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魔法戦士 ラズラット!

この作品は『ノベルアップ+』にも掲載しています。


 翌日、岩盤ベッドで眠ってしまった所為で固くなってしまった身体を解しながら朝のミーティング。

 ダンジョンなどとは異なり、大穴の上空の明るさで時間を知る事が出来るのは、この先の行程を考慮する上でも非常に有難い事である。


「下りよりも登りの方が時間がかかる。初日を見た限りでは、正直に言うとここには何も無いように感じられた。最深部へ降りるのは無謀すぎるし時間と装備が足りない。今日、ある程度まで降りた所で何も無ければ探索は終了として帰還する。異論はあるかな?」


「無いでーす!」

 と、元気良く返答するルーフェリカ。


「ここまで来たのも結構な挑戦だったんじゃないの?なんも無いってのが解った事自体が貴重なデータなんだから、それでいーじゃん!あたし達がここに来た事に意味があったってんならそれはそれでヨシ!」


 アルシーアの発言に二人の騎士は思わず顔を見合わせた。


「ん?ナニ?あたし何かおかしなコト言った?」


「珍しくまともな事を言うものでな。少々驚いた」


「ああん!?あたしはいつもマトモだよっ!」


 そう言っていつものようにプイッと顔を背けるアルシーア。


 ――なんでディロンさんは余計な一言を言ってシアさんの機嫌を損ねちゃうんデスカネっ?


 とシルスは思うがもちろん口にはしない。このパターンにも慣れてきましたよ、とも思いつつ。


 質素で簡素な朝食を終え、昨日と同じ隊列で行軍を開始する。

 深度が増すにつれて地上からの明かりも届き難くなり、周囲は徐々に夕闇に包まれたように薄暗くなっていく。

 足場は悪くは無いが、一歩間違えば暗い大穴の底に向かって真っ逆さまに落ちてしまう。


 一歩ずつ慎重に、特に先頭のラズラットは誰よりも神経を尖らせて前方と足元に注意を払いつつ歩みを進める。

 

 進む毎に辺りは薄暗くなり、太陽光の届かないような場所では空気が冷えてきていた。


「なんか雰囲気出てきたなー。いかにもなんかいます!って感じだよねー♪ワクワクするよねー♪ゾンビいるかなあ?なんか、シアシア静かだね?ビビってるぅ?」


「ビビってねえし!集中してるだけだし!よそ見してたら落っこっちゃうぞリカっ!シルス、お前エルフなんだろ!?光の精霊呼び出してパーッと明るくしてくれよっ!」


「エルフって言っても半分だけですようっ。光の精霊なんて上位過ぎて声も届きませんよう」


「なんてヘボい。なんか役に立つ精霊呼び出せないのかよ?」


「綿ボコリの精霊と話せますよ!このリュックの中でぺったんこになってるけど!」


「いらねーわそんなもん。精霊っていろんなモンに宿るんだろ?ここにもなんかいるんじゃないのか?」


「ここは……精霊の気配が無いんですよねー」


「精霊の気配が無い?……どういう所でそう思うんだい?」


 と、先頭を歩くラズラットがシルスの言葉に振り返る。


「風が無いですよね。精霊がいれば少なからず風があると思うんですけど……わたしでも風の精霊の存在くらいなら少しは感じられるのに」

 

「風が無い……それは僕も不思議に思っていたよ。そうか。精霊がいない大穴、か」

 

           ◇


 昨日と同じく二時間おきの休憩を取る。

 順調過ぎるくらいに順調だが、この様な時こそ気を引き締めないといけない。


「ここで休憩しよう。皆、汗を掻いていないか?身体を冷やさないように暖を取ろうか」


 休憩するにはお誂え向きの広い場所だが、周囲は薄暗く不気味な雰囲気を醸し出している。

 ラズラットがランタンと魔法品の明かりを灯すと、四人に僅かだが安心感が生まれほっと一息つく事が出来た。


「薄暗闇の中での行軍はそれだけでストレスとなる。こまめに休憩を挟んで体力を温存しながら進もう」


 ディロンが周囲を見回りに行き、その間にラズラットが湯を沸かし皆に温かい飲み物を準備する。


「ラズラットさんは何でも出来るんだねー。すごーい」


 ルーフェリカが手慣れた様子でサクサクと準備をするラズラットに感嘆すると、ラズラットはそうでもないよ、と応えた。


「全て訓練のメニューに入っているんだよ。火起こしでも湯沸かしでも、出来て当たり前の事が一つでも増えれば、全ての事に余裕が生まれる。生存確率も格段に高くなるからね」

