君に名を
一瞬の旋風と共にディロン達の前に現れたのは、文字通り頭の上から爪の先まで真っ白な少女。
不気味に光る血より赤い深紅の瞳は妖魔を思わせる。
「えっ!?にゃにっ!?浮いてるっ!?ユーレイっ!?」
「しっ!シアシアっ!落ち着いてっ!女の子だからっ!女の子が出ただけだからっ!手品だからっ!」
「ててっ手品で女の子が出ただけって、それがフツーみたいにゃ言い方するにゃよリカっ!落ち着けっ!」
「落ち着くのは二人ともだよ。後ろに下がって!」
突然現れた白い少女を見て驚きあわてふためく二人。
その前にラズラットとディロンが進み出て即、抜剣体勢を取るが、それを制したのはシルスだった。
「待って下さいっ!ディロンさん、ラズラットさん!」
騎士二人の前に立ち、白い少女を守るように、ぱっと両手を広げる。
二人の騎士の目に映る宙に浮く白い少女。
少女の姿をしてはいるが明らかに人間では無い。
幾度もの魔物の討伐経験のある騎士二人でさえ初めて見る人型の魔物である。
シルスが咄嗟に止めなければ斬りかかっていたかも知れない。
「命拾いしたのう、キシとやらよ」
シルスの背中越しに言う白い少女の口調はどこか挑発めいていた。
「シルス君がそれを庇う理由を聞かせて貰えるかい?」
――キシと言ったな……我々の存在を認知していたのか……?
ラズラットは優しい口調だがその声音には緊張感が漲っていた。
「このコが、ルーフェルメさんがどこにいるか知ってるんです!」
「えっ!?」
真っ先に反応したのはルーフェリカ。
「ルメの居場所を!?ルメは無事なのか!?」
アルシーアの瞳は真剣そのものである。
「無事なんだよねっ?ね!?」
「ウルサイのう。ちゃんと生きてピンピンしとるわい」
白い少女が面倒臭そうに答えると、三人はほっと安堵の表情を浮かべた。
「まず、君の素性を明らかにしてくれないか?空中に浮いている時点で人間では無い事は明らかだが」
「そんなにピリピリしなさんな、魔法戦士よ」
シルスの背に庇われる格好だった白い少女がラズラットの前にすうっと進み出る。
抜剣体勢を解いてはいるがラズラットは剣に手をかけたままである。
ラズラットの剣技をもってすれば。
――この間合いなら……抜剣と同時に首を落とせる。
一撃必殺の居合い斬り。
ラズラットとディロンが体得している抜剣術の一つである。
長年の阿吽の呼吸がもたらす意思疎通で、ラズラットが抱くその意図はディロンにも伝わっていた。
だがそれは白い少女の一言で脆くも崩れ去る。
「やってみるかえ?」
「「……!」」
ラズラットとディロン以外は少女が何を言っているのか解らない。
「この程度で腰が引けるとはまだまだじゃの、キシとやらよ」
二人の騎士は理解した。
この少女の姿をした『何か』には敵わないと。抜剣すら許されない圧倒的な力量差。
抜剣前の敗北など手練れの二人にとっては初めての事である。
だが不思議と屈辱感は無い。むしろ、この体験がより己を強くするとさえ感じる。
ディロンは抜剣体勢を解き、畏まり気を改めて少女に向き直った。
「……無礼をお許し頂きたい。だが、我々があなたを畏れているという事も理解して欲しい」
「ほう。ヌシはまだ話がわかるみたいじゃな」
「我々は崖から転落してしまった仲間を探しにここまでやって来ました。その者を連れ帰る事が出来れば我々は黙ってここを立ち去ります」
「別にヌシらに無礼は無いぞ?ほんの刹那のやりとりじゃったが、楽しかったわい」
秒にも満たないやりとりを『楽しかった』と言う少女にディロンは敬意の念すら抱きそうになる。
――不思議な少女だ……魔物の類いでは無いのだろうか?
