精霊のお告げ?
ディロンは眉間に皺を寄せて苦悩する。
あろう事か、四人の少女の中から犠牲者を出してしまうとは。
慢心の一言では到底片付けられない失態。
大失態である。
「ラズラット、少しいいか?」
「はい、ディロン様」
ディロンとラズラットが三人と距離を取り、今後の行動を話し合う。
「まさかこの様な事態に……犠牲者を出してしまうとは……」
「正確な深度は解りませんが……遺体の回収は不可能では……」
ぼそぼそとだが聞こえてくる騎士二人の会話。
聞きたくもない言葉の連続にアルシーアは二人の元に歩み寄り、憤りを隠さず思いの丈をぶつける。
「ふざけるなっ!犠牲者とか遺体とか言うな!ルメはっ……!ルメは死んでねえっ!」
アルシーアが二人を睨み付け、ディロンの甲冑をガン!と激しく殴りつけた。
それが合図であったかの様に、その空色の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
アルシーア自ら『死』という単語を口にした事で、受け入れ難い事実に直面していると理解してしまった所為である。
アルシーアとルーフェリカは、ルーフェルメが転落した瞬間を見ていない。
多少の傷はあるもののシルスは無事に戻ってきた。だから、きっとルーフェルメも無事に違いない。
心の何処かでそう思っていた、いたかったのだが、騎士二人の『犠牲者』『遺体』という思いやりの欠片も三人への配慮も無い言葉にアルシーアは激しい憤りを覚え、感情が爆発してしまったのだった。
やり場の無い怒りと悲しみは涙となって、アルシーアの頬を濡らす。
「騎士だって言うんならさあ!女子供守るのが仕事の内なんだろ!?弱い者守る為に騎士になったんだろ!?なんだよ犠牲者って!」
「……すまない……アルシーア。私の言葉が足りなかった」
騎士ディロンの素直な謝罪。
アルシーアは誰も何も悪く無いと解っているだけに、その目を見る事が出来なかった。
無言で背を向けて二人の元から離れると、ルーフェリカが静かにアルシーアに歩み寄りその肩をそっと抱いた。
シルスは独り思い悩む。
全ての事の発端は自分自身である、と自責の念に苛まれていた。
――わたしのせいだ……っ……わたしのせいで……
――わたしが、未来から来なければ……
――わたしが、時渡の秘術なんて知らなければ……っ!
――ファルナルークさんに会いたいなんて思わなければ……!
――こんな事になるくらいなら、何も知らないままでいたかった!!
『辛い事や悲しい事もあるだろう。最後の最後に決意を持って決断するのは自分だと言う事を、忘れないようにな』
温かくこの旅に送り出してくれた筈のシェラーラの言葉がシルスに重くのしかかる。
――どうしたら良かったんだろう?
――どうすれば良かったんだろう?
きゅっと目を瞑ると、落下する直前のルーフェルメの笑顔が瞼の裏に浮かぶ。
――ルーフェルメ、さ、ん……っ
涸れる事を知らない涙がシルスの頬を伝い落ち、固い岩盤に染みを作った。
シルスは心も身体も消耗度合いが著しいと判断し、少しの間休憩を取る事にする。
太陽の位置が良く無いのか大穴の中は薄暗く冷えていた。少しでも身体を冷やさない様にラズラットが魔法品の火を焚き、湯を沸かした。
ディロンはこの編成隊のリーダーとして決断を迫られる局面にあると理解し、周囲を警戒しつつ魔法の炎を背に思案を巡らせる。
――進むか退くか……ルーフェルメを探す余裕は今の我々には無い。これで撤退とし後日、捜索隊を編成して遺体の捜索にあたるか……
シルスはルーフェルメの悲劇を目の当たりにし、ショック状態にある。
アルシーアも感情が昂り平常心でいられるような状態ではない。
ルーフェリカは落ち着き冷静に見えるが、双子の妹を失った悲しみは計り知れない。
――三人は心身共に消耗しきっている……ここまでか……
◇
ラズラットとディロンは見張りをし、三人は火を囲んでしばらく身体を休める事とした。
緩やかに揺らめく魔法の炎。
ラズラットが所有する魔法品の一つである。
三人で炎を囲んではいるが、シルスは俯いて膝を抱えたまま顔を上げようとしない。
