未来に、帰れる!?
「あー、おったおった。ココじゃったか。キシ二人と迷子になっとってのう。ほほほー」
メトラが何の前触れも無く何もない空間からふわりと現れた。ほほほと口では笑うが、実際には無表情である。
メトラの後に続いてディロンとラズラットも何処からともなく、ふわっと姿を現した。
「ルーフェルメ君!無事だったか!怪我は無いのかい?どこか痛む箇所は?」
ラズラットがルーフェルメの姿を目にすると、たたっと駆け寄りその傍らに膝をついて心配そうに顔を覗き込んだ。
「えっ?あっ、はいっ。大丈夫ですよぉっ?あのっ、お顔が近いですぅ」
「ああっ。これは、失礼しましたっ」
――へーえ。ふーん。
ルーフェリカはニヤニヤが止まらない。
その表情を見逃すルーフェルメではなかった。
「リカぁ、その顔、なにかなぁ?」
「別にー?ルメと同じ顔の双子のリカ姉さんだよー?」
ルーフェリカはイタズラっぽくそう言うとルーフェルメに顔を寄せ、ラズラットに問いかけた。
「ホラホラっ、同じ顔だよ?なんでルメ?」
「イヤ、そういうワケではなく。僕は騎士としてルーフェルメ君の心配をしたまでだよっ?」
「騎士として、ねえ?まあ、そういうコトにしといてあげるよ!あっははー!」
「そういうコトって、どういうコトぉ?」
ルーフェリカが明るく笑い飛ばすと、ルーフェルメは不満そうにぷくっと頬を膨らませた。
いつもの他愛ないやり取りをする仲の良い双子の姿だ。
――やっぱ、そうじゃないとなっ。お帰り!ルメ!
アルシーアは傍らで二人を見ながら、ルーフェルメが無事だった事を心の底から嬉しく思うのだった。
――そういうコトって何のコトかなっ?
ルーフェリカとルーフェルメのやり取りを聞いても、何を言っているのか今一つ理解出来ない。
他人の色恋沙汰には無頓着なシルスであった。
「メトラ殿。ここは一体どういう所なのでしょうか?我々は確かに彼女達に続いて飛び降りた筈なのに、全く違う場所に出てしまった」
魔獣討伐やダンジョン攻略の経験豊かなディロンでさえも初めて目にする異空間。
ただただ、黒のみが支配する空間である。
明かりなどは一切無いにもかかわらず互いの姿はハッキリと見え、メトラの白さが目に眩しいほどだ。
「別にどうもこうも無い。ココが終点じゃ。オマエ達、もう用は無かろう?帰るがよい」
「ズイブンあっさり言うなー。帰るよ?帰るけどさ、どうやって上に行くんだ?」
アルシーアが周囲を見渡すが、そこは黒の異空間。上に続くような階段などある筈も無く、地上に脱出する手立てが思い浮かばない。
「そんなもん知らんわい。オマエ達でなんとかせい」
と、メトラがさらっと吐き捨てた。
「うっわ!カワイクねー!」
当然のように不満を口にするアルシーアだったがメトラは素知らぬ顔である。
「初めまして、メトラちゃんっ」
ルーフェルメはメトラを見ても何ら臆する事無く、するるっと近づき挨拶をしたが。
「おう。片割れ、無事に会えて良かったのう」
メトラは無表情で無愛想である。
「片割れじゃないよう。ルメちゃんて呼んでほしいなぁ」
ルーフェルメがなおも身体が触れるくらいに近づくが、メトラはふわふわと浮いたまま身体を引かない。
「顔が近いぞ、片割れよ」
「ルメちゃん、だよ、メトラちゃんっ」
「なんでそんなに近づくんじゃ。ワシが怖くないのかえ?」
「えー?怖くないよう?可愛いもん♡」
「ルーフェルメさんはちっちゃいコならどんなのでもいいんですかっ?」
「そんなシルスちゃんっ。ルメちゃんが一番大切なのはシルスちゃんだよっ?」
「どんなのでもとは無礼なコトを言うハーフエルフじゃな。この造形の美しさを理解せよと言う方が難しいか」
「少なくとも人間じゃ無いよな。魔族とも違うみたいだし……なんなの?」
と、アルシーア。
「こぞって無礼者ばかりじゃのう、まったくコムスメどもが」
「コムスメってっ。メトラちゃんだってちっちゃいよっ?」
「それは見た目の話じゃろうが。ワシはお前達の数十倍はこの世に生きておるわい」
「数十倍っ!?メトラちゃんて何歳なのっ?」
「そんなもん数えとらんわい。百歳くらいかのう」
「百歳っ!?」
「千歳じゃったかな?」
「千歳っ!?」
「ああ、思い出した一万歳じゃ」
「いちまんさいー!?」