 

「まあねー、こんな場所で右も左もわかんないとかってなったら、フツー死んじゃうよね」

 

 と、ルーフェリカがさらっと怖い事を言う。


「で、君達は何が出来るんだい?」


「なに、って……うーん、踊りくらいしか出来ないよねえ」

 

「踊りだけかな。勉強苦手で踊ってばっかだしなー」

 と、アルシーア。

 

「ん?勉強苦手なのはシアシアだけだよう?」

「アタシ達はちゃーんと勉強してるもんねっ。文武両道!この場合、文踊両道かな?」

 

「夏休み前の学年試験、ルメちゃんは5位でしたー!ちなみに4位とは3点差、3位と15点差!惜しい!頑張ったルメちゃん!」


「へえ、勉強得意なんですねー。ルーフェリカさんは?」


 シルスの問いにルーフェリカは無言で右手の人差し指と中指をしゅっと突き出す。

 

「2位!?」と、驚くシルス。

「20位でしたー!」

 

「ベタなボケをするなっ!もっとひねれ!」

「えー!?シアシアはボケにキビシーよねえ」

 

「シアさんは?学年何位だったんですかっ?」

「ふふーん!」


 満面の自慢気な顔で人差し指を一本、頭上に掲げるアルシーア。

 

「下から1番?」

「下から1番でしょお?」

「えっ!最下位ですかっ!?」


「なんっでだよ!1位だ1位!」

 

「えー!ホントですかー!?」

「つまんなーい。シアシア、つまんなーい」

 

「なんっでだよ、アタシの1位がそんなに不満かよ!」

「勉強苦手で踊ってばっかり……って……あ!まさか、カンニ……」

 

「違うわっ!実力だ、じ、つ、りょ、く!」

「頭良いのに頭悪そうに見えるのはなんでかなあ?」


「……あたしにはそんなに信用が無いのかっ」


 ――日頃のオコナイが悪いせいですよ。

 とシルスは思うが、思うだけにしておく。ぽろっと溢《こぼ》そうものなら後で何をされるかわからない。


 ディロンが見回りから戻ると、四人はいつものようにワイワイしている。

 おとなしくじっとしている事が出来ないものかと半ば呆れつつ、アルシーアの意外な成績の良さに賛辞の言葉を贈る。


「アルシーアは学業成績は良いのか。人は見かけによらないものだな」


「ああん!?何だよ聞こえてたのかっ」


「あれだけ声が大きいと聞こえるさ」


 ――どうしてそんなヨケイなヒトコトを言っちゃうんですかね、またシアさん怒っちゃうのに。

 とシルスは思うが例によって口にはしない。


「君達と同じ歳の頃、私は万年学年最下位だったよ」


 えっ!?と一同の声が揃った。思わぬディロンの告白《カミングアウト》にラズラットまでもが驚きの表情を隠せないでいた。


「……なーんだよデロンデロンさんよー?最下位だったのー?あ、そーう。へーえ、ふーん♪」


 ディロンは万年最下位だったと聞き、アルシーアはすこぶる上機嫌だ。


「今のあたしって、頭の固いおっさん騎士よりも成績いーんだー♪ふーん、へーえ♪」


 アルシーアは知らない。

 ディロンは妹が亡くなった後、家から一歩も出ず、体型や顔つきまでもが変わってしまうほどに昼夜問わず勉学に励んだ事を。

 騎士を目指し、骨格が変形してしまうほどに身体を鍛え抜いた事を。


 ディロンはそれを語らないし、誰にも言わない。

 驕り高ぶり優越感に浸るのは、自分自身を貶めるだけだと知るが故に。

 

「勉強でわかんないコトがあったら教えてあげても良いような気がしないでもないぜっ?」


「言い方がヤヤコシイですよ、シアさ……ん?」


 シルスは普通の人間よりは夜目が利く。

 アルシーアの肩越しに何かが動いたような気がして、じっとそこを注視してみると。


「……アレ、何ですかね?」


 シルスが指差すその先に。

 薄暗闇の中から、そ(・)れ(・)は突然現れた。


 ガッガッと岩を蹴るような音と。

 ふしゅっ!ふしゅっ!と動物が鼻息を荒げる音と共に。


 他愛の無い会話、ゆったりとした時間を打ち破る緊迫感。

 ただならぬ気配に皆即座に立ち上がり応戦の態勢を取る。

 

