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飛び降りよ

 

 メトラの先導の元、一行は深部へと進む。

 ルーフェリカがシルスの隣に並び、ふと話しかけた。


「ね、シルスちゃん」

「はい?」


 つまんない話だけど聞いてくれるかな?とルーフェリカは独り言のように、自分に言い聞かせるようにして静かに語りだした。

 

           ◇


 小さい頃、アタシはルメを疎ましく思ってた時期があった。


 ルメがいつも賑やかでみんなの輪の中心にいて目立ってたからなんてコトよりも、何かにつけてアタシと比べられる事の方がイヤだった。


 学校の成績の比較なんて当たり前で、身長、体重、スリーサイズまで比べられた。

 そんなの比べて何になるの?ってカンジだった。そんなに双子が珍しいものなの?って思ってた。

 実際、珍しかったんだけどね。

 双子は忌み子なんて風習がある地方もあるらしいけど、アタシ達はそうじゃなかった分だけ幸運だったのかも。


 初めてアタシ達を見る人は、必ずと言っていいほど同じセリフを口にした。


「ほんとにそっくり!ウリ二つだね」


 当たり前でしょ。双子なんだから。

 聞き飽き過ぎて笑っちゃうくらいに何度聞いたかわからない言葉だ。


 両親だってアタシとルメを見間違うなんてしょっちゅうだった。


 その度に思ってた。


 アタシはルメじゃない!ルメはアタシじゃない!


 ルメだってそう思ってたハズだ。

 ある時、アタシは思い付いた。単純に区別すればいいんじゃん。喋り方や笑い方、仕草や髪型。


「今日からアタシはポニーテール!ポニーテールのルーフェリカだからポニテリカ!決まりね!」


「じゃあ、私はっ!ツインテールにする!ツインテールのルメちゃんで!決まりね!」


 これがポニテリカ誕生のきっかけ。

 単純だよね。


 踊りを始めた時はルメの方が一生懸命で、当然上達も早かった。

 悔しかった。

 マティルさんは意地悪くこう言った。


『ルメちゃんの方が上手やなあ!リカちゃんはお姉ちゃんやのにだらしないなあ!』


 なんてハッキリ言ってくれちゃってさ!正直、ムカついた。

 やってやろうじゃん!って、心が熱くなった。


 ルメはアタシの一番の目標でライバルになったんだ。


 いつからか。

 そんなに好きじゃなかったハズの踊りがアタシのかけがえのない宝物になったんだ。


 でも突然。

 ルメがいなくなった。


 失ったものの大切さがいなくなって初めてわかるなんて、物語の中だけかと思ってたけどそうじゃなかった。


 ルメが崖から落ちた、って知って。


 胸が張り裂けそうだった。

 泣き叫びたかった。


           ◇


「でも、それはシルスちゃんがやってくれたから。声が枯れるくらいに泣き叫んでくれたから。だから、アタシは泣かないコトにしたの」


 シルスは黙ってルーフェリカの話を聞いていた。

 ルーフェリカの、ルーフェルメを想う強さがシルスの心にも伝わる。


「でも。ルメが生きてるなら。生きてルメに会えたら!その時は……」


 ルーフェルメを想う気持ちはアルシーアも同様である。

 ルーフェリカの話を聞いていたアルシーアがその想いを口にした。


「ルメのいない『熾炫《しげん》』なんて『熾炫《しげん》』じゃない。あたし達の誰か一人でも欠けるなら、そんなの無くたっていい。『熾炫弐式《しげんにしき》』にはシルスもいるコトだし!踊りに関してはシルスはまだまだドシロウトだけど、鍛え甲斐ありそうだし?路上の時みたいに、また四人で一緒に踊るんだからな!」


