四人は姉妹のように
――シルスちゃん。
――シルスちゃんっ。
と、誰かのささやき声でシルスは眼が覚めた。
精霊達では無い、聞き覚えのある人間の声だ。
それはルーフェリカの声だとシルスは気づく。
――あれ?みんなで崖から飛び降りて……どうなったんだっけ?途中で気絶しちゃったっ?
シルスがゆっくり目を開けると、そこは。
黒。
真っ黒い空間。
何も無い、ただただ、黒い空間。
上下が解らなくなってしまうほどの黒だけが支配する空間。初めて目にする異空間だ。
だが足が地に着いている感じは確かにあるし、アルシーアとルーフェリカの顔もハッキリと見える。
夜の暗闇とは別の『黒』である。
立ったまま後ろからルーフェリカに抱き締められている事に気づき慌てて離れようとすると、ルーフェリカはきゅっと力を入れてシルスを逃さなかった。
「ほら、あれ。見て」
と、ルーフェリカが指差す先に。
そこに。
ルーフェルメが横たわっていた。
その頬は薄く赤みが差し、皆とお揃いの胸当てがゆっくりと上下していた。
黒い空間なのにもかかわらず、シルスの目にハッキリと見えるルーフェルメの横顔。
「ルー……」
フェルメさん!と叫びそうになるシルスの口を、ルーフェリカがぱっと手で塞いだ。
――ルーフェリカさんっ?
突然口を塞がれ驚くが、その手が震えている事にシルスは気づいた。
「……寝てるみたいだからさっ。静かに、ね?」
そう小声で言うルーフェリカの目から大粒の涙が溢れ、いくつもいくつも、ポロポロとこぼれ落ちていた。
「呑気に寝やがっ、て、……っ」
アルシーアも、涙を流していた。
こぼれ落ちる涙を拭おうともせずに、すやすやと眠るルーフェルメを見つめていた。
絆の一言では言い表せない、目には見えない互いを想い合うかけがえの無い大切な想い。
それが透明な宝石のような涙となって。
アルシーアとルーフェリカの頬をいくつも、いくつも、伝い落ちていった。
――ルーフェルメさん!ルーフェルメさんだ!よかった……!ホントにっ!ホントに生きてた!
シルスの目にも大粒の涙が溢れぽろりとこぼれ落ち、シルスの口を塞いだままのルーフェリカの指を濡らす。
熱い涙だ、とルーフェリカは思った。
涙は涸れないと、シルスは改めて知った。
ルーフェルメには二度と会えないと。
未来から来なければよかったとさえ悔やんだ、哀しみの涙ではない。
生きて再会出来たという、喜びの熱い涙が、ぽろぽろと、いくつも、いくつも、いくつも。
シルスの頬を伝い落ちた。
三人はルーフェルメを起こさない様にそろりそろりと近づき、そっと仰向けになった。
頭を寄せ合い十字の形に四人が仰向けに寝そべると、遥か上に満月のような真円の光が見える。
黒の異空間から眺めるそれは本物の満月のようだった。
「……あれってさ、大穴の入り口なのかな?なんか違うような気がしないか?」
アルシーアが誰に問うでもなく独り言の様に小声で呟いた。
「ここが大穴の底?って事になるのかなー?」
アルシーアに応えるルーフェリカも不思議そうに真円の光を見つめていた。
その目にはもう、涙は浮かんでいなかった。
「わたし達って確か……竜退治に来たんですよね?いませんでしたね」
本来の目的である筈の『竜退治』を口にするシルスの目にも涙はない。
「あ、それ忘れてた。あたしはルメのコトで頭いっぱいだったからな」
と、アルシーア。
「そう言えばそうだったねー!竜退治、忘れた頃にやってくる!なんてね!あっははー!」
「ん……ふう……ん?リカ……?」
ルーフェリカの笑い声に反応するように、やけに艶のある吐息をついてルーフェルメが目を覚ました。
三人が身体を起こし、ルーフェルメの顔を覗き込むと。
いつものルーフェルメの寝起き顔。
眠そうに目をこすり、んふん、と吐息を漏らす双子の妹にルーフェリカが真っ先に声をかけた。
「……おはようっ!ルメ!」
「おはよっ!ルメ!」
