二つの選択肢
シルスは知っている。
この島に何が起きるのかを知っている。
大隆起によって地上に現れた巨大な魔力核から強大な魔力が放たれ、その魔力波を受けた人々や動植物に異変が起きるという事を。
魔法使いや魔術師の様な魔法に似た超能力を操る者達。
マジクスと呼ばれる戦士達が誕生する事を。
魔力核が放つ強大な魔力波は、生きとし生ける動植物や昆虫類にまで及び、『赤角』と呼ばれる怪物を生み出してしまうという事を。
マジクス達と赤角の戦いで、多くの命が失われてしまうという事を。
この島の歴史を。
シルスは知っているのだ。
「オマエが選ぶんじゃ、ハーフエルフよ。
オマエが未来に帰らなければ未来でオマエを待つ者達の命運は変わるし、生まれる筈だった命が生まれないという事にも繋がる」
メトラが淡々と続ける。
「大隆起の影響を受けた幾らかのニンゲンは死んでしまうじゃろうよ。だがそれはオマエのせいではないと知れ」
「えっ、でも……なんでっ?なんでわたしなのっ!?」
「オマエは未来からやってきた。それも決まっていたことじゃ」
「決まってた……?わたしがココに来るコトが?」
「オマエが未来から来た事で運命が変わった者もおる。それは誰とは言わん。オマエが未来から来なければ、オマエは生まれなかったという事にも繋がるという事を知れ。
未来を知るオマエが未来への道筋を照らし出すのは、至極当然の事じゃないかえ?」
「じゃあ、わたしが……ここで何もしなかったら……?」
「オマエは選択出来る。
オマエが生まれない未来を。
オマエがここでワシの願いを拒否すればいい。ただ、それだけじゃ。
オマエの知る未来はどうじゃった?
楽しく美しい世界じゃったか?
醜い争い事の絶えない酷い世界じゃったか?
死んで欲しくない人がいるというなら、それでもいい。オマエが生まれない事で助かる命もあるじゃろう。
それと同時に。
オマエが生まれない事で生まれない命もあるというコトじゃ。
大隆起の影響は後々に多くの命を奪い悲しみを生む。
それと同時に。
多くの命を育み、喜びをも生むのじゃ。
オマエは、どちらの未来を選択する?
オマエが生まれる未来。
オマエが生まれない未来。
オマエが選ぶんじゃ。ハーフエルフよ。
オマエが生まれる未来。
オマエが生まれない未来。
どちらかをな」
メトラの口調は静かに抑揚なく、淡々としていた。
シルスは俯き、拳を握りしめぎゅっと目を閉じた。
13歳の夏休み。
彗星の年に訪れた一度きりの特別な13歳の夏休みに。
自宅離れの二階で見つけた写真の人物に一目惚れした事がきっかけで、何も深く考えずに勢いだけで始まった時間旅行。
これまで旅をしてきた幾つもの場面や出会った人々がシルスの目蓋の裏に甦る。
――ファルナルークさん、シュレスさん……ファイスさん、ルディフさん……
メレディスさん、テュアルさん、フェルヴェルちゃん……
ナルミさん、マティルさん……シンディさん、ばいつ様……ディロンさん、ラズラットさん……
シアさん、ルーフェリカさん、ルーフェルメさん……みんな……みんなに……!
――わたしのワガママで……わたしが未来から来たせいで……たくさんの人が影響を受けて……わたしが来なければ……
――でも……それでも……!
「わたしは……生まれたい。わたしは……生きたい!みんなに!シェラーラに!わたしの帰りを待ってくれてる父さんと母さんに!また、会いたい!
未来に、帰りたい!」
「大隆起の影響を浮けた大勢のニンゲンが死ぬ事になってもかえ?」
シルスの感情を楽しむかのような邪な光を湛えて、メトラの目が意地悪くすうっと細まった。
メトラの言葉に一瞬でシルスの表情が曇るが。
「それが、わたしのせいなら……わたしは……」
「……大罪を背負ってでも生きる、と?」
シルスは顔を上げ決意を持った瞳でメトラを見つめ、コクンと頷いた。
視線は反らさない。
シルスのその表情に強い意志が溢れていた。
生きる、と。
自分が生まれる未来を選ぶ、と。
「ふむ……わかっていたコトとは言え、イジワルをするのはあまり気分のいいものではないのう」
「……?」
わかっていたとはどういう事か?
