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つむぎさんと生態観察

 水曜日の朝。


 いつものように廊下に出ると、つむぎがいた。


「あ、オジィ!」


「おはよう」


「猫ちゃん、今日は機嫌いいよ!」


「そうか」


「じゃ、行ってくる!」


「おう」


 つむぎは笑顔で手を振ると、すたすたと去っていった。


 奏士はその背中を見送る。


「……」


『どうしたの?』


「いや」


『五秒見送った』


「別に」


『七秒』


「別に」


『九秒』


「うるさい」


 奏士は腕を組んだ。


「そういえば」


『うん』


「君、つむぎについて何か知らないか?」


『何を?』


「年齢とか」


『知らない』


「大学生か?」


『知らない』


「働いてるのか?」


『知らない』


「友達いるのか?」


『知らない』


「親は?」


『知らない』


「……」


『今さら気付いた?』


 奏士は立ち止まった。


「僕、あいつのこと何も知らなくないか?」


『うん』


「毎日会ってるのに」


『うん』


「オジィって呼ばれてるのに」


『そこは関係ないかな』


 確かに。