「それには似て非なるモノ、と言っておこうかの」
「……心を読めるのですか!?」
「思考を読んだとかでは無いぞ。ヌシの思念がそうさせるんじゃ。ニンゲンの心なんぞ読みとうも無い」
白い少女はふわりと漂いシルスの横に並び顔を近づけ、深紅の瞳でじいっとシルスの翠色の瞳を覗き込んだ。
「ワシが用があるのは、このハーフエルフじゃからな」
「えっ?わたしに?」
白い少女は、美しい顔を互いの頬が触れ合いそうなほどに近づけ耳元で囁く。
「オマエ、時を超えてきたじゃろ?」
「えっ!?なんで……」
それを、と言い終える前に白い少女は、すいっとシルスから離れた。
「オマエ達が成敗してしもうたワシのペットな。アレにオマエを迎えに行かせたんじゃが」
「迎えっ!?わたしをっ?とてもそんな風には見えなかったよ!?崖下に落とされそうになったんだよ!?」
「落とされそうに、じゃろ?落とす気は無かったハズじゃがのう。ワシは攻撃命令なんぞしとらんからな。オマエ以外のヤツをジャマだと思ったのかもしれんな」
「ええー?そんなのわかんないよ……」
異形の魔物は興奮し誰の目にも明らかに攻撃体勢を取っていた。
魔物の腕はアルシーアにも伸びていたし、アルシーアが体術で回避行動を取らなければどうなっていたかわからない。
「だって、シアさんだって襲われそうになったんだよ?」
「オマエと同じ匂いじゃから間違えたんじゃろ。たぶん」
「同じ匂い……?」
その意味を知るのはこの場ではシルスのみ。
アルシーアはシルスの実の高祖母である。
よくよく思い返すとあの魔物には眼球は無く、嗅覚のみで行動していたのかも知れない。
少女は迎えに寄越したと言うが、どう考えても襲われたとしか思えない。
しかし。
崖よりにいたのはルーフェルメだったが、魔物が長い髪を足に巻き付けたのはシルスだった。シルスだと認識していたとすると、ルーフェルメを素通りしたのも合点のいく話ではある。
「シルスちゃんを迎えに、ってどういう事?」
――ルメがシルスちゃんを助けようとしたのは無駄だったかもしれない……!?そんなコト、あっていい筈が無い!
ルーフェリカは憤りを隠せないでいた。最悪の場合、ルーフェルメは命を落としていたかもしれない。
生きているとは言うものの、双子の妹が危険な目に合った事に変わりはないのだ。
「まあ怒るな、片割れよ。いずれ解る。信用せい」
「出来ないよ。信用しろって言う根拠は?」
「そんなもん無いわい。疑心暗鬼になるのも無理はなかろうがな。イヤなら来なければいい」
白い少女はまるで悪びれた様子も無く事も無げに言ってのける。
これまでの話を黙って聞いていたラズラットは魔物との戦いを思い返していた。
――狂暴に見えたあの魔物がペット?ペットは主人に似ると言うが……あの魔物は主の性格に似たという事か?
「そこな魔法戦士よ」
「はっ。何か?」
「ヌシには、ワシがアレに似とる様に見えるのか?」
「いえとんでもない。あなた様はとても見目麗しゅうございますよ?」
「ふん。オマエはなかなかにクセの強いヤツじゃの。まあ立ち話もなんじゃから、早速お仲間の元に連れてってやろうかの。あ、ワシは浮いとるから浮き話て言うた方がええかな?ほほほー」
ルーフェリカは葛藤する。
妹を危険な目に合わせた魔物を寄越したこの白い少女を信用してもいいのかと。
ふわふわと宙に浮く人ならざる魔物の言う事を信じてもいいのかと自問する。
――でも……ルメが生きてる?本当に?
