き妹リィディーの姿だった。
リィディーとシルスは背格好は多少似ているが、その容姿は似ても似つかない。
シルスのその不安げな表情が妹の姿を思わせるのだとディロンは気付く。
「シルス……強要はしない。無理に答えなくても良いのだよ?」
「ディロンさん……ごめんなさい……」
「デロンデロンさんは顔がコワイの、顔が!女の子に話しかける時は笑顔じゃないとダメなんだよっ。なあシルスっ!」
「……この顔は変えられないよ、アルシーア」
アルシーアがシルスを庇うようにディロンの前に立ち塞がると、ディロンはすっと立ち上がりメトラに向き直った。
「メトラ殿。シルスと何があったかは聞かない事にします。我々はひとまずここを離れます。地上に出る方法をご存知ですか?」
「ハーフエルフと何を話しとったとか別に隠す事も無いわい。さっきも言うたじゃろ?彗星を呼び覚ますとな。ワシはそれで宇宙へと旅立つ。オマエ達はその時に地上に出してやる。それだけじゃ」
メトラはそれ以上、何も言わなかった。
シルスが未来に帰る、とは言わなかった。
人ならざる生命体のメトラが気を使ったとは思えなかったが、シルスは心の中でメトラにありがとう、と呟いた。
「大丈夫ですか?ディロン様。顔色が優れないようですが……」
「ああ、大丈夫だ。すまんな」
――妹の事を思い出していたとは言えん……部下に気を使わせてしまうとはまだまだだな、ディロンよ。
◇
「さて、皆の衆。これよりワシは旅に出ようかと思う」
「いきなり何を言い出すかと思えば……いいじゃん、行けば。あたしらはルメと無事に会えたんだから、もうお互いに用は無いんじゃないの?」
アルシーアがさらりと流すとメトラがつまらなさそうに応える。
「礼儀を知らんのう。世話になった者に対する礼儀がなっとらんのう」
「世話になった覚えは無いけど、ルメに会えたのはアナタのオカゲサマかも。そこはありがとうって言っとくよ!」
と、ルーフェリカ。
「あっ!シンディさんに貰った魔石!コレ、どうかなっ?ルーフェルメさんに会わせてくれたお礼にあげるよ!」
シルスがポケットから取り出したのは、魔女シャン、シンディから貰った小さな赤い魔石。
宇宙隕石を磨きあげた美しい魔石である。
「ちっさいのう。腹の足しにもならんわい。まあ、もらってやらんでもない」
小さいとぼやきながらも上から目線でメトラはシルスからそれを受け取り、手のひらの上でコロコロと転がし。
「キレイでしょっ?」
シルスが言い終えると同時に。
ぱくっ。ばりばり、ごくん。
メトラは硬い魔石を噛み砕き飲み込んでしまった。
「たっ!食べちゃったっ!?また食べちゃったっ!?」
綿ボコリの精霊を食べてしまった時と同じく、シルスがメトラの小さな口に指を突っ込み開かせるが、口の中は既に空っぽである。
「ひててててっ!こりゃっ!にゃにをしゅりゅっ!?はにゃせっ!」
「魔石とか綿ボコリとかっ!食べるモノじゃないんだよっ?お腹こわしちゃうよっ?」
「ハラなんぞ壊さんわっ。前に食ったのは綿ボコリでは無く精霊じゃ。しかも、ただの精霊ではない。オマエと共に時を超えてやってきた特別な精霊じゃ。すでにワシの一部となっておるわい。魔石も同じじゃっ」
シルスから逃げるようにして、すいっとメトラが黒の異空間の真ん中辺りに移動し。
「さて、ハーフエルフよ。これから彗星を呼び覚ますとするか」
と、事も無げに、これから散歩にでも出かけるような口振りで言ってのけた。
「えっ!?いきなりっ!?彗星を呼び覚ますって、どうやって?」
「オマエの血を数滴ココに垂らす。ワシがチカラを解放する。それだけじゃ」
「それだけ、って……それだけなのっ?」
「オマエが連れてきた二体の精霊達もワシのエネルギーとなって生きておる。時を超えた精霊達はワシを宇宙に上げる補助となるチカラを有しておる。不味かったが美味かった」
そう言うと人間のようにしてメトラが薄いお腹をポンと叩いてみせた。
「のててちゃんとれててちゃんも宇宙を旅するってコトだよね……ちょっとだけ羨ましいかも……」
「時を超えたオマエの特別な血と精霊のチカラがあれば、このフタは簡単に開くハズじゃ。これでようやっと外に出れるわい」
フタは簡単に開く、とメトラはいとも簡単に言うが。
シルスが史実として知る『大隆起』は、周囲の風景を一変させた大規模な地殻変動である。
