ナルミと三人の姪っ子
この作品は『ノベルアップ+』にも掲載しています。
ルーフェリカの思い付きで路上パフォーマーと突然のコラボの後。気付けば日は傾き、西の空がオレンジ色に染まりつつあった。
宿泊所までは徒歩で小一時間程度の距離である。魔女シャン、シンディの魔法研究所から路上ダンスまで休む事なく動き続けた為、シルスはお腹が空いていた。
「シアさん!お腹空きましたっ!」
「えっ?そーいうのはハッキリ言うんだな、シルスは」
「お腹空いてたら動けないじゃないですかー?食は元気の源なんですよっ?」
「まあ、そうだけどー。宿泊所戻るのめんど臭いしなー。ナルミさんももう家に戻ってんじゃないかなー?それならここから近いじゃん?」
「宿泊所のアタシらの荷物持ってって……くれるワケないかー」
「明日って竜退治の為の買い出しだったよねえ?ディロンさん達は宿泊所に迎えに来てくれるんじゃないのかなあ?」
「そんなのは知らんっ」
「それはちょっとだけかわいそうかも。とりあえず明日の事はナルミさんに報告しないとね。一回、家に戻ろっか!」
「だな!じゃあ、ウチ来なよシルス!ナルミさん達と一緒にメシ食べよう!」
「はい!ごはんの為なら喜んでエンリョ無くおジャマさせていただきますっ!ウチ、って皆さん一緒に住んでるんですか?」
「そうだよ。ナルミさんと、マティルさん。あとアタシ達の五人でね!賑やかだよー?ナルミさんは『焔』の座長としては厳しくて怖いけど、家では優しいんだよ!」
と、ルーフェリカが教えてくれた。
アールズの街は外壁に近いほど治安は悪い。
ガラの良く無い連中や、そういった輩がたむろする場所も多く、軽犯罪発生率も高い。
シルスが知っているアールズの街は今から41年後の姿である為、609年現在とは随分と印象が違って見えた。
「なんだかコワイ場所ですね……」
「ん?そお?ルメちゃん達はこういう場所で育ったから全然そうは思わないけど……」
「襲ってくるヤツなんていないって!もしいても、あたしの流転空で返り討ちにしてやるよっ」
「ディロンさんには効かなかったけどねー!あっははー!」
「あん時はちょっと油断しただけなの!」
日は落ちて外壁区はさらに薄暗い。建物の陰から何かが飛び出してきたりやしないかと、シルスは内心ドキドキしていた。
「シルスちゃん、そんなに警戒しなくても大丈夫だよお?ルメちゃん達はナルミさんの身内だから滅多なコトでは襲われたりしないし、この辺りはそんなに治安悪くないからあ」
「え、そうなんですか……?」
――身内?一緒に住んでるだけじゃないのかな?
「ルメちゃんはシルスちゃんと腕組んで歩けるのが嬉しい♪」
腕を組んで歩く、というよりも、シルスがルーフェルメの腕にしがみついている、と言った方が正しい。
「アタシ達は流転空の有段者だからねー。ちょっとやそっとじゃビビらないんだよ、シルスちゃん!」
「えっ、ルーフェリカさんとルーフェルメさんもっ!?」
「リカは三段、ルメちゃんは二段だよお。スゴいでしょー?」
「へえー。フツーにスゴいです!」
「着いたよー、ここ!」
ルーフェリカが指差したのは、お世辞にも綺麗とは呼べないレンガ造りの古い三階建ての建物だ。
外壁には蔦がびっしりと這い、レンガの所々には欠けた所やぽっかりと穴が空いている箇所がある。
「あっ!またレンガ盗まれてる!その内崩れるなー、この建物」
と、まるで他人事のように言うアルシーア。
シルスはルーフェルメの腕にしがみついたまま、素直な感想を口にした。
「ぼろいですねー」
「まあ、見たままだよね。中は快適だから安心して!今夜中に崩れたりとかしないからさ!たぶん!あっははー!」
「たぶんって。ナルミさんもここに住んでるんですよね?」
「そうだよ。何で?」
「いやー、座長さんだしステキな人だからもっといい場所に住んでるのかなあって思って……」
「あたしら抱えてるからな。ゼータクは出来ないんだよ」
「抱えてる?」
「そうなんだよー。アタシ達ナルミさんのお世話になってるんだよ」
――ふーん……一緒に住んでる、って下宿してる、ってコトかな?