「シアさんのは鍛えるって言うより、地獄の試練ってカンジがしますよっ?」


「あはははっ!そうとも言うかもなっ」


 アルシーアが明るく、にかっと笑う。

 二人と話をしていると、シルスの恐怖心はほんの少しだけ和らいだのだった。


 だがシルスの胸中は複雑だ。


 ――もし、未来に帰れなかったら……みんなと一緒に暮らすコトになるのかな……そしたら、シェラーラに……母さんに……二度と会えなく……


           ◇


 白い少女、メトラを先頭に歩く事しばし。


「着いたぞ。ここじゃ」


「えっ?ここって……?」


 少女が指差すその先は。

 何も無い漆黒。大穴の底まで続く様な垂直に切り立った崖である。


「この下にオマエの仲間がおるんじゃ。飛び降りよ」


「えっ!?無理だよ!死んじゃうよ!?」


 白い少女メトラの突拍子も無い言葉にシルスは即答する。


「大丈夫じゃて。信用せい」


「シンヨウっ!?できないよっ!?」


 間髪入れずにシルスが即答すると、メトラは不満そうに口を尖らせた。


「ハッキリ言うのう。じゃあ、他のヤツ。誰でもいいぞ?」


 誰もが近づく事さえ躊躇《ためら》う漆黒の闇の底。

 シルスには覗き込むコトすらも恐怖でしかない。

 そこに向かって、いとも簡単に『飛び降りよ』とメトラは言う。


「……アタシが行くよ。当然でしょ?」


「ルーフェリカさ、んっ……」


 ルーフェリカはシルスが制する事が出来ない程の真剣な眼差しで迷い無く、崖の縁に向かって歩きはじめた。

 

 飛び降りても大丈夫、信用しろと少女は言うが当然、信用は出来ない。

 だが。

 この下にルーフェルメがいるならば。 


 ――行くしかないっ!そうだよね、ルメ!


「待てよ、リカっ」


 崖に向かって歩いて行くルーフェリカの手をアルシーアがぎゅっと掴んだ。


「あたしも一緒に行くっ。当然だろっ?」


 アルシーア、ルーフェリカ、ルーフェルメ。

 三人は幼い頃から姉妹の様に同じ時間を共に過ごしてきた。

 いつ如何なる時も共に笑って、泣いて、取っ組み合いのケンカも数え切れないほどにしてきた。

 ナルミ達と共に暮らし、幼馴染みという枠を飛び越え『家族』としてかけがえのない時間を共有してきた。


 アルシーアは膝を震わせながら言う。


 当然だろっ、と。


 ルーフェリカは笑顔で応えた。


「だね。当然だね!」



 シルスはそんなルーフェリカを危うく思う。


「そんなっ!ムチャですようっ!何の確信も無いのにっ」


 メトラはそんなシルスに向かって不思議そうな顔をした。


「確信?オマエはおかしな事を言うのう」


「だってっ!」


「オマエは何故、ここにおるんじゃ?」


「なぜ、って……ルーフェルメさんを助けに……」


「そうでは無い。オマエは何処から来て何処に向かおうとしとるんじゃ?目先の恐怖に縛られる様では……未来は無いぞ?」


 メトラは意味ありげに言うが、シルスはいまいちピンとこなかった。


「未来は無い……って?ここで死んじゃったら何もかも終わりなんだよっ?」


「そうでは無い。そうでは無いぞ、ハーフエルフよ。オマエ達が行った後ワシも行くからな。ほれ、その細っこい足で飛び降りてみせい。ほれほれ」


 メトラがつんつんっとシルスをつつくと、シルスはびくうっ!と小柄な身体を震わせた。

 

「わわわっ!?わかっわかりましたっ!いくよっ?いきますからっ!つつかないでっ!」


 メトラに急かされるようにつつかれて、シルスは声と勇気を振り絞り二人に呼びかけた。

 

