何事も起こらないのは良いコトです
この作品は『ノベルアップ+』にも掲載しています。
全員無事に下部への降下を終え、皆が安堵の表情を浮かべている。
「スゴいねラズラットさん!一番手ってコワイのにね!さっすが騎士さんだよね!」
「縦の大穴と聞いてある程度のイメージはしておいたからね。もっと際どい山岳訓練もこなしているから、この程度は余裕じゃないと」
ルーフェリカが感嘆した様子で称賛すると、ラズラットは年齢相応の若者らしくややはにかみながら応えた。
アルシーアはおっさん呼ばわりするが、ルーフェリカから見ればラズラットはちょっと歳の離れた兄のような感覚だ。
垂直懸垂下降や岩盤の登り下りは、ディロンやラズラットにとっては想定の範囲内である。
この先も何があるか判らない。
ここはまだまだ入り口に過ぎない、と気を引き締めつつ、先へ進む準備を整えるラズラットであった。
◇
懸垂下降で降り立ったこの場所が大穴探索のスタート地点となる。
最下部へ続く様な道は当然ながら皆無だが、かなり下の方まで歩けそうな足場だ。
ラズラットを先頭にルーフェリカ、ルーフェルメ、シルス、アルシーア、ディロンの隊列で先へと進む。
若年者を真ん中に配置するのはパーティー隊列の基本である。
竜の乙女隊の若年者、シルスは改めて周囲を見渡してみた。
見上げれば青い空。
かなり深い場所に降りた様な気はしたがそれは気のせいで、まだまだ序盤にしか過ぎないと思い知らされる。
赤黒い岩盤からは生命の息吹が感じられない。かと言って死んでいる訳でもない。
――不思議な場所だなあ……
これがシルスの率直な感想だった。
「冒険者ってヤツらはこんな何も無さそうなトコにお宝探しに来たりするんだよなー。ある意味スゲーよなっ。あたしはそんな真似はしないけど」
アルシーアがシルスの隣に並び話しかけると、シルスもその意見に素直に頷いた。
「わたしみたいな一般人がスキ好んで来るような場所じゃ無いですよねー。シアさんはここって、『竜の巣』ってどんなのか聞いた事あるんですか?」
「けっこう前にシンディさんから聞かされたコトがあるな。マボロシのケモノが住んでるって」
「マボロシのケモノ……?」
――どっかで聞いたような……?あれ?なんだっけ?んー?どこだっけ?……んー……あっ!シェラーラ!シェラーラが言ってた!あっ!シンディさんも言ってた!
時渡の秘術。
時の魔女シェラーラがシルスを過去に送り出す際の呪文詠唱にその文句『マボロシのケモノ』が入っていた事を思い出す。
路上パフォーマンスマジックの際、魔女シャン、シンディも呪文詠唱にこの文句を唱えていた。
――そうだ!『マボロシのケモノの名はシルス』って言ってた!何のコトかわかんなかったけどっ。これって偶然なのかなっ?