状況的には、このまま二度と妹には会えないのかもとさえ心の何処かで思う。
だが白い少女は言う。
信用しろ、と。
「こっちじゃ。ついて来るがよい」
白い少女は、皆を散歩にでも誘う様な軽い口振りでそう言った。
「……行ってやろうじゃないの!」
「なかなかに鼻息の荒い、馬のしっぽアタマじゃの。ほほほー」
「……ポニーテールって言うんだよ。覚えておくといいよ」
ルーフェリカの胸中に、妹ルーフェルメの笑顔が去来する。
――絶対、一緒に帰ろうね!ルメ!
◇
白い少女の先導の元、一行は深部へと進む。
ゴツゴツとした岩の足場に変化は無いが、歩く速度は先程とは段違いに早かった。
魔法のランタンだけでは照射範囲が小さく、半ば手探りでの行軍は不要な時間を要してしまう。
だが今は一行の周囲だけが、正確には白い少女の周りが昼間の様に明るい。
白い少女自らの発光によって周囲は明るく照らし出され、後ろを歩くラズラットには眩しい程に、しんがりのディロンが持つ魔法のランタンが不要なほどである。
魔法戦士ラズラットは興味津々で発光する少女の背を、手で光を遮りながら時折見つめる。
圧倒的な存在感と絶対的な力を持つ未知の存在との遭遇に心を踊らせ、少年の様にわくわくしていた。
白い少女への敵対心など既に無く、むしろ友好に接したいという思いさえ沸き上がる。
――どうやって発光しているのだろうか?
――身体が浮いているのは魔法ではないのだろうか?
――この小さな身体の何処にそんな力が?
少女の背を見つめ思案を巡らせるラズラットに、不意に白い少女がふっと振り向き。
「そこな魔法戦士よ」
「はっ」
ラズラットが畏まったように姿勢を正す。
「オマエの視線は何処かヨコシマじゃのう」
「えっ?イヤ、まさかそんな。僕はあなた様の未知なるチカラに惹かれているに過ぎません。その容姿に興味があると思われるのは心外です」
「ズラさんは一回やらかしてるからな。なあ、シルス?」
「シルスちゃんよりちっちゃい子に、って言うか、人間かどうかもわからないのに……ヤバいよね。ねえ、シルスちゃん?」
と、半ば慌てて取り繕うラズラットにアルシーアとルーフェリカが追い討ちをかける。
――わたしより小さい女の子に興味があるなんてっ。やっぱりガチのロリコンのヘンタイさんなんだ……なんかガッカリですよラズラットさんっ。
と、二人に話を振られたシルスは内心思うのだった。
「あの……君達、僕を不審者を見るような目で見ないでくれるかな?」
ラズラットは少女に対する好奇心を態度には現さないが、その目には現れてしまっていた様だ。
だがラズラットは挫けない。
未知の存在との接触など、この先の人生でそう何度もあるとは思えない。
千載一遇の好機と捉え、ラズラットは白い少女に向き直る。
「一つお訊きしてもよろしいでしょうか?」
「なんじゃ」
「ここは、あなた様の根城なのですか?」
「まあ、そうじゃな」
「地上の幻の湖はあなた様が?」
「ワシがな。カムフラージュとしてこさえたんじゃ。それでもオマエ達の様に侵入してくる輩は少なくないがな。大抵死ぬけど」
「それでは、あなた様が……」
「その『あなた様』ってなんか気に食わんからやめい、魔法戦士よ」
「では、なんとお呼びすればよろしいでしょうか?」
「そうじゃな……そこなハーフエルフよ」
「えっ?わたし?」
「ハーフエルフはオマエしかおらんじゃろ。ワシに名前を付けるコトを許す」
「えっ?名前?アナタ、名前が無いの?」
「苦しゅうない。ほれ、さっさと名付けよ」
「なんでそんな上から目線なのっ?」
白い少女は明らかにシルスを下に見る態度で、細い腰にか細い手を当て、ふん反り返る。
「人に物事を頼む時は『お願いします』って言うのがレイギなんだよっ?」