と、アルシーアもいつもの朝の挨拶をする。
日常と変わらないルーフェリカとアルシーアの『おはよう』の声。
そこにルーフェルメの身を案ずるシルスの声が続く。
「おはようございますっ!ルーフェルメさんっ!身体はダイジョブですか?左肩は動きますかっ?」
魔物に襲われ崖から転落した際にルーフェルメは左肩を強打し、負傷していた。
だが。
「ん?そう言えば……あれ?なんともない……?」
ルーフェルメが左肩を動かしてみるが痛みも違和感も無い。むしろ調子が良いほどである。
「あっ!」
と、ルーフェルメが思い出した様に声をあげ、がばっと身体を起こし。
「どうしたんですかっ?やっぱりどこか痛むんですかっ?」
心配そうに顔を覗き込むシルスに向かって。
「おなか空いたよう、シルスちゃん……」
「なんだよビックリさせんなよっ……そんなの、あたし達だってそうだっつーの。なあシルス?」
「そうですよう!でも、そう言われたらおなか空いてきましたよ?あ!ビスケット食べますかっ?わたし持ってますよ!」
そう言って、シルスがボロいリュックから取り出したビスケットは。
「粉々じゃん……」
「あー……崖から落ちたり、枕にしたりしたから……あははー」
「あははー、って。まあ、シルスらしいよな、そーいうの!それ、ちょっと貸してみな」
アルシーアはシルスから粉々のビスケットを受け取ると自分のリュックからジャムの入った小袋を取り出し、粉々のビスケットと一緒に混ぜ始めた。
「ビスケットとジャムは元々相性がイイからな!見た目はゲロみたいだけど、腹の中に入れば同じだし!」
シルスは突然の禁句を言い放つアルシーアにげんなり顔でぼやく。
「それ、食べる前に言っちゃダメなヤツですよ、シアさん……」
「まあまあ!ホレ、食ってみなって!美味いよ、たぶん!」
たぶんって。
と思いつつ背に腹は変えられない。シルスはおそるおそるそれを口にして。
「あれっ?意外にいける!?見た目がアレだけど、目を瞑って食べれば美味しいですよ!」
シルスの反応を見て、ルーフェリカとルーフェルメが『ぐちゃ混ぜビスケット』を口に入れ、二人同時に口を動かし。
「「なんか、シアシアっぽいよねえ」」
と見事にハモり。
ルーフェリカとルーフェルメは思わず顔を見合わせて、照れ臭そうにはにかんだ。
「あたしっぽいってなんだよっ」
「「雑なトコロが」」
と、またしてもハモってみせる『茶髪の双子』。
「こんな時だけ息ピッタリだよな、お前らってな」
「「だって双子だもーん!」」
だって双子だもん!は『茶髪の双子』のお決まりのセリフであるのだが、それを初めて聞くシルスは素直に驚き、大きな目をさらに大きく丸くする。
「打ち合わせ無しで三回もハモるなんてスゴいですよー!あ!これって『三度目の正直』ってヤツですよね!ねっ?」
「なんか違うような気がするけど、そういうコトにしておくよ!あっははー!」
静かな黒の異空間。
こんな謎の場所でさえ四人の少女達は四姉妹のように、日常と変わり無い他愛無い会話をしてみせるのだった。
「そう言えばさー、デロンデロンさん達ってどうしたのかなー?探しに行くか?」
「ここで待つ方がいいんじゃない?ヘタに動き回れないし。っていうかココどこ?ってカンジだし?」
アルシーアとルーフェリカがキョロキョロと辺りを見回してみても、四人の姿以外には何も見えない。
「メトラちゃんが『ワシも行く』って言ってたから、待ってる方がいいと思いますよ?」
「ん?メトラちゃん、って?」
ルーフェルメには初耳の名である。
どう説明したら良いものか、うむむとシルスは思案するが、見たままの姿を伝えるしかない。
「えっとですねー。わたしよりちっちゃくて、ふわふわしてて、真っ白で、目の色が赤いコです!あ、あとカワイイです!」
「ふわふわで、真っ白で、目が赤くてカワイイ……ウサギさん?」
シルスの下手な説明でルーフェルメがイメージしたのは、白いウサギであった。