アルシーアとルーフェリカは黙って揺らめく炎を見つめ、ディロンとラズラットは炎を背に何かを思案しているようだった。
薪を使わない魔法の炎は音を立てない。
薄暗い大穴の中、音の無い沈黙の世界。
動物はおろか、虫の鳴き声すらも無い静寂の世界。
その静寂と沈黙を破り、静かに口を開いたのはルーフェリカだった。
「ねえ……シルスちゃん。ルメってね、ちっちゃい頃は、アタシより積極的で活発な子供だったんだよ。とてもそんな風には見えなかったでしょ……?」
シルスは膝を抱えて座り、俯いたまま顔を上げようとしなかった。
アルシーアがルーフェリカに続いて思い出を語る。
「……そうだったな……いつもニコニコ笑顔で踊ってて賑やかでやかましくて、みんなの輪の中心にいるようなヤツだった」
二人の声に顔を上げると、ゆらゆらと揺らめく炎の灯りがシルスの泣き腫らした瞳に映る。
涸れ果てる事を知らない涙が一滴、再びその頬を伝って落ちた。
「あたしらが住んでた村が魔獣に襲われて、たくさんの人が死んじゃって……何人かが生き残ってさ。その何人かの内があたしら三人だったんだ」
「アタシ達には引き取り手も無くて、どうやって生きていけばいいのか、わからなかった。そんな時、ナルミさん達に出会ったの」
「あたしらを引き取ってくれたのはナルミさん達だけど、その時のあたしは生きる意味も気力も失くしてたんだ。ガキのくせにさ。そんな時、ルメが誘ってくれたんだ。
『みんなで一緒に劇団に入ろう!一緒に踊ろう!』ってさ。
ナルミさんは元からそのつもりだったみたいだけど、あたしは最初はそんな気なんて無かったからな……踊りを始めるきっかけを作ったのは間違い無くルメだよ」
「そうだったねー……アタシとシアシアは毎日のように泣いてた。でも、ルメは違ったの。『天国の父さんと母さんに笑顔を届ける為に頑張って生きるんだ!』って……アタシとシアシアの手を引いて……ナルミさんに向かってさ『ルメちゃん達に踊りを教えて下さい!』って」
アルシーアとルーフェリカは今でも忘れない。あの日の約束を。
ルーフェルメと交わした
『三人で一番の笑顔を届けよう!』
という約束を。
「熾炫を結成したのはあたしだけど……ルメがいなかったら、あたしは踊りなんてやってなかったと思う」
シルスは無言のまま、息の合った語り口で交互に話す二人に聞き入っていた。
「……あたしは泣くななんて言わない。たくさん泣けばいいと思う。でも、そんなのルメは喜ばない。それだけは……忘れないで欲しい」
アルシーアの言葉を最後に、再び静寂が訪れる。
シルスは終始無言だった。
なんと答えていいのかわからなかった。
ただ溢れる涙が、その答えだった。
「……三人共、少し横になるといい。身体を休めておかないと」
背中越しに話を聞いていたディロンが優しく諭すように三人に告げた。
ディロンの心に染み入る様なよく通る低い声は人の心を落ち着かせる効力がある。
ディロンの言葉に素直に従い、三人はそれぞれのリュックを枕にして横になった。
シルスの目に、小刻みに震えるアルシーアの肩が炎越しに映る。
声を押し殺して肩を震わせるアルシーアの姿を見て、シルスの目に再び涙が浮かび、その頬を静かに伝い落ちた。
――シアさんも……ルーフェリカさんも……どうしてそんなに優しいんだろう……?わたしは……何もしてあげられなのかな……
横になって炎を見つめている内に、いつの間にかシルスは微睡んでいた。
夢を見ている様な、現実では無い様な不思議な感覚。
――今までの事が全部、嘘だったら……いいのにな……
瞬きを三度する内に、シルスはすうっと眠りに落ちた。
どのくらいの時間が経っただろうか。
1分か、1時間か。
シルスの頭の中に直接語りかけてくるような、すきま風の音に似た声が響いてきた。
――シルスちゃーん……
――シルスちゃーん……
『……ん……?誰?……のててちゃん?れててちゃん?』
その声は、湖畔の宿屋で拾った綿ボコリの精霊の声だと即座に気付く。
――生きてるヨー……
――ニンゲンのオンナノコ生きてるよー……
