つむぎさんと花火大会の待ち時間
八月最初の土曜日。
午後三時。
相馬奏士は部屋でノートパソコンを開いていた。
画面には花火大会の公式サイト。
混雑予測。
交通規制。
最寄り駅の利用者数。
屋台の配置図。
「よし」
『何がよしなの?』
AIナビィが答える。
「地域イベントの調査だ」
『へぇ』
「効率的な観覧場所も把握した」
『へぇ』
「人の流れも分析済みだ」
『へぇ』
「なんだその返事」
『誰かと行くの?』
「行かない」
『じゃあ何で調べてるの?』
「……」
『沈黙した』
ピンポーン。
『来たね』
「あ、オジィ!」
「来ると思った」
つむぎだった。
今日は紺色の浴衣。
髪もいつもより少しだけまとめている。
「花火大会行こ!」
「断る」
「行こ!」
「断る」
「行こ!」
「三回目だな」
「うん!」
「成長しないな」
「オジィもね!」
『どっちもどっち』
◇
午後六時。
河川敷。
人でいっぱいだった。
「多いな……」
「お祭りだもん!」
「移動効率が最悪だ」
「花火は効率で見るものじゃないよ?」
「見るものですらない」
「じゃあ何しに来たの?」
「付き添いだ」
『付き添いなんだ』
つむぎは楽しそうに屋台を見て回る。
「たこ焼き!」
「熱い」
「かき氷!」
「冷たい」
「りんご飴!」
「甘い」
「全部感想が雑!」
「事実だ!」
結局、つむぎは焼きそばを買い、奏士はラムネを持たされた。
「いらん」
「持ってて」
「なぜ」
「なんとなく」
「理由になってない」
「オジィ、細かい」
「君が大雑把なんだ」
適当に座れる場所を見つける。
隣同士ではなく、ベンチの端と端。
ちょうどいい距離。
つむぎは焼きそばを食べながら、足をぶらぶらさせていた。
「まだかなー」
「開始まで二十五分だ」
「知ってる」
「暇だろ」
「うん」
「何か読むか?」
「いらない」
「スマホは?」
「いらない」
「じゃあ何する」
「待つ」
「待つ?」
「待つ時間も花火大会だよ?」
「意味が分からん」
「オジィ、待つの嫌い?」
「嫌いだ」
「わたし好き」
「なぜ」
「なんかワクワクするから」
「非合理的だな」
「うん!」
つむぎは笑った。
周りでは子供たちの声。
遠くで屋台の呼び込み。
夕暮れの風。
奏士はラムネを開けた。
『珍しいね』
「何が」
『何もしない時間』
「……そうだな」
『勉強もしない』
「そうだな」
『分析もしない』
「そうだな」
『つむぎさんと同じ景色見てるだけ』
「……」
『悪くない?』
「まあな」
ドン。
最初の一発が夜空に上がる。
「おおー!」
つむぎが立ち上がった。
奏士も見上げる。
赤。
青。
金色。
大きな花が夜空に咲く。
「きれい!」
「そうだな」
「オジィ、花火好き?」
「別に」
「ふーん」
「……嫌いではない」
「えへへ」
つむぎは嬉しそうに笑った。
だが、花火よりも。
その横顔の方が騒がしいな、と奏士は思った。
『今、変なこと考えた?』
「考えてない」
『顔が優しいよ』
「うるさい」
ドン。
夜空が明るくなる。
つむぎは拍手している。
「すごいねー」
「そうだな」
「来てよかった?」
「まあ」
「来年も?」
「知らん」
「来ようよ」
「その時考える」
「うん!」
つむぎはまた花火を見上げた。
奏士も同じ方向を見る。
隣ではなく。
向かい合うわけでもなく。
ただ、同じ夜空を見ている。
それくらいの距離が、今はちょうどよかった。
『奏士』
「なんだ」
『今日の待ち時間、無駄だった?』
「……」
ドン。
大きな花火が空いっぱいに広がる。
「いや」
「悪くない」
『うん』
「待つのも、たまにはいい」
最適化の鬼・相馬奏士。
今日のスケジュールには「花火大会」としか書いていない。
だが、その二文字の中には。
待つ時間も、賑やかな時間も、ただ同じ空を見上げる時間も。
ちゃんと含まれていた。




