つむぎさんと予定表の空白
木曜日の朝。
相馬奏士は、月に一度のルーティン見直しを行っていた。
仕事も勉強も、運動も食事も。
すべては時間の使い方にかかっている。
「よし、今月も無駄を削る」
『毎月やってるね』
AIナビィが反応する
「当然だ」
『十分単位で管理してる人、初めて見た』
「人生は積み重ねだ」
奏士は満足そうに新しいタイムスケジュールを見直した。
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【平日タイムスケジュール】
5:30 起床
5:31 アラームに勝利
5:35 ランニング開始
6:05 シャワー
6:12 朝食(茹で鶏、キャベツ、トマト、プロテイン)
6:18 ニュース確認
6:25 読書
6:55 身支度
7:10 出発
7:14 廊下通過
7:15~7:20 猫の生態観察(検証)
7:20 駅へ移動
8:00 出社
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『ん?』
「なんだ」
『七時十五分から五分間、何?』
「猫の生態観察だ」
『へぇ』
「純粋な検証だ」
『つむぎさんって書けば?』
「違う」
『顔が泳いでるよ』
「泳いでない」
続きを見る。
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12:00 昼食
12:15 メール確認
12:30 資料作成
17:30 退社
18:20 帰宅
18:22~18:30 帰宅後の環境確認
18:30 夕食準備
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『環境確認?』
「マンションの廊下の状態を確認する」
『誰がいるか?』
「猫だ」
『猫だけ?』
「猫だ」
『へぇ』
さらに。
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20:00 自己研鑽
21:30 入浴
22:00 翌日の準備
22:05 ステッカーの状態確認
22:10 就寝
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『二十二時五分?』
「粘着力の経時変化を観察する」
『ふーん』
「なんだ」
『猫ちゃん、好きなんだね』
「猫は好きだ」
『猫ちゃんも?』
「好きだ」
『つむぎさんは?』
「……」
『沈黙した』
「質問が悪い」
『はいはい』
◇
会社。
昼休み。
田辺が覗き込んできた。
「相馬さん、何見てるんすか?」
「スケジュールの見直しだ」
「うわ、細かっ!」
「最適化は重要だ」
「七時十五分?」
「ん?」
「『猫の生態観察』って何です?」
「猫だ」
「毎日?」
「毎日だ」
「五分も?」
「五分だ」
「猫好きなんですね」
「違う」
「違わないでしょ」
田辺は笑った。
「十八時二十二分の『環境確認』って?」
「帰宅後の確認だ」
「誰か待ってるんですか?」
「待ってない」
「彼女?」
「違う!」
「奥さん?」
「違う!」
「猫?」
「……猫だ」
「相馬さん、最近猫ばっかりっすね」
「気のせいだ」
◇
夕方。
十八時二十一分。
マンションの階段を駆け上がる奏士。
『急いでるね』
「エレベーター待ち時間を削減している」
『そういうことにしとく』
十八時二十二分。
廊下。
「あ、オジィ!」
「いたのか」
つむぎがいた。
茶トラもいた。
「お帰りー!」
「おう」
「今日は一分早いね!」
「分かるのか?」
「なんとなく!」
『すごい』
「偶然だ」
つむぎは笑いながら猫を抱き上げる。
「オジィ、今日もお仕事頑張った?」
「まあな」
「えらい!」
ぽんぽん。
「やめろ」
「よしよし」
「子供扱いするな」
「じゃあおじいちゃん扱い?」
「悪化してる!」
つむぎはくすくす笑う。
「また明日ね!」
「おう」
部屋に戻る。
奏士はスマホの予定表を開いた。
十八時二十二分。
環境確認。
予定通り。
『環境、良好?』
「良好だ」
『よかったね』
「猫も元気だった」
『うん』
「……つむぎも元気だった」
『へぇ』
「なんだ」
『ちゃんと項目名、変更した方がいいんじゃない?』
「必要ない」
『『つむぎさん』って』
「必要ない」
『七時十五分も?』
「必要ない」
『十八時二十二分も?』
「必要ない」
「全部、検証だ」
『便利な言葉だね』
奏士は予定表を閉じた。
変更する必要はない。
今のままでいい。
たぶん。
いや。
これが今の最適解なのだ。
最適化の鬼・相馬奏士。
本人は気付いていない。
彼の人生の予定表には、いつの間にか。
名前のない五分間が、毎日組み込まれていることを。