この場所に来た時、彗星の落ちた跡、大穴の入り口付近は平原だった。
が、シルスが知っている大隆起後の地形は、大きな岩盤が露出し人が足を踏み入れる事さえ困難な山岳地帯。
その凄まじい様子は、この時代に来る以前、旅の途中で遠目ではあるが目にしている。
――あの時はハイテンションタワーの工事中だったんだっけ……
「あー、そうそう。そこなキシよ。ワシが旅立った後、この地に『塔』を建てて欲しいのじゃ」
「塔、ですか?どのような目的で?」
「この魔力核からは尋常ならざる魔力が放出される。地中深くに埋没した状態ならばその魔力が溢れる心配も無いが、地表に出てしまうとそれは常に溢れるコトとなる。
魔力が溢れ続けるとどうなるかわかるじゃろ?そこな魔法戦士よ、答えてみよ」
ラズラットはこの場にいる六人の中では最も魔法の知識がある。
メトラの突然の問いに少しだけ間を置いて、ラズラットなりの考えを答えた。
「そうですね……どの程度の魔力が溢れるかはわかりませんが、あまりに強大な魔力波は人体の脳や遺伝子にも影響があるのではないかと」
「まあ、おおむね正解。その魔力波を安定させる為の塔じゃ。四角錐のカタチをしておればそれでよい。塔が建てられるまでの間、多少の魔力は漏れるじゃろう。だがそれは致し方の無いことじゃ」
その溢れた魔力波の影響を受けて誕生する事となるのが『マジクス』と呼ばれる特異な能力を持つ戦士達や『赤角』と呼ばれる怪物達である。
メトラは皆をゆっくりと見渡し、諭すように告げた。
「大隆起は良くも悪くも後の世に大きな影響を与える。忌まわしき大災害としてニンゲン達の記憶に残るじゃろう。
じゃが、安定した魔力波はオマエ達ニンゲンの暮らしを豊かにもする。
それは未来のオマエ達の子らが目にする事になるのじゃ」
「未来のって、あたし達は見れないの?それは残念だなー」
と、アルシーア。
「せっかくじゃから名前を付けねばのう。ワシに名を付けたようにな」
「名前?メトラタワーでいいんじゃないの?」
「却下。オマエ、何も考えとらんじゃろ」
アルシーアが名前の候補を出すが、メトラは即ばっさりと切り捨てた。
「アタシ達の名前の一文字ずつ切り取ってみるとかどうかなっ?シルスちゃんから順番にー、アルシーア、ルーフェリカ、ルーフェルメ、ディロンさん、ラズラットさん、メトラちゃん、で……えっと、シアルルデラメタワー!どう!?」
「却下。意味わからんわい。名に意味を持たせんかい。例えば、そうじゃのう……見た者達の気分が高揚するような名前が良いのう」
シルスは知っている。
四季を通じ色褪せる事のない銀色の輝きを放つ巨大な慰霊塔の名を。
「……ハイテンション……タワー……」
ぽろっとこぼしたシルスの呟きをメトラは聞き逃さなかった。
「それ、採用。目印の名前は『ハイテンションタワー』な」
「えっ!?採用っ!?」
大隆起の跡地に建造されたハイテンションタワーは、魔力核が放つ強大な魔力の安定を図る役目と、竜の乙女の慰霊碑、としての二つの意味を担っている。
それがこの島に住む人々の常識的な知識であるし、実際にシルスはそう教わっている。
シルスが生まれた時代には『ハイテンションタワー』はすでに完成済みであり『あって当たり前』の建造物に過ぎなかった。
誰が名付けたのか?
竜の乙女とはどのような存在だったのか?
そんな事には特別な思い入れも無ければ興味も無い。これがシルスの正直な気持ちだった。
だが。
――わたしがっ!ハイテンションタワーって名前をつけちゃったっ!?また!?わたしっ、またやらかしちゃったのっ!?
「では塔を建てる事、頼んだぞ、キシよ。オマエ達の親方にはワシの願いを聞き入れねば末代まで呪われし一族となる、とでも言っておくが良い」
膨大な年数と莫大な建造費、人件費が必要になるだろうとディロンは推察する。
にわかには信じ難いメトラの言葉にディロンは困惑するが。
「ディロン様。我が王ならばきっと二つ返事で了承するでしょう。面白そうな事には目がないお方ですから」
どこか楽しげに言うラズラットの言葉に、ディロンは、それもそうだな、と相づちを打ち目を細めた。
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