「いちいちうるさいハーフエルフじゃのう。正確な年数なんぞ覚えとらんわい。お前達が想像もつかんくらいに途方も無い年月を過ごしてきた。それでいいじゃろ」
◇
「ここが終点かあ……結局、竜はいませんでした、ってコトでいいんですよね?ディロンさんっ」
終点という事は、竜退治という名の調査は終わりという事になる。
これで地上に出られるのかと思うとルーフェリカの頬は自然に緩み明るい笑顔で問うが、ディロンは難しい表情を浮かべていた。
「うむ……そういう事になるか。だが、我々はもう一度、今度は騎士団の精鋭部隊を編成してここに来る事になるだろう」
「えー?何でですか?何も無いのに?」
「それはちょっと違うよ、ルーフェリカ。我々は確かに崖から飛び降りた。だが全員無傷だ。私とラズラットに至っては君達と全く違う場所に出た。これは、この地に何か不可思議な力が働いているという事に他ならない、と推考する」
「なんだよ、スイコウって。だからまた来るっての?モノ好きだよなあ」
つまらなさそうに呆れ顔を見せるアルシーアに、ディロンが窘めの言葉を投げた。
「これも任務の内だよ、アルシーア。知らずを知るという事は、我々の未来の安全にも繋がる。この不可思議な力を他勢力に悪用されない為にも、再調査は必要不可欠だ」
「へー、そう」
何かにつけてディロンに噛みついていたアルシーアだが、大穴の再調査にはすこぶる興味が無いようだ。
「キシとやらよ。言っておくが、再調査には来れんぞえ」
「来れない?何故ですか、メトラ殿?」
「ココが無くなるからじゃ」
ここが無くなると聞いて、皆はメトラに向き直った。
「無くなる、とはどういう事でしょうか?」
「コトバのままじゃ。この地下に眠る魔力核、彗星を呼び起こすからじゃ」
にわかには信じがたいメトラの言葉に、皆一様に理解出来ず不思議そうな顔をする。
だが、シルスには心当りがあった。
――魔力核を呼び起こす?って、それって、もしかして……!大隆起のコトっ!?
「ワシはずっと待っておった。そこなハーフエルフがここに来るのをな」
「えっ……ずっと待ってた?わたしを?」
メトラの深紅の瞳がシルスを捕らえる。
待っていたと言われても何の事か見当も付かず、シルスは戸惑うばかりである。
「ワシは今からこの地下に眠る彗星を呼び覚まし、その力を使いこの地を離れる。その為にはオマエの特別な血が必要なんじゃ。ハーフエルフよ。オマエの特別な血がな」
メトラが白く細い指を下に向け、次いでシルスを指差した。
「今は彗星の魔力がダダ漏れにならんように蓋をしてあるんじゃ」
「フタ?」
「その蓋を取る為にオマエが来るのを待っとったんじゃ」
光の無い暗闇。
ただただ、黒だけが支配する漆黒の世界。
このような場所でずっと待っていたとはどういう事か?
何故、どうして?と、シルスの頭の中は疑問符でいっぱいだった。
――寂しくなかったの?
と言いそうになったがそれは言ってはいけないような気がして、シルスはその言葉を呑み込んだ。
「待ってたって、こんな場所でずっと一人で?」
「おう。ずっとじゃ」
「ずっとって、どのくらい?」
「オマエ達で言う所の百年じゃったかのう?」
「ひゃくねんっ!?」
「千年じゃったかも?」
「せんねんっ!?」
「一万年じゃったかな?」
「いちまんねんー!?」
「またか。オマエ、いちいちウルサイのう」
「オマエじゃないよっ。シルスだよ、メトラちゃんっ」
人の寿命を遥かに超える人型の魔物とハーフエルフの少女シルスの会話を聞いて騎士二人は困惑していた。
――どういう事だ?シルス君の血が必要……?ハーフエルフだからという訳では無さそうだが……
ラズラットは初めてシルスを見た時から、不可思議な魔法紋様を持つ不思議なハーフエルフの女の子だと感じていた。
この島ではエルフやハーフエルフは珍しい存在ではない。騎士団の中にはエルフと恋仲にある者もいるし、知り合いにも数人のハーフエルフがいる。
だが、シルスは違う。
見た事も無い魔法紋様が貼り付けられたハーフエルフの少女。
それだけでは無い、口では言い表せない特別な何かをラズラットの魔水晶の眼が捉えていた。
それを今、はっきりとメトラが口にした。
特別な血だ、と。
だがここで思案を巡らせても事の進展は望めそうにない。
無用な口を挟まずに成り行きを見守る。ラズラットはこれが最善策と判断し口をつぐむ事にした。
◇