「あれっ?おかしいな……わたしの説明、間違ってたかなっ?」
「アタシが補足してあげるよ、シルスちゃん!メトラちゃんは肌も髪も真っ白で、目だけが真っ赤なの。あと、地面から浮いてるんだよ!ふわふわぁって!でもユーレイじゃないんだってさ!」
「ユーレイっ?ルメちゃん、コワイのは苦手だなぁ……」
シルスの下手な説明にルーフェリカがフォローに回り追加説明をするが、いまいちルーフェルメには伝わらないようだ。
「まあ、会ってみりゃわかるよ」
アルシーアのミもフタもないこの一言で『メトラちゃんてどんなコ?』問題は一瞬で終息したのだった。
◇
四人がぐちゃ混ぜビスケットを食べ終え、再び十字の形に仰向けになると、暗闇の空に満月が浮かんでいるような真円の白い光が目に映る。
現在の正確な時刻は不明だが、月の出る様な時間では無いし月齢的にもは満月では無い。
大穴の入り口と言われればそう見えなくも無いが、何か違う、と皆が感じていた。
「アレってさ、月じゃ無いのになんか満月みたいだよな」
と、アルシーア。
「そうだねー。お月さんみたいだね」
と、ルーフェリカ。
「まん丸お月様だねえ」
と、ルーフェルメ。
「ホウ……ホウ……」
と、シルス。
「……シルスのそれは何してんの?」
ホウホウとフクロウの鳴き真似をするシルスにアルシーアが首を横に向けると、シルスは指で輪っかを作りそれをメガネにして白い真円の光を覗いていた。
「コレはですねえ『フクロウメガネのお月様』って言うんですよー。指の輪っかをメガネにして、フクロウの鳴き真似をする遊びです!」
「へえ?それ、面白いの?」
と、アルシーアもシルスにならい指でメガネを作って、丸い光を見ながらホウホウとフクロウの鳴き真似をしてみた。
「コレ、面白い……のか?」
「楽しくないですか?こんな小さな遊びが友情とか愛情を育てるんですよ!」
――そうですよねっ、ファルナルークさん!
アールズの大花火の後、祖母ファルナルークに『フクロウメガネのお月様』を教わった事を思い出し、シルスの胸がほっこりと温かくなっていった。
ファルナルーク、シュレス、ファイスと共に草むらに寝そべり、満月を眺めた夜が昨日の事の様に感じるシルス。
「ユウジョウとアイジョウを育てる、かあ。なるほどねー。イイ事言うじゃん、シルスっ。覚えとこ!今度は本物の満月見ながらやってみよう!あたしも誰かに教えてやるコトにしようかなっ」
「あっ、ソレ、いいですねー!……んっ?」
アルシーアはシルスの言葉に素直に感心しているようだった。
だがシルスは不思議な違和感を感じていた。
この時代に飛んで来てしまってから幾度か感じている違和感を。
――……アレ?わたしが『フクロウメガネのお月様』を教わったのはファルナルークさん……んんっ?
ファルナルークさんは、おばあちゃんに教わったって言ってたハズっ!
ファルナルークさんのおばあちゃん、ってシアさん……だよねっ?
シアさんに教えたのは、わたし……っ
わたしが教えなければ……シアさんは『フクロウメガネのお月様』を知らなかった、ってコト………だよね!?
シルスは『時の事象』の中にいる。
もし自分が未来から来なければ。
指メガネの遊びや『野の菜の花』の早口言葉をファルナルークやシュレスが知らないままだったかも知れないのだ。
――これって……小さなコトかもしれないけど……
――わたしが未来に何かを残してる、ってコトになるのかな……?
――わたしがここに来なければ……わたし自身が知らないままだったコトもある……?
――未来から来たわたしが……わたしの未来を、作ってる!?
シルスは、過去に来た事が自分達の未来に影響を与えている、と気づいたようです。
次話『未来に、帰れる!?』
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