出立前夜 ~ナルミの想い~
この作品は『ノベルアップ+』にも掲載しています。
武器や防具、食料や備品といった品々の買い出しを終え、ナルミ宅に出立報告に訪れたのは夕暮れ時だった。
大通りから外れた狭い路地に馬車は入れず、ナルミ宅までは歩いて五分程度の場所とは言え馬車から目を離す訳にもいかず。
買い出しの品々や武器防具といった貴重品だけでなく、馬車ごと盗まれる可能性も無いとは言えない。
ラズラットは馬車の見張り番としてその場に待機する事になったのだった。
騎士ディロンが訪れるとは思っていなかったナルミは始め驚いたが、すぐに極上の笑顔になり若い騎士を家の中へと招き入れようとした。
だが、ディロンはそれを丁重に断った。
ディロンがナルミの前に進み出て、最初に会った時のように片膝をついてナルミの手を取る。
「この度の竜退治にご協力頂き、誠に感謝申し上げます、ナルミ殿。このような慌ただしい日程でなければ時間を取り、ゆっくりと話をしたかったのですが」
「いいえ、そんな……こうして来て頂けるなんて思っていませんでしたから。お礼を言わなければいけないのは私の方です」
――なんだよ、またふにゃふにゃになってるよ、ナルミさんの顔。
とは心の中に留め置くがアルシーアは黙っていられない。
「えー?あたしらのせいで時間無くなったみたいな言い方しないでくんないかなー。デロンデロンさんよー」
「こら、アルシーア。騎士様に向かって失礼だよ!」
「構いませんよ、ナルミ殿。若い内はこのくらいじゃじゃ馬な方が元気で良いと思います」
「またウマかよっ。あたしはウマじゃねえっ」
「さすがは騎士様ですわ。寛大な心をお持ちでいらっしゃいます」
――なーにが『ですわ』っすか、ナルミさんっ!よそ行きの声なんか出しちゃってさっ。
とは流石に言わずアルシーアはプイッとそっぽを向いた。
「シア、リカ、ルメ。三人ともちょっと部屋の中に忘れ物無いか見てきなさい。シルスちゃんも」
「えっ?わたしもですかっ?」
と、シルスが驚くと。
「えー?無いっすよ、なんにも」
と、アルシーアが続き。
「いいから見てきなさいっ」
と、嗜めるようなナルミの言い方にアルシーアはややふて腐れた顔で家の中へと向かい、ルーフェリカとルーフェルメ、シルスの三人も後に続いた。
四人が家の中に入るとディロンがすっと立ち上がり、明日からの日程をナルミに報告する。
「明日の早朝に王宮を出て『竜の巣』へと向かいます。森を抜ける箇所がありますが基本的には街道を馬車で移動する予定ですので、道程的には問題無いと考えております。
期間は四日間を予定しておりますが、場合によっては早く切り上げる事も考えられます。何事も無ければ良いのですが……正直に申し上げますと、未知の領域に足を踏み入れる事には、恐怖を感じています」
騎士でさえ恐怖を感じる、という意外な言葉にナルミは驚いた。
竜の巣と呼ばれている場所は確かに危険な場所であるという認識はあるが、その周辺で魔物が出現したとか人ならざるモノに襲われたとかいう話は聞いた試しが無い。
臆病風に吹かれているとも思えないが少々警戒し過ぎなのでは?とすら感じる。
が、相手は騎士である。恐らく、幾通りもの事案を想定しているのだろうとナルミは推察する。
「……思慮深い騎士様に一つだけ、お願いがあります。申し上げてもよろしいでしょうか?」
「はい。ご遠慮などなさらずに、なんなりと」
「アルシーア、ルーフェリカ、ルーフェルメ。あの娘達には……親がいません。私が育てた、とは言いませんが……私の大切な家族です。ですから……」
「はい……ナルミ殿。約束致します。アールズの騎士の名の元に。ナルミ殿のご家族たる彼女達を、必ず無事に連れて帰ります。必ず」
ナルミの瞳を真っ直ぐに見つめ、ディロンは騎士として誓う。真剣な眼差し、ぶつかり合う視線。二人ともに目を逸らさない。
アルシーア達を、家族を想うナルミの熱い心がディロンにも伝わっていく。
ナルミも、ディロンの騎士としての誇りと強い意志をその肌で感じ取っていた。
その時だった。
「忘れ物なんかなんもないっすよ、ナルミさんっ!あ、あれっ?いい雰囲気だったっ?ジャマしちゃったっ?」
玄関から跳ねるように飛び出してきたアルシーアが、ディロンとナルミの間に流れる緊張感を別の方向に受け止め誤解する。
「またオマエは……まったく。そんなんじゃ無いよ」