足を宙に浮かせたままのメトラがすうっとシルスに近づき耳打ちをする。
「他の者には聞かれとうない話じゃろうからな。まあ、ちょっとワシの目を見よ」
メトラがふわりと身体の向きを変え、その深紅の瞳でシルスの翠色の瞳をじっと見つめる。
一歩踏み出せば互いの唇がふれ合うほどの至近距離で、メトラの深紅の瞳がシルスの翠の瞳を捕らえて離さない。
シルスは目を反らせない。いや、反らせない。
互いの瞳が目に見えない糸で繋がっているような不思議な感覚。
ふわりと宙に足が浮くような、夢の中にいるような浮遊感。
――キレイな瞳だなあ……吸い込まれそう……
メトラの深紅の瞳を見つめ、シルスがまばたきを一つすると。
周囲の黒の異空間はいつの間にか純白の空間に変わっていた。
「……あれっ?みんなはっ?どっか行っちゃったっ?」
「落ち着け、ハーフエルフよ。今はお前とワシの二人だけで話をしようではないか」
シルスが周囲を見回すが、二人以外に誰もいない。
黒の異空間から一歩も動いていない筈なのにもかかわらず、まったく別の空間に立っている。
白。ただただ、白である。
メトラの深紅の瞳がより一層紅く輝いてすら見える白い異空間だ。
「さてハーフエルフよ。お前は未来からやって来た。そうじゃろ?」
「えっ!?どうして知ってるのっ?」
「言ったじゃろ?ワシはお前が来るのを、ずうっと待っとったと」
「ずっと、って……どのくらい?」
「さっきも言うたじゃろ。一万年じゃ」
「いちまんねんー!?」
「……お前は面白いのう」
「あ、それよく言われるぅ。えへへぇ」
先程と同じくだりを繰り返し、照れ笑いをするシルスにメトラは人間のような呆れ顔をしてみせた。
「正確な年数なんぞわからんわい。ワシがここに落ちて途方も無い時間が過ぎたのは紛れも無い事実。もう飽きたんじゃ。宇宙が恋しいんじゃ。わかるか?」
「んー……よくワカンナイ、かな……」
「じゃろうな。じゃがオマエにもわかる日が来る。なにせハーフエルフなんじゃからな。オマエが一生を生きる間に幾つもの出会いと別れがあるじゃろう。それを今のオマエに解れと言うのは酷というものかも知れんがな」
ふわふわと漂いながらメトラが話を続ける。
「ワシは彗星に乗ってこの星にやってきた。見聞を広める為、と言えば聞こえは良いか?じゃが、単純な事を失念しておった。さてどうやって宇宙に上がろうかと。彗星は地中深く埋まってしもうたからのう」
メトラはふっと足元に目を落とし、再びシルスに目を向けた。
「イロイロと試したが無駄じゃった。ただ時が流れるだけじゃった。そこでオマエの出番じゃ、ハーフエルフよ。時を超えるチカラに耐えたオマエの特別な血がな。彗星は血が好物なんじゃ。大好物。何ならオマエの血を全部欲しいくらいじゃ」
「彗星は、って……メトラちゃんが、ってコト?」
「ココでオマエを殺して血を啜る、というテもあるが、それでは意味が無い。それはオマエのこの先のオモシロおかしい人生を潰してしまうコトになるからのう。オマエに選ばせるコトに意味があるんじゃ」
「わたしの人生って……わたしの未来のコトを知ってるの!?」
「知りたいか?」
「う……キカナイ方がいいです……」
「時を超えてやって来た特別な生命体の血。それをちょろっとな、分けて欲しいんじゃ」
「……イヤだ、って言ったら?」
「一緒に来た者達を殺す」
「えっ!そんなっ!?キョウハクだよっ!?」
「冗談じゃ」
――メトラちゃんのは、なんか冗談に聞こえないんですけどっ!
「オマエは断らないと予言しよう。何故ならばじゃ」
メトラはシルスからすうっと離れ、足元を指差した。
「この蓋を取ると彗星の魔力が溢れる」
「ふんふん」
「強大で超大で絶大で超絶な魔力じゃ」
「ふんふん」
「オマエが未来に帰れるほどのな」
「ふんふ……えっ!?」
「そう言うコトじゃ。オマエはワシのハナシを断れない。この彗星の力でオマエは未来に帰れるんじゃからな」
「未来に……帰れる!?」
――でも……でも、それって!大隆起を起こすってコトだよね!?
――わたしが……来たから?わたしが未来から来たから大隆起が起きて、たくさんの人が死んじゃって……わたしが未来から来なければ、マジクスとか赤角とかっ、生まれなかった……っ?
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