「まあまあ立ち話も何だしな!中入ってメシにしよう!」
「あっ、それにはサンセイです!」
アルシーアの一言でシルスはお腹が空いていた事を思い出した。
途端にぎゅるるとシルスの腹の虫が鳴く。
「ほんと、食うとなるとシルスは正直だなー」
「わたしはいつも正直ですよ!」
ルーフェリカにの言う通り、建物の中はさっぱりと小綺麗に片付き、外見からは想像出来ないほどに快適だ。
白く塗られた内装の壁には染み一つ無く、手入れも行き届いている。
一階はキッチンと居住スペース、浴室、トイレ。
二階はダンスレッスンの為の広い部屋。三階が寝室と物置き部屋になっている。
「ただいま戻りましたあ!」
とアルシーアの大きな声にキッチンから出てきたのは、『焔』の副座長、マティルだった。
「あれ、お帰りー。今日は帰って来る予定やったっけ?」
「イヤー、ちょっとウロウロしてたら宿泊所に戻るの面倒臭くなっちゃって」
「なんやのソレ。ナルミさんは知ってはんの?」
「知らないと思う……」
「怒られても知らんでー?」
アルシーアとマティルのやりとり。
マティルの、宿泊所とは違う喋り方ににシルスは大きな目をぱちくりさせていた。
――何処の方言だろ?なんか面白い!
「この子は確か……シルスちゃんやったかな?」
「あっハイ!シルスです!13歳です!」
「いきなり舞台に飛び出た女の子!いいやんねー!話題性たっぷりやんねー!なあなあ、ウチの劇団入れへん?」
「マティルさん止めてあげて下さいヨー!シルスちゃんはそんなんじゃないんですから!それに!シルスちゃんは熾炫弐式のメンバーなんだから、まずマネージャーのアタシに話を通してもらわないと!」
「いつからわたしのマネージャーになったんですか、ルーフェリカさん……」
「にしき?熾炫は続けるつもりなん?」
「もちろん!キツネヤロウの言いなりになんてなりませんよ、あたし達は!何度だって復活してやるっすよ!」
アルシーアの熾炫復活宣言にマティルは目を細めた。
「若さって良いねー。ウチかて十歳若かったらなー」
「それは言っちゃダメなセリフっすよマティルさん!老け込むにはまだまだ早いっすよ!」
「アレ、アルシーア。帰ったのか。お、シルスちゃんもいるじゃない。こんばんは」
「こんばんは、お邪魔してますっナルミさん!」
ナルミがタンクトップに短パン、といったラフな格好で奥から出てきた。白のヘアバンドでおでこを全開にしている。
額にはうっすらと汗をかいていた。
「お風呂の準備してたんだよ。話なら後でいいから先入っちゃいな。狭いから二人ずつでな」
ナルミからは、正座をさせられて怒られた時のようなピリピリした感じは微塵もなく、柔らかな印象を受ける。
「うわ!ありがたいっすー!あたしらも一日動きっぱで汗まみれなんすよー!シルス!一緒に入るかっ?アタマ洗ってやるよっ」
「えっ!」
――シアさんの洗い方は首がもげそうになるんですけどっ!
とはシルスは言わない。
「ダメなのっ!シルスちゃんはルメちゃんと入るのっ!それは譲れないのっ!ね!シルスちゃん!お肌とお肌を滑らせ合うんだよねっ!」
「えっ!」
――ルーフェルメさんのはオカシナセカイに引き込まれちゃいそうなんですけどっ!
ともシルスは言わない。
「アタシもシルスちゃんと入りたいなあ。ふわふわの髪の毛、洗わせて欲しいな!濡れるとぺったんこになるのがカワイーんだよねえ!」
「えっ?」
――ペタンコアタマがカワイイっ!?三人の中だとルーフェリカさんが一番マシかもっ!