訝しげな顔をするシルスにメトラが言葉を続けた。
「全ては予定通りと言った方が解り良いかえ?言ったじゃろ?オマエが来るのを待っとったと」
メトラは言っていた。
ずっと待っていた、と。
あたかもシルスがこの場所に来る事を知っていたかのような口振りだった。
「え……じゃあ……わたしが生まれる未来を選ぶ、ってコトも知ってたの?」
「それはな、ハーフエルフよ」
メトラはここで言葉を区切り、白く美しい顔をすうっとシルスに近づけ。
「秘密じゃ」
と、一言だけ言い、意地悪い顔をしてみせた。先ほどのような冷たい表情では無い。
友人にちょっとしたイタズラをするような人間味のある表情だった。
「えーっ?教えてくれないのっ!?」
「全てを知るのはつまらんじゃろ?足るには少し足りんくらいが今のオマエにはちょうど良かろう。知りたければオマエが調べればいい。なんせオマエは長寿命のハーフエルフじゃからな。時間なんぞもて余すほどにあるんじゃ」
「それはそうかもしれないけど……」
シルスはまだ13歳である。
純血のエルフの血を引くシルスがこの先、何年、何十年、何百年生きるかはシルスにもわからない。
メトラは言う。自分で調べろと。
「さて、ここで提案なのじゃが」
「提案っ?」
――よからぬ提案を持ちかけてくるのではっ?
心の中で思ったシルスだったが、メトラの提案への疑念が顔に表れてしまっていた。
思わず眉間にシワを寄せ半目になっている。
「なんじゃい、そのイヤそうな顔は」
まあ、聞け。とメトラが続ける。
「この島にはチカラをもて余しておるモノ達ががゴロゴロおる。オマエ達が魔獣とか妖獣とか呼んで煙たがっておるヤツらじゃ。あヤツらにしてみればニンゲンこそが煙たい存在なんじゃがな」
「でもっ、魔獣は人間を襲うでしょっ?シアさん達だって魔獣に襲われて孤児になっちゃったって」
「ニンゲンは食って繁殖する生き物じゃ。魔獣とて同じじゃろ?弱肉強食を知らん訳ではあるまい?」
「弱肉強食って……それは自然のセツリだけど……」
「魔獣達は数を減らしておる。放っておいても勝手に絶滅するわい。そこでじゃ。ワシはソイツらと共に旅をしようかと思うておる。魔獣妖獣引き連れて、千の宇宙をひとっ飛び!どうじゃ?ワクワクするじゃろ?オマエも一緒に来んか?」
「わたしもっ!?ムリだよっ?」
「やはりそう言うたか。ほほほー」
「やはり、って……わたしが断るって知ってたの?」
「それはな、ハーフエルフよ」
メトラはここで言葉を区切りシルスの耳元で囁いた。
「秘密じゃ」
メトラの提案、魔獣達との宇宙旅行には乗れない。だが、思わぬ形で未来に帰る兆しが見えた。
――未来に帰れる!あ……でもっ!
はたと、シルスは気づく。
未来に帰る。それはつまり。
アルシーア、ルーフェリカ、ルーフェルメ、ディロン、ラズラットとの永遠の別れを意味する事になる、と。
あまりにも突然な永遠の別れ。
いつかは別れる日が来るとわかっていたが、それが今日、今だとは思いもよらない。
この時代に来る前の旅では未来に帰る予定日が決まっていた。
別れの寂しさはあったが、涙は無かった。
「……それって、今、ここで?」
「オマエはその為にココに来たんじゃ。未来に帰る為にな」
「でも……なんでメトラちゃんが……わたしのいろんなコトを知ってるの?わたしの未来のコトまで……」
「それはな」
メトラは深紅の瞳でシルスの翠色の瞳を真正面から見つめ、ただ一言だけ告げた。
「秘密じゃ」
「えっ?またっ?三回目だよっ?」
「今のオマエには、足るには少し足らんがちょうど良いんじゃよ」
シルスの目を真っ直ぐに見据え、メトラが言葉を続ける。
「オマエが来たからワシは宇宙に出られるし、オマエは未来に帰れる。互いに損は無かろう?案ずるな。ここにいる五人は無傷で地上に送り出してやる」
「みんなとここでお別れって……そんなのいきなり過ぎるよ……」
「知らんわい。この彗星の魔力に耐えられるのは、ワシとオマエだけじゃ。大した魔力も無い寿命の短いニンゲンがまともにこの魔力を受けるとどうなると思う?」
「どう、って……」
「ぐちゃぐちゃのどろどろに溶けて終わりじゃ。それこそ永遠の別れになろうかの。つまりは」
メトラが言葉を止め、再びシルスをじっと見つめる。
「オマエという命もこの世に生まれないというコトじゃ」
「わたしも、生まれない……?」
ここで皆が死んでしまったら。
アルシーアが死んでしまったら。
祖母ファルナルークも。母、メルリラも。
もちろん、シルス自身もこの世に生まれない、という事である。
ルーフェリカとルーファルメ、ディロンとラズラットの後世に残るであろう血もここで絶える、という事になってしまう。
「オマエは生まれる未来を選んだ。未来に帰るコトをな。それは今日、今なんじゃよ、ハーフエルフよ。では、別れのアイサツでもしに行くか?」
すいっ、とメトラがシルスに近づき、額と額を合わせると。
二人は白の世界から離脱した。
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次話『またもや名付け親!?』
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