と、ナルミは呆れ顔を向けた。だが内心、ちょっとイイ感じだったのかな?とも思う。
「言うなら今っすよ、ナルミさん!こんなチャンスなかなかないっすよ!今言っとかないと後悔するっすよ!また失敗しちゃうっすよ!」
「何が今っすよ、だ。人生なんて後悔と失敗の連続だよ。あと、また、って何だ。また、って」
アルシーアとナルミのやり取りを見ていたシルスは、二人は姉妹の様だと思う。孤児となったアルシーア達を引き取ったという話を聞く限り、ナルミとの年齢差はそれなりにある筈である。
劇団の座長を務め、アルシーア達三人を養い、ボロいが家まで持っているナルミにちょっとした尊敬の念を抱きつつ、見た目が若い年齢不詳のナルミにシルスがふとした疑問を投げ掛けた。
「あの、ナルミさんておいくつなんですか?」
「ハタチだよ」
と、シルスの問いにさらりと即答するナルミ。
「「「「え!?」」」」
四人の声が見事に重なり、これ以上無いと言っていいほどの美しいハモりをみせた。
「ハタチって、二十歳ですよ、ね?」
「そう。ハタチだよ?」
何か言いたげなシルスの真正面に向き直り真顔でそう言うと、シルスはナルミの無言の圧力に屈し、黙ってこくこくと頷いた。
だがルーフェリカとアルシーアは黙ってはいられない。
「またまたぁナルミさんたらあ。冗談キツイなあ。キツイ冗談ですよー」
「あたしらのダブルスコアだよな、確か。それ以上だっけか?」
「リカ?何で二回言った?アルシーア?余計なコトを言うなよ?寿命が縮まるぞ」
「わかってますっすよー」
「いいや、わかってない。オマエの返事は中身が無い!オマエには躾が足りなかったみたいだなあ?」
ナルミがポキポキと指の関節を鳴らして脅しをかけるが、アルシーアは動じない。
「そういや、マティルさん居なかったけどドコ行ったんすか?」
と、話を全く別の方向に振った。
「……オマエのその自由な性格はドコでこじれてそうなったのかね?」
「いやあ、ナルミさんのオカゲサマっすよ!」
「何がオカゲサマだ。マティルは劇団の打ち合わせに行ってるよ。次の舞台に向けて動かないと。ルードさんも一緒にね」
「えっ?キツネヤロウと?うわー、マティルさんも大変だなー」
「ルードさんは性格がちょっとアレだけど、劇場経営者だからね。仲良く付き合っていかないといけない。マティルは私達の劇団の財務担当だから、その辺は任せてあるんだよ。目には目を。キツネにはキツネを、ってね」
「次の舞台があるってんなら、あたしらも資金援助できるかもっすよ!」
「資金?オマエ達が?」
「なんか報酬として、お金と姓をもらえるって」
「えっ。姓を?その若さで姓を頂けるなんて凄いじゃないか!」
アールズの政策の一つに、全ての民に姓を授けるという案がある。
現在、アールズの街では国の管理下の元、年功序列で姓を持たない者に姓を付ける作業を行っている。
既に姓を持つ者にとっては何の得策でも無いのだが、姓を持たない多くの者が順番待ちの状態が続く中、15歳と若いアルシーア達が姓を授けられるというのは異例中の異例と言っても過言ではない。
金銭を与えられるよりも、姓を授けられる事の方がナルミは素直に嬉しく思うのだった。
「『リフロス』の姓を三人の内の誰かが継いでくれたら、って思ってたんだけどね。竜退治してお金も姓もなんて、なかなか太っ腹だよ、あのチャラ王!」
「へー。そーいうもんなんすか。名前だけで問題無いように思うけどなー」
「それはオマエが勉強不足なんだよ、アルシーア」
「えー?勉強はしてるっすよ?あたしら常に学年トップ5にいるじゃないっすかー」
「えっ?トップ5ですかっ?三人ともっ?」
と、シルスが驚く。
「うふふぅ。ルメちゃん達は実は賢いんだよぉ?」
「賢いってのと勉強出来るのって、ちょっと違うんじゃない?」
とルーフェリカ。
「リカの言う通りだな。学問の勉強と社会の勉強とは違うだろ?あとな、オマエ達の報酬に手を付けるワケにはいかない。お金は大事だよ?」
「じゃあ、帰ってきてから考えるっす」
「またそんな中身の無いコトを……」
「お話し中失礼ですが、ナルミ殿」
と、ディロンが申し訳なさそうに横から口を挟み、二人の会話を止めた。
「あっ、長々と立ち話を。申し訳ございませんね、騎士様。この話は帰ってからにしようか、アルシーア」
ナルミはディロンの言わんとする事を察し、アルシーアとの会話を途中で留めた。
アルシーアはまだ何か言いたそうだったが。