三人からシルスは引っ張りだこ。
だが身体は一つしかない。誰と入るかはシルスが決めればいいのだが、公平かつ穏便に決めるにはどうすれば良いか悩める所だ。
シルスは、ふと思い出した。共に旅をしたファルナルークの親友で幼馴染みのシュレスの事を。
一緒に旅をする中で幾度か行ったコイントスチャレンジの事を。
「あ!コイントス!コイントスってどうですかっ?どっちか迷った時はコイン様に聞くといいんですよっ」
「へー、面白そうじゃん!やってみよう!」
「表か裏か、ってヤツだな?やってやろうじゃん、運試し!」
マティルがコインを用意しシルスに渡す際に至極当然の疑問を投げ掛ける。
「じゃあコレな。表が出たらアルシーア、裏が出たらリカにしよか。で、ルメは?」
「あ」
「なんも考えずに言ったろシルス?」
「ルメちゃんの事を忘れてたのっっ?」
「違いますようっ!じゃあじゃあ!コインを二枚にしましょう!表と表ならアルシーアさん、裏と裏ならルーフェリカさん、表と裏ならルーフェルメさんで!」
「おおー!シルスちゃん賢いやん!」
マティルがもう一枚コインをシルスに渡し、それを二枚重ねにしてコイントスの構えを取る。
「じゃあ、サクッとやっちゃいますね!それっ!」
リカさんがいいなと思いつつ、ピィン!と弾いた二枚のコインが別れて空中に舞い上がり。
「あっ」
当然のように取り損ねてぽろっと落としちゃうシルス。
二枚のコインがチャリン、コロコロとあらぬ方向へと転がるのをシルスとマティルが慌てて追いかける。
「コイン様っ!待ってっ」
「あららー!お金は大事なんやのん!」
「だっせーなあシルスっ。取れないんじゃ意味無いじゃん!」
「えっ!イヤ、あのっ!思ったよりばらけて飛んじゃってどっちも取れなかったんですようっ」
「もう一回!もう一回!ねっルメちゃんはシルスちゃんとお風呂に入りたいのっ!シルスちゃんのお肌に、ルメちゃんのお肌を滑らせたいのっ!」
「アタシもシルスちゃんと入りたいなー。なんならみんなで入る?」
とルーフェリカ。
「四人は狭いわっ。もう一回やろうっ」
「あーもう、うるさい!ワチャワチャするなっ!私がシルスちゃんと入るっ!モンクあっかっ!?」
とナルミが一喝すると。
「「「えー!?」」」
と、三人娘の声が重なった。
――わたしの意思は?
とシルスは思うが、ここは静かにしておく事にした。
◇
アルシーアの言うように浴室は確かに狭かった。二人で入るには小さな湯船と、取っ手がぐらぐらする水しか出ないシャワーが一つ。
「アタマ洗ってあげるよ。ハイ、座って」
と、シルスを腰掛けに座らせ、ナルミが髪を洗う。
ゆっくりと揉み込むように、頭皮のマッサージを兼ねたようなナルミの髪の洗い方は至極心地良い。
しゃわしゃわと髪を洗う音が眠気を誘うほどだ。
「ナルミさん、洗うの上手ですねー。シアさんに洗ってもらったコトありますけど、首もげそうになったんですよー」
「アイツは手加減ってものを知らないからね。シルスちゃんの髪は柔らかくてしなやかなのにコシがあるんだね。食べたら美味しいかな?」
「たっ、食べちゃダメですよっ!?」
「あははっ、冗談だよっ」
ざぱー、と頭の泡を洗面器のお湯で流すとシルスの髪はルーフェリカの言う通りにぺったんこになっていた。
「あははっ、シルスちゃんカワイイねえ!アイツらのちっちゃい頃を思い出すよ!」
「ちっちゃい頃?」
「縦にも横にもでかくなった今じゃあ、一緒にフロ入る事なんて無いからねー。ルメの胸なんてばいーん!てカンジでしょ?」
「あはっ!そうですねっ」
「シルスちゃんは成長期だからこれからだね!胸もお尻もおっきくなりそうな骨格してるよ」
「えー!?骨格でわかるんですかっ?おっきいお尻にはなりたくないですっ」
「確信は無いけどね。シルスちゃんはアルシーアのちっちゃい頃にどことなく似てるからさ」
――すっ、するどいっ!