「じゃあ、オネガイシマス」
白い少女の意外にも素直な返事に戸惑うが。
「しっ、仕方ないなあ」
と、何処か嬉しそうにお姉さんぶっちゃうシルス。
これまでの旅の中で出会った人達の中でシルスは常に最年少であり、自分より小柄な者と接する機会は皆無だった。
この白い少女の年齢は不明だが、見た目だけは明らかに年下である。
異形の姿とは言え、自分より小さい女の子に『オネガイシマス』と言われて悪い気はしないシルスであった。
「名前かあ……いきなりだなあ。じゃあ、えっと、名前の由来ってあった方がいいかなっ。アナタは何処から来たの?」
白い少女は小枝の様に細い人差し指を立てて、すっと頭上に向けた。
「ん?地上から、ってコトかな?」
「宇宙じゃ」
「えっ!?」
「聞こえんかったか?宇宙じゃ」
「宇宙からっ?って?どうやって?」
「彗星に乗って来たんじゃ」
「……彗星っ!?」
「この下に埋まっとるんじゃ。オマエ達には宇宙隕石と言った方が解り良いか?魔法戦士の魔法の眼が潰れてしまうほどに強大な魔力を秘めた魔力核。それに乗って来たんじゃ。それがワシそのものと言ってもよい」
――宇宙隕石そのもの?この子は何を言ってるんだろう?
にわかには信じられない突拍子も無い少女の話に、シルスは大きな目をパチクリさせる。
「いっ、隕石に乗って来たんだー、へー。スゴいねえ」
「オマエ、信じとらんじゃろ?」
「えっ!?そんなコトナイヨっ?」
「この宇宙にはオマエ達の知らないセカイが無限に拡がっておる。無限にな。それを理解せよと言うのは無理なハナシかも知れんかの。単純に言うと、ワシは宇宙の生命体じゃ。色々な呼び名があるが、オマエ達は『マボロシのケモノ』とか『フォーチュン・レガシィ』とか言うたかの」
「マボロシのケモノ……!?」
思わぬ単語が少女の口から飛び出した。
フォーチュンレガシィとは初耳だが『マボロシのケモノ』とは、シルスがこの旅に出る際に時の魔女シェラーラや、魔女シャン、シンディが唱えた呪文に入っていた文句である。
「ややこしく考える必要は無いじゃろ。『マボロシのケモノ』も『フォーチュン・レガシィ』も単純に言うと『特別な存在』と言うコトじゃ。ただの単語に過ぎん」
「ただの単語、って……」
「名前そのモノに力は無い。名前が持つチカラと言うものは後から付加価値として付いてくるモノじゃと思わんか?」
思わんか?と言われても、正直、シルスは『わかりません』と答えるしか無い。
「シルス君。実際の戦場で活躍した無名の戦士よりも創作された英雄譚に出てくる主人公の方が有名、って考えると解りやすいんじゃないかな?」
ラズラットの解説にシルスは、ああ!と納得した様だったが、それでも、ん?と目は泳いでいた。
「オマエ達はどうしてそうも曲解したがるんかのう?まあ、そんなコトはどうでも良い。ワシに名前をつけい。ほれ」
――なんでそんなオウヘイな態度なのっ?
とシルスは思うが、また話がずれてしまいそうな気がして言わずにおいた。
「うーん……じゃあ。彗星と竜に因んで、メトランちゃん!ちょっと言いにくいからメトラちゃん!どうかなあ?」
「それ採用。ワシ、今からメトラちゃん」
「はやっ!え、いいの?」
「構わんぞ?なんかおかしいか?」
「いいんだ……なんかこう……もうちょっと悩んで欲しかったっていうか……」
白い少女に名前が付いた。
その名は『メトラ』
宇宙隕石に乗ってやって来た宇宙の生命体である。
白い少女の名は『メトラ』。
名付け親はシルスです。メトラの目的は何なのでしょうか?
次話『飛び降りよ』
◇ 面白かったよ!
◇ 続きが気になるよ!
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