 ラズラットが皆を守るように前に進み出る。

 左後方には上司であり盟友でもあるディロンが立ち、その後ろにシルス達。


 暗がりから徐々に近づいてきて、炎の明かりの元に浮かび上がったその姿は。


 首から上は牛と馬と豚を掛け合わせた様な頭に長い黒髪。

 異形の顔に眼球は無く頬の白い骨が黒髪の隙間からチラチラと覗き、長い牛の舌をだらりと出し大量の涎をぼたぼたと垂らしている。

 上半身は屈強な、おそらく大人の男性。左腕は手首から先を失っている。

 下半身はカモシカの後ろ足の胴体部分を無理矢理くっつけたような人ならざる魔物。


「ウソ……っ!だろっ?なんっだよアレ!バケモノっ!?」


 異形の魔物の姿を見て思わず声を上げたのはアルシーアだ。


 ――魔法生物か?何処かに潜んでいたのか。


 ディロンが見回りに出た際には何処にも異常は見当たらなかった。目の前にいる魔物の気配など微塵も感じられなかった。


「下がっていろ、アルシーア。一体では無いかもしれない。後方にも注意する事。いいな?」


「おっ、おうっ!」


 ゆらり、ゆらりと左右に身体を揺らしつつ。 

 だらんと垂らした長い舌からダラダラと涎を垂らしながら、それはゆっくりとラズラット達に近付いて来る。

 

 ラズラットの左側やや後方にディロンが位置取る。

 先制はラズラット、支援《サポート》にディロンの構えだ。

 

「あれが何か解るか?ラズラット」


「初めて見ますよ、あんな異形の魔物は。合成獣《キメラ》であるとしか言えませんね」

 

 だろうな、とディロンは内心呟く。

 これまでに幾度かの魔獣や魔物の討伐任務をこなしてはきたが、ディロンも初めて目にする異形のバケモノだ。


 ラズラットは狭い足場での二刀流は分が悪いと判断し、二振りの剣の内の片方を抜剣し構える。

 ディロンも剣を正眼に構え迎撃体勢を取った。


「仕掛けますか?」


「いや、待て。四人を守る事を最優先とする」


「了解」


 未知の魔物。狭い足場。戦闘経験の無い四人の少女達。

 懸念材料が多いこの状況下で適切な判断を下すのは難しい。


「うわー。気色悪いなあ」


 と、ルーフェリカはバケモノを目の当たりにしてもまるで他人事の様に溢《こぼ》す。


「ルメちゃんっ、ああいうのニガテなのおっ!助けてシルスちゃんっ!」


「えっ!?無理です!わたしだってニガテですよっ!?」


 シルスは即答する。

 明らかに自分の手に負える相手では無いと一目で判る。

 ここまでの旅で大型のカマキリや大蛇は目にした事はあるが、ここまでバケモノじみてはいなかったし、そもそも一度も戦いに参加していない。

 戦力外である事は重々承知しているし、出来る事と言えば足手まといにならないように努める事のみ。

 本能的に魔物とラズラットの直線上に自分を位置取り、最も安全と思われる形を作る。


「僕の背から離れるなよ、シルス!」

「はいっ!モチロンです!」


 四人の少女の目に映るのは、ただただ不気味なバケモノの姿。


 ふしゅっ!と鼻息荒く、ガッガッと蹄を鳴らして魔物が威嚇してくる。誰がどう見ても友好的な態度では無い。


 頭の大きさに脚力が追い付いていないようなふらふらとおぼつかない足取り。

 だが。


 とんとんっ!と魔物が跳ねたその瞬間。


 そ(・)れ(・)は六人の頭上を軽々と跳び越え空中で身体を捻り、アルシーアの目の前にすとんと降り立った。


 手練れの二人が前衛に回った事が裏目に出てしまい、不意をつかれたディロンとラズラットは成す術がない。

 ディロンが思わず険しい声を出す。


「アルシーア!逃げろ!」


 ディロンの刃は届かない。ラズラットもまたしかり。


 魔物の右腕がにゅっと伸び、アルシーアの細い首を掴んだ様に見えたが。

 