「『魔を滅ぼすケモノ』っていう意味と『幻影のケモノ』って意味があるんだってさ」
と、アルシーア。
「そういう意味じゃドラゴンなんて幻影みたいなもんじゃない?いるのかいないのかわかんないんだから」
ルーフェリカが二人の会話に参加する。ただ黙々と歩くのはルーフェリカの性分に合わないのだ。
「ディロンさんはドラゴンって見たコトありますかっ?」
しんがりを歩くディロンに振り返りシルスが問うと、ディロンは残念そうに首を横に振った。
「もう何十年とその姿は確認されていない。古い文献によると曽てはこの島にも生息していたそうだが」
「そりゃそうだよなー。この竜退治だって偽物だって王様言っちゃったからなー」
「我が王は直接その様な事は仰っておられなかった筈だが?」
ディロンの声音がやや険しい。
また険悪なムードになりそうな気がして、ルーフェリカが二人の間に割って入った。
「まあまあまあまあ、お二人さんっ!こんなトコでいがみ合いはナシナシ!ねっ!ところでさ、シアシアっ。こんな話知ってるう?」
ルーフェリカが怖い話でもするように声音を低くし、アルシーアとシルスの注意を引く。
顔を寄せ合い、まずは小声でひそひそと。
「……マボロシのケモノってね。そのマボロシ、って言うのがね……魔を滅ぼす、とも、ただの幻影、とも言われてるんだって…………」
話し終えてから一瞬の間を置いて。
「きゃあああああっ!」
突然のルーフェリカの悲鳴にびくうっと身体を震わせ、思わずシルスは隣のアルシーアに抱きついた。
「なんっだよ、それっ。あたしが言ったのとまるまる同じコトじゃねーかっ!寒いわっ!」
「あれー?ダメだったあ?シルスちゃんはビックリしてくれたのにー!あっははー!」
小声で雰囲気を作っておいてから突然の大声で驚かせる、と言う子供騙しのようなよくある手口に引っ掛かってしまうシルス。
「……いつまで抱きついてるんだよっ」
「えっ?あ……っ」
シルスがふっと顔を上げると、バッチリとアルシーアと視線がぶつかり合ってしまい。
二人は思わず同時にプイッと顔を背けた。
――意識しちゃダメだっ!アレは数には入れてはいけないヤツ!不意打ちだったしっ!
アルシーアの空色の瞳を見て不意打ちのキスを思い出してしまい、瞬時に顔が熱くなっていく。シルスは自らペチペチと頬を叩き気合いを入れ、前方に向き直った。
すると目線の先には。
何処かしら切なそうな表情のルーフェルメとニヤニヤとにやけているルーフェリカが二人の様子を見ていた。
「顔赤いよシアシアー♪」
「なんだよリカっ!ニヤニヤすんなよっ」
「シルスちゃんの唇はシアシアに汚されてしまったの……っ」
「ああああれはっ!無効ですっ!数には入らないヤツですよっ」
「お口なおしにルメちゃんと……」
「ダメですようっ」
この四人は放っておくとふざけ出す。
そう判断したディロンはゴホン!とあからさまに大きな咳払いをし無言の圧力をかけて四人に注意を促した。
そんなディロンの対応にアルシーアは不満を隠さず、思った事を口にする。
「あーやだやだっ!陰険なおっさんはモテませんよーだ!」
「陰険なんて言っちゃダメだようっ!シアシアったらあ、ぷふっ」
と、思わず吹き出すルーフェルメ。
「大丈夫ですよっ!ディロンさんはモテモテです!たぶん!きっと!おそらく!」
「シルスちゃんも結構テキトーなコト言うんだねー!あっははー!」
――『竜の乙女隊』と言う名は改めた方が良いのではないだろうか?『かしましやかまし隊』くらいで丁度良いのでは。
と、ディロンは思うが口にはしない。当然の様に噛みついてくると予測されるからである。
特にアルシーアが。
◇
それから二時間近く下部に向かって歩みを進め、休憩を挟み再びの行軍。
足場が崩れたり、落石に見舞われたりする事も無く順調に歩みを進めていく。
ディロンから脚の疲れは無いかと問われるも、四人の内、誰一人として弱音を吐く者はいなかった。
見上げれば空はオレンジ色から濃い紫色へと変化しつつあり、よく見ると幾つかの星がキラキラと瞬いている。
「もう少し先に夜露を凌げそうな岩陰が見える。そこで野営の準備をしようか」
水や食料は限られているが故に、贅沢など出来る筈もない。
夕食の準備も簡単なものである。
湯を沸かし粉末スープで干し肉を茹で戻し肉スープを作り、乾パンで腹を膨らませる。
「乾パンもスープに浸せば、少しは大きくなりますねっ。少しだけっ」
小柄な身体の割りには大食いのシルスには当然の様に物足りないが、贅沢を言える立場には無い。
――無事に地上に戻ったら!いっぱいいっぱい美味しいものを食べる!あっ!これっていい目標思い付いちゃったかも!