『……えっ!?本当に!?』
――もう少し先に進んでくれたら、ボク達のチカラが戻るから……
――もう少しだけ、頑張ってー……
『……ほんとに本当なの!?ルーフェルメさんは生きてるの!?』
――そうダヨー。だから、もう少しだけ、頑張ってー……
……ちゃんっ。
「シルスちゃんっ……シルスちゃんっ?」
「はえっ!?あれっ!?」
シルスが揺り起こされパッと目を開けると、ルーフェリカが翠色の瞳で心配そうに覗き込んでいた。
「ルーフェリカしゃんっ?」
「大丈夫?うなされてたよ?」
「えっ、あの、はいっ?ダイジョブれすっ」
――……良かった……いつものシルスちゃんだ……
明るい声音のすっとんきょうな返事。
ルーフェリカはほっと胸を撫で下ろし、シルスの身体を起こした。
「ディロンさんが、これから先の事について話があるから、って……」
「これから……?」
ルーフェリカは何かを悟った様な、諦めに似た浮かない表情である。
その表情を見て、シルスはおおよその察しがついた。
ディロンはいつになく険しく真剣な表情で三人の前に立つ。
「三人とも座ったままでいいから聞いて欲しい。このまま進むか撤退するかを協議している時間は無い。この先にどれ程の危険があるか分からない。現に、魔物に襲われた事は紛れも無い事実だ」
皆、無言でディロンの話を聞いている。
ディロンは決断を静かに告げた。
「アールズ騎士団副隊長補佐として撤退も止む無しと判断する。異論は認めないが、言いたい事があれば聞こう」
ディロンの迷いの無い凛とした張りのある声音。有無をも言わせない圧倒的な牽引力のある声だ。
だがアルシーアには気になる点が一つあった。
すっと立ち上がりディロンの目を真っ直ぐに見つめて問いかける。
「副隊長補佐として、って言ったよな?じゃあさ、デロンデロンさんはどうなの?個人の意見を聞かせてよ」
「個人的には、か。鋭い所を突くね、アルシーアは」
「で?どうなの?」
「……私としては。ルーフェルメを探したい。だがそれは許されない。これ以上君達を危険な目に合わせる訳にはいかない。それが騎士としての務めだ」
「そっか……」
アルシーアは一言だけ溢してそれ以上は何も言わなかった。
ディロンの騎士としての判断に間違いは無い。ここで誰かが駄々をこねても、それはただ時間を浪費するだけである。
ディロンはふと気付く。
つい先ほどまで、憔悴しきって青ざめていたシルスの表情の変化に。
覇気を失い何かを諦めたような顔などでは決して無い。
その目に宿る光に『何か』を感じる。
――……この短時間で仲間を失ったショックから立ち直れるものだろうか?
最年少のシルスに進退を決めさせるのは流石に酷というものだが、敢えてディロンはシルスに問う。
「ここで引き返すのも仕方の無い事だと思うが……シルスはどうしたいかね?」
「えっ……わたしは……」
――言った方がいいのかなっ?いいんだよねっ?言わなきゃ後悔する!きっと!決意を持って決断をっ!
「あの!ルーフェルメさんは生きてます!さっき、精霊が教えてくれたんです!」
「「「えっ!?」」」
驚きの声を重ねたのはアルシーアとルーフェリカ、そしてラズラットだ。
ディロンはつとめて冷静にシルスに問う。
「……精霊?ここには精霊がいないって言っていなかったかい?」
「あの、実はですねっ。わたし、ある場所で精霊を拾ったんです。ドコかは言えないんですけど、ずっと一緒に旅をしててっ。最近は声が聞こえなかったんだけど、さっき、このリュックの中から声が聞こえたんですっ」
「その薄汚いリュックの中に?」
と、ラズラット。
「薄汚いは言い過ぎだろ、ズラさんっ」
と、アルシーア。
「シアさんっ。庇ってくれるんですかっ?ちょっと嬉しいです!」
「せめて、こ汚いって言わないと、なあ?」
「なんてコト言うんですかっ。がっかりですよシアさんっ」
シルスの言葉にラズラットはすこぶる訝しげである。
――精霊?リュックの中に精霊?そういえばそんな事も言っていたような……いや、ショックのあまり錯乱状態に陥ってしまったか?