「シアしゃんっ!ルーフェリカしゃんっ!待ってっ!わたしも行きますっ!」


 シルスは震える足でもたつき転びそうになりながらもルーフェリカの元に駆け寄り、手を繋いできゅっと握った。


「みっ!みんなで飛べばコワク無いですっ!たぶん!きっとっ!」


「シルスちゃん……無理しなくてもいいんだよ?」


「ダイジョブれすっ!わたしもいきますっ!ルーフェルメさんに!わたしも会いたいからっ」


 ダイジョブとは言うものの、これまでに体感した事の無い強烈な恐怖がシルスに襲いかかり、その顔は青ざめていた。

 ルーフェリカはそんなシルスを優しく見つめる。


 ――ありがとうね、シルスちゃん……



「はー。やっぱこえーなー」


 ほんの数歩先の暗闇と静寂は時間が止まっている様にさえ感じる。

 強がっては見せたが、アルシーアの膝はかくかくと小刻みに震えていた。

 最初に懸垂下降で降りた時とは違い魔法のロープも命綱も何も無い『飛び降り』なのだから、高所を苦手とするアルシーアにとっては落下への恐怖は尋常ではない。


 それでもアルシーアは自分自身に発破をかけた。

 ――しっかりしろアルシーア!みんなで一緒に帰るんだろ!ナルミさんとマティルさんの元に!笑顔でさ!


 シルス、ルーフェリカ、アルシーア。

 三人が手を繋ぎ、崖の縁に並び。

 

「みんなで無事に帰って!美味しいものいっぱい食べましょうねっ!」


「あ、それいいねー!」


「もう食えないってくらい腹いっぱい!美味いモン食べような!もちろん!ルメも一緒にさ!」


 それぞれに顔を見合せ。


 一瞬の間を置いて……


「ルーフェルメさああああんっ!」


 シルスが声の限りに。


「ルメええええっ!」


 アルシーアはシルスを上回る大きな声で。


「今行くからねええええーっ!」


 ルーフェリカは妹が待っていると信じて、大穴の底に向かって叫んだ。


 

 飛び降りのカウントダウンは、誰からでもなく自然に三人が手と手を繋ぎ、声を揃える。


「「「3!」」」


 握った手は痛いほどに強く。


「「「2!」」」


 アルシーアとシルスはぎゅっと目を閉じて。


「「「1!」」」

 

 ルーフェリカは目を見開いて。


「「「0!」」」


 三人同時にとん、と地を蹴り。


 ひゅうううううっ。


 三人は吸い込まれる様に、静かに、大穴の底へと落ちていった。


           ◇

           ◇

           ◇


「おー。落ちた落ちた。悲鳴もあげんと落ちていったわい。で?ヌシらはどうするんじゃ?ここから歩いて地上に戻るか?それとも行くか?」


「言わずもがな、ですよ、メトラ殿。なあ、ラズラットよ」


「もちろんですよ。ディロン様。こんな所で引き返すなんて勿体《もったい》ないですからね。なかなか出来ない体験ですよ、これは」


 ――異形の姿をしているが、人間の少女の様な表情を浮かべる……実に興味深い生命体だ……


 ラズラットの魔水晶の眼を以てしても、メトラの正体はまるで掴めない。ここで思案していても何も結論は出ない事は明白である。

 前に進む選択肢しか無いのだ。


「勿体ない、か。やはりお前を連れて来てよかったよ、ラズラット」


「ディロン様にそうおっしゃって頂けるのは光栄です」


 ラズラットはそう言うと白い歯を見せてディロンに笑いかけた。



「では、行くか」


「はっ」


 ディロンは落ち着き払い、街の警邏《けいら》にでも出動するような口振りだった。


 崖の縁に向かって歩みを進める度にかちゃり、かちゃりと二人の装備品が音を立てる。


 騎士二人は合図も無く、アイコンタクトも無く。

 その歩みを止める事なく、計った様に同時に大穴の底へと飛び降りた。

         

           ◇

           ◇

           ◇


 メトラは、誰もいなくなった崖の縁にふわふわと浮かびながらポツリと呟く。


「ホントに飛び降りてしもた。ニンゲンとは、なんと浅はかで愚かなんじゃ。何年経っても変わらんのじゃのう」


 ――たった一人のニンゲンの為にこうまでする理由は何じゃろうか?それがニンゲンの面白いトコロではあるがの。


 メトラも崖の縁にするると進み、ふわり、とその身を大穴の底へと向かわせた。


 全員揃って大穴の底に飛び降りてしまいました。皆はルーフェルメを救出して地上に戻れるのでしょうか?


 次話『四人は姉妹のように』


◇ 面白かったよ!

◇ 続きが気になるよ!


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 続けて読んで頂けたら幸いです!

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