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つむぎさんと夏休みの予定表

 八月中旬。


 会社の夏季休暇初日。


 午前六時。


 相馬奏士は机に向かっていた。


「よし」


『気合い入ってるね』


「九連休だ」


『世間では『やったー!』って言うところだよ』


「貴重な自己投資期間だ」


 ノートには綿密な予定が並んでいる。


 一日目、読書。


 二日目、ランニング強化。


 三日目、資格勉強。


 四日目、部屋の整理。


 五日目……


『なんか仕事してる時と変わらないね』


「休暇とは自由に最適化することだ」


『つまんなそう』


「楽しいぞ」


 ピンポーン。


『来た』


「あ、オジィ!」


 つむぎだった。


「夏休みー!」


「僕もだ」


「やったね!」


「別にやったではない」


『顔はちょっと嬉しそう』


「うるさい」



 夕方。


 廊下で茶トラを挟んで座る二人。


「そういえば」


「ん?」


「君、夏休みなのか?」


「うん?」


「大学生なら夏休みだろ」


「ふふ」


「何だ」


「どうだろ」


「どうだろって」


「オジィは?」


「会社員だ。九連休」


「いいねぇ」


「君は?」


「夏休み!」


「だから学生か?」


「さぁ?」


「仕事は?」


「内緒」


「……」


『また始まった』


「年齢は?」


「内緒」


「大学は?」


「秘密」


「友達は?」


「いっぱいいる」


「それは知ってる」


「猫ちゃんも」


「それも知ってる」


『進展ゼロ』


「なあ、本当に何者なんだ」


「つむぎ!」


「答えになってない!」


 つむぎは笑うだけだった。



「オジィ、どっか行く?」


「行く?」


「うん!」


「考えてはいる」


「どこ?」


「山」


「いいね!」


「図書館」


「うん!」


「美術館」


「うん!」


「海」


「やだ」


「ん?」


「海はやだ」


 即答だった。


「嫌いなのか?」


「うん」


「泳げない?」


「ううん」


「じゃあ日焼け?」


「ううん」


「人混み?」


「ううん」


「なんで」


「やだ」


「理由は?」


「やだ」


 つむぎは珍しく視線を逸らした。


「そうか」


「ごめんね」


「謝ることじゃない」


 茶トラを撫でる手も少しゆっくりになっている。


『珍しいね』


「……ああ」


『聞かないの?』


「嫌ならいい」


『優しいじゃん』


「そういうものだろ」


『ふーん』


 しばらくして。


 つむぎはいつもの調子に戻った。


「山行こう!」


「いきなりだな」


「猫ちゃんも!」


「猫は連れていかん」


「川!」


「ありだな」


「かき氷!」


「まあ」


「スイカ!」


「まあ」


「海!」


「嫌なんだろ」


「うん!」


「なんなんだ!」


 つむぎは楽しそうに笑った。


 でも。


 海という言葉が出た時だけ。


 少しだけ。


 ほんの少しだけ。


 笑顔の奥が遠くなった気がした。


「オジィ」


「なんだ」


「夏休み、楽しもうね」


「計画通りにな」


「計画通りじゃなくても!」


「それが怖いんだ」


「えへへ」


 つむぎは立ち上がった。


「また明日!」


「おう」


『奏士』


「なんだ」


『気付いた?』


「ああ」


『海』


「嫌いなんだろ」


『理由、気にならない?』


「気になる」


『聞かないの?』


「……今はな」


『そう』


「話したくなったら話すだろ」


『うん』


 最適化の鬼・相馬奏士。


 つむぎのことは相変わらずよく分からない。


 大学生なのか。


 社会人なのか。


 夏休みなのか。


 そもそも何者なのか。


 分からないことばかりだ。


 ただ一つ分かったのは。


 「海に行こう」


 その一言だけは。


 つむぎが珍しく、頑なに笑って断ることだった。

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