「すまないけどシルス君。皆の名前を言ってみてくれないか?」
「えっ?ディロンさん、ラズラットさん、シアさん、ルーフェリカさん、ですよっ?」
「ここは何処か解るかい?」
「えっ?竜の巣、ですよっ?」
「僕達は何をしにここに来たのか覚えているかい?」
「えっ?竜の調査、ですよっ?大丈夫ですかラズラットさんっ?アタマおかしくなっちゃったんですかっ?」
「イヤ、おかしいのはシルス君の方でしょ。いきなり精霊って言われてもさ」
「ズラさんってそんな喋り方だっけ?もしかして本性出てる?」
アルシーアが意地悪い顔をラズラットに近づけると、ごほんと一つ咳払いをしてラズラットが言葉を紡ぎだした。
「僕にも意見はある。冷静になって聞いて欲しい。生存者を探しに行き自らも屍になるなど笑い話にもならない。今はそれを笑える状況にはない事は明白だよ。
僕は引き返すべきだと思う。
これ以上深部に降りてもデメリットしか無い。更なる犠牲者を出さない為にも……残る者達の生存を最優先に考慮するのであれば」
一呼吸の間を置いて、ラズラットはディロンに促す。
「撤退の……ご決断を」
と。
「ラズラット……それは一人の騎士としての発言と受け止めよう。君個人は……どうしたい?」
「僕個人としても、撤退すべきだと思います。これ以上進むにはリスクが大き過ぎます」
「もし!……もし、ルメが生きてたとしてもかよ?」
アルシーアの声に怒気がこもる。
「……そうだ。五人の生存を優先する」
「ズラさんがそんなコト言うなんて……っ……見損なったよっ」
アルシーアは迷いの無い瞳でラズラットを睨みつけた。
その瞳には。
涙が浮かんでいた。
アルシーアの涙を見ても。
見損なったという言葉を聞いても。
ラズラットは動じない。
自分の判断に間違いは無い、と絶対的な自信を持つが故に。
シルスの言う事は鵜呑みに出来ないが、不思議な魔法紋様を持つハーフエルフの言葉に乗ってみるのも面白いかも知れない、とも思う。
だが、この逼迫した状況で高いリスクを持って深部へと進むのは無謀過ぎる。
ラズラットはそう判断したのだった。
ディロンは思案を巡らせる。
ラズラットの言う事は間違いなく正しい。
だが、シルスの言葉に嘘は無いと信じたい。
「シルスの持つ精霊は悪い精霊では無い、と言い切れるのかい?」
「悪い精霊だったら、とっくに悪いコトしてると思いますっ。今までずっとおとなしかったからダイジョブですっ」
「その根拠は?」
「コンキョ……精霊力の弱っちいわたしでも、良い精霊と悪い精霊との区別くらいなら出来ます!だからダイジョブです!」
「ふむ……」
仮にルーフェルメが生きていたとして。
彼女を救出に向かい、生きて戻る事が出来るだろうか?間違いなく、水と食料は底をつくだろう。
再び魔物に襲われる可能性も無いとは言えない。むしろ未知の魔物に遭遇する確率の方が高いかもしれない。
その時三人を、ルーフェルメが無事ならば四人を、彼女達を守りつつ対抗出来うる体力が残っているだろうか?
一人の犠牲で五人が助かるなら。
騎士団長なら。隊長なら。
迷い無く『五人の生存』を優先するだろう。
だが自分は。
ただの副隊長『補佐』じゃないか。
ディロンは己の心に問う。
撤退しても悔いはないのか。と。
心の中の自分は応えた。
悔いしか残らないよ、と。
――そうだな、ディロンよ。俺はそういう男だったな。
ディロンは決意を持って宣言する。
「生きている可能性があるならば救出に向かうべきだと私は思う。これよりルーフェルメを救出に向かう準備をする。異論はあるか?」
ディロンは撤退よりもルーフェルメ救出を選びました。
竜退治の話は何処へやら?
次話『精霊?幽霊?』
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◇ 続きが気になるよ!
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