『?』


 魔物はアルシーアを見失った。アルシーアが瞬時に魔物の視界から消えてみせたのだ。


「はあっ!」


 ばしっ!とアルシーアの屈み足払いが見事に決まり、踵を掬われた魔物はいとも簡単にどおんっ!と後ろ向きに倒れた。

 アルシーアは即座に魔物から距離を取る。


 魔物の跳躍力は野生動物並みだったが、全体的な動きが鈍い。転倒してから起き上がるまでに随分と時間が掛かっている。

 のろのろと四つん這いの体勢になってからピクリとも動かない。


「なんだよ、見かけ倒しかっ?」


 この魔物は頭が大きく足が細い。身体全体ののバランスが悪過ぎる。跳躍力には驚かされたが動きが鈍い。とどのつまりは。


「あたしでもなんとかなっちゃうんじゃないのっ?」


 とアルシーアが強がってみせた瞬間。

 魔物は四つん這いの体勢から跳躍力を活かし、ガッと地面を蹴る音と共にアルシーアに一気に突進してきた。


「速いっ!?」


 避けられない!アルシーアがそう思った瞬間だった。


「『空動《エアムーブ》!』」


 ラズラットが呪文無詠唱で魔法を発導させ、強力な空気の塊を魔物にぶつけると、魔物がもんどりうって転倒し突進の勢いも重なり、ゴロゴロと崖に向かって転がった。

 尚も起き上がろうとする魔物に更なる攻撃を加える。

 

「『閃光弾《フラッシュバレット》!』」


 キュキュキュンっ!


 ラズラットの手のひらから複数の光の玉が射ち出されその内の幾つかが魔物に直撃した。


 シルスはその魔法を知っている。


「『空動《エアムーブ》』って、ファイスさんのマジクススキル……だけどっ、スゴい!全然違う……!」


 シルスが『空動《エアムーブ》』の使い手を見るのは、共に旅をした仲間ファイスに次いで二人目である。

 だが、何かが違う。なんと言っていいのか言葉が見つからないが素直に思う。 


「すごい……!」


『ヴォオオオオっ!!』

 

 けたたましく響く魔物の最期の咆哮。

 一度立ち上がりはしたものの。

 魔物はぐらりと膝から崩れ落ち、どおん!と倒れそのまま崖下へと転がり落ちていった。


 一瞬の静寂。

 ディロンとラズラットはふうっと息を吐き、皆が無事でいる事を安堵した。


 シルスがやや興奮気味にラズラットの元に駆け寄る。


「ラズラットさんっ、スゴいです!ラズラットさんて!ただのヘンタイさんじゃなくて、スゴいヘンタイさんだったんですねっ!」


「……その言い方には語弊があるよ、シルス君」


「ごへい、って何ですかっ?」


「言葉に誤りがある、という事だよ。スゴいヘンタイ、ではなくて凄い能力を持ったヘンタイと言ってくれると助かる」


「結局ヘンタイさんには変わり無いんですねっ?あのあのっ!ラズラットさんはマジクス、って聞いたコトありますかっ?」


「マジクス……?この島の古語で言う所の『魔法戦士』の総称じゃなかったかな?」


「わたしの知り合いに……あっ!いえ、あのっ!何でも無いですっ」


 シルスは言いかけたその言葉を呑みこんだ。

 勢いに任せてペラペラと余計な事を口にしても自分の首を締めるだけかも知れない、とこの旅で学んだからだ。


「ラズラットさんのさっきのアレって、魔法ですかっ?」 

 ――ファイスさんとは違う能力なのかなっ?


「それはね、シルス君」

「はいっ」


「秘密だよ」

「えー!?」


 ラズラットはそう言って白い歯を見せた。


 ――シルス君も何か言いかけて止めたからね。おあいこだよ。


 と、内心でそう思いながら。



「そうか。アルシーアはこの島に伝わる武術を修得していると言っていたな」


「流れ転じて空《から》と成す!流転空《るてんくう》ってんだ!覚えといて損はないぜっ!もっと誉めてもいーんだぞう?」


 アルシーアは自慢気だが、危険な目に合った事は間違いない。

 

 ルーフェルメは懸念する。


 ――みんな無事で良かったけど……引き返した方が良いんじゃないかなあ……


 そう思うルーフェルメの視界の隅で何かが動いた。

 

 ――ん?……何だろう?


 シルスの背後に這い寄る黒い影に気付いたのはルーフェルメだけだった。

 シュルシュルと地面を這う黒い影がシルスに近づいて行く。


「シルスちゃん危ないっ!後ろっ!」


 ルーフェルメの言葉とほぼ同時に、シルスのか細い足首に何かがしゅるりと纏わり付いた。

 

 ラズラットはただのヘンタイでは無く『スゴい』ヘンタイさんだった様です。


 突然シルスに襲いかかった黒い影!


 次話『ルーフェルメ』


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