ナルミの洞察力に感嘆すると共に、大きなお尻になるのだけは避けたい、とシルスは思うのだった。
「はー。夏場はちょっとぬるま湯が気持ちいいですねえ」
とシルスが湯船に浸かると、ナルミが髪を洗いながらシルスに問う。
「シルスちゃんはこの後って、どんな予定立ててるの?」
「予定ですかー……うーん。あって無いようなものです!」
「そうなの?行き当たりばったりなの?スゴい行動力だねえ」
実際は『何もわからない』と言いたい所だが、ここでそれを言ってしまうと未成年保護舎などに連れていかれる可能性がある。
「ご両親に許可は取ってあるんだよね?家出娘じゃ無いよね?」
「それ、何処に行っても聞かれるんですよー。家出じゃ無いし、両親の許可も取ってありますよう」
ナルミが、ざぱー、と髪の泡を落としシルスに向き直った。
「そっか。ゴメンゴメン。まあ、やさぐれた家出少女には見えないけどね。竜退治の事は?」
「なんか、竜退治なんてそんなに大袈裟なものじゃ無いって、王様が言ってたから心配はしてないんですけど……」
「まあ、あのチャラ王のコトだからねー。私もそんなに心配してないんだよ」
「わたしは大丈夫です!この旅を全力で楽しむ、って決めてきましたから!竜退治の事は予定に無かったですけど、前に進む為には何でもどんと来いです!」
「シルスちゃんは凄いね。ちっこいのに生命力に溢れてるよ」
「えっ?いやぁ」
えへへと照れ笑いを浮かべるシルスを、ナルミは優しく見つめる。
「シアさん達はどうなんですか?竜退治なんてご両親が大反対とか……」
「あの子達に親はいない。私が親代わりみたいなものだよ」
「えっ?」
「孤児だったんだよ、あの子達」
「……孤児だった」
「よくある話だよ。ある村が魔物に襲われて、何人かが生き残った。その内の三人がアイツらさ」
初耳だった。母メルリラからも、祖母ファルナルークからも聞いた事のない事実。
シルス自身のルーツである高祖母アルシーアが孤児だったとは。
「そうだったんですか……」
「私が、というより、劇団が引き取ったんだ。双子は目立つし、アルシーアはお姫様みたいに可愛かったからね」
「え!?お姫様っ!?シアさんが!?」
「金髪碧眼に白い肌。幼いのに立ち振舞いは雅でね、今のやんちゃな姿からは想像つかないだろ?」
「みやび……って?」
「聞き慣れない言葉かい?んー、そうだねえ『可憐な美少女』って言った方が解りやすいかな?」
「ええっ!?アルシーアさんがっ!?カレンナビショウジョっ!?」
「そんなにびっくりしなくても……ふふっ」
優しい笑みだ、とシルスは思った。
普段は鬼の顔で厳しい、とアルシーアは言っていたが今のナルミの笑顔からは想像もつかない。
「ナルミさんの笑顔って、ステキです!」
「えっ?」
「シアさんが言ってました。いつもは鬼だ、って。でも、今のナルミさんの笑顔を見ればわかりま!すごく優しい笑顔です!」
「ふーん、いつもは鬼、ねえ……」
ナルミが頬を少しひきつらせながらニヤリと笑う。
――うわ!悪い笑みだっ!わたしっ、余計なコト言っちゃった!?
「あの三人は小さい頃から見てきたからね……娘とまではいかなくても、姪くらいには思えるかな」
そう言って、もう一度ナルミが笑顔を見せてくれた。
「さて!長風呂はするなってアイツらに普段から言ってるからね。のぼせる前に上がろうか。お腹空いたでしょ?」
「はい!ペコペコです!」
自分のルーツであるアルシーアの意外な生い立ちを知る事に。
次話『一つのベッドに四人は狭いです』
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