「日も落ちてきた事だしそろそろ行こうか、アルシーア、ルーフェリカ、ルーフェルメ、シルス」
このまま黙っているときっと話は終わらない。
ディロンはそう判断し『みんな』とは呼ばずに、ハッキリと名前を呼ぶ事で呼ばれているのは自分だと認識させ、シルス達四人を馬車に戻るよう促した。
「あっ、騎士様。あと少しだけよろしいでしょうか?オマエ達、ちょっとそこに並んでくれないか?」
そう言ってナルミが三人を横並びに立たせる。向かって右側からルーフェリカ、アルシーア、ルーフェルメ。
誰が言い出した訳でも無く、小さい頃から三人が並ぶと必ずこの並びになるから不思議なものだとナルミは思う。
「え、何?怒られるんすか?セッキョーっすか?」
と、アルシーア。
「台所に隠してあったナルミさんのお菓子食べたのシアシアですよ」
と、ルーフェリカ。
「ルメちゃんとリカは食べて無いから、怒られるのはシアシアだけでいいんじゃないかなあ」
と、ルーフェルメ。
「そんなんじゃないよ。まったくオマエ達は……」
――縦にも横にもでっかくなっちゃって……何年か前までは、私を見上げるようにして喋ってたのにな……
「必ず帰ってくるんだよ。必ず!」
ナルミはそう言うと、アルシーア、ルーフェリカ、ルーフェルメを三人まとめて抱き締めた。
「ナルミさん……!」
ナルミの思わぬ抱擁。
ルーフェリカの声はどこか寂しそうだった。
「絶対帰ってくるっすよ!ただの調査なんだから心配なんていらないっよ!」
「帰って来ますよう。約束ですぅ」
アルシーアとルーフェルメも感極まった様な、今にも泣き出しそうな声だった。
そして、三人もまた、ナルミをぎゅうっと抱き締め返した。
きつく、きつく。
きつ過ぎるほどに。
「いっ……いてててっ!?こらっ!お前らっ!離せっ!イタイだろっ!!」
「普段のお返しっすよー」
と、アルシーア。
「このくらい屁でもないですよねー!」
と、ルーフェリカ。
「ナルミさん……っ♡いい匂いですぅ」
と、ルーフェルメ。
「ちょっ、やめっ!こらっルメっ!耳を舐めるなっ!」
いつでもどこでも『わちゃわちゃ』な三人娘である。
ぎゅっと抱き締めてくれる人がいる。
抱き締め返してあげたい人がいる。
そんな三人を見て、シルスは少しだけ羨ましく思うのだった。
ぽつんと置き去りにされているようなシルスを見て、アルシーアが呼び寄せた。
「オマエも来いよシルス!ナルミさんのおっぱいキモチいーぞっ!」
「えっ!?オパっ!?」
「んなっ!アルシーアっ!シルスちゃんに向かってなんてコト言うんだっ!」
「ナルミさんスレンダーだからわかりにくいんだけどぉ、けっこうおムネありますよねぇ♡」
ナルミの胸の形をなぞる様にルーフェルメがするると指先を滑らせる。
背筋にぞぞぞと寒気が走り、ナルミは我慢の限界を超えた。
「オーマーエーラー……!!」
「うっわ!やば!マジだ!」
「逃げろー!ほら、シルスちゃんも!」
言うが早いか、アルシーア達は大通りの方へと駆け出して行く。
「あっ。えっ!?」
逃げ遅れたシルスをがし!とナルミが捕まえた。
「ホウラ、捕マエタゾーウ?」
「あわわっ!お手柔らかにっ」
地の底から這い出てきた悪魔のような低い声にビビるシルス。
ナルミはぐい!と半ば強引にシルスを向き直らせ、アルシーア達と同様にその小柄な身体をきゅっと抱き締めた。
ナルミの温かく柔らかな想いがシルスの胸中にも伝わってくる。
「みんな揃って無事に元気に帰ってくる事!それが一番の土産だよ」
ナルミの心に染み入るような優しい声。
思ってもいなかったナルミの言葉に泣きそうになるのを堪えて、シルスもナルミの背に手を回して明るい声で応えた。
「ハイ!約束します!」
「おう!行っといで!」
ニカッと笑ってシルスの背中をポンと叩く。
シルスもニコっと微笑み返してアルシーア達を追いかけて行った。
その背を見送るナルミの目は、とても穏やかで、とても優しかった。
「あの娘達の事、守ってあげて下さいね。騎士様もお気を付けて。無事を祈っています」
「はい。では行ってまいります。ナルミ殿」
騎士としての責任感を胸に、ディロンもシルス達の元へと急ぎ歩みを進めた。
わちゃわちゃ三人娘を、何だかんだ言いながらも優しく想うナルミでした。
次話『出立前夜 王宮にて』
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