シルスは忘れている。
地上に戻る事も大事だが、最も大事なのは『未来に帰る事』だという事を。
「ごちそうさまでしたっ!食事時間短いなー!」
「これは夜が長そうだねー」
と、アルシーアとルーフェリカ。
腹一杯になるまで食べる事が出来た昨晩の会食に比べれば質素なものだから致し方の無い所ではあるのだが。
「ラズラットさんは何してるんですか?」
簡素な食事を終え、岩盤をじっと見つめているラズラットを不思議に思いシルスが問う。
「ん?夜露から水が採取出来ないかと思ってね。ほんの僅かでも水は貴重だからね」
この大穴はすり鉢状の底部分にあたるが、川が流れ落ち滝になっている様な箇所も無く、水の確保は優先事項の一つに挙げられる。
限られた食料の中でも水は特に貴重である。がぶ飲み出来るほど多くの水は持っていない。現地調達出来れば問題は無かったのだが、今のところその見込みは薄い。
ラズラットが岩盤に指を這わせて湿り具合を調べるが、水の流れ落ちた様な跡は見当たらなかった。
――ここ数日は雨が降っていないからか……水の採取は難しいかもしれないな。何処かに湧き水でもあれば良いのだけど。
「んー!明日に備えてもう寝ちゃおっかー?」
背伸びをしながらルーフェリカがごろんと仰向けになり。
「ああっ!?」
と、寝転がった途端に驚きの声を挙げるルーフェリカ。
ルーフェリカの視界に飛び込んで来たのは。
険しい岩盤越しに見える美しい星空だった。
周囲が切り立った岩盤なだけに満天の星空という訳にはいかないが、月も無く星の瞬きを邪魔する無駄な明かりが一切無い。
きらきらと瞬く星空を丸く切り取った様な幻想的な夜空が上空に拡がり、ルーフェリカはそれに心を奪われていた。
「うわー!星空ってこんなくっきりはっきり見えるんだねー!アタシ達のボロ家からじゃこんな風には見えないよね!」
「なんにも無い場所だからこんなに綺麗に見えるんだなー」
アルシーアがルーフェリカの隣に寝転がり夜空を眺める。
ルーフェルメとシルスも横になり、漆黒の夜空に白く輝く砂をちりばめた様な星空に魅入っていた。
「素敵な夜空だねシルスちゃん♪」
「そうですねっ。ブラックチョコに粉砂糖まぶしたみたいですね!」
「シルスちゃん……その例えはどうなのかしら?」
「誰も来ない様な場所でこんな綺麗な夜空アタシ達だけのモノって、スゴいゼータクだよねー」
と、ルーフェリカが溢すが。
シルスは知っている。
ここが『ハイテンションタワー』が建設される場所であるという事を。
ハイテンションタワーは、強大な魔力核から発せられる魔力波を安定させるという目的の他にもう一つ、『竜の乙女の慰霊碑』の役割をも担っている。
だがその事実を知る者は、今ここにシルスしかいない。
自分達が『竜の乙女隊』と銘打って竜の調査に送り込まれた事と、シルスが知る『竜の乙女』の逸話が重なるとは限らないが一抹の不安はある。
――『竜の乙女』は、ものスゴーく強い魔法力を持った魔法少女だったハズだし、その娘の使い魔もとんでもなく強い魔力を宿してた、っていうし……
現在のパーティーメンバーは六人。
踊り娘が三人。これといった特技のないハーフエルフが一人。騎士のオジサンが二人。
どう考えてもこのパーティーに該当する人物はいない。
あまりにも伝承とかけ離れた人材達である。
四人の内の誰かが『竜の乙女』であるとは到底考えられない。
――深く考え過ぎだよねっ。きっとねっ。何事も起こらないのは良いコトだよねっ。
四人の少女達は初日の疲れも相まって未知なる場所であるにも関わらず、いつの間にか眠りに落ちていた。
だがそれはディロンの想定内だ。
ラズラットと交代で火の番と見張りをし、二人の騎士は緊張感を途切らせる事無く大穴での一夜を明かしたのだった。
波風の立たない緩~い大穴での初日でした。
次話『魔法戦士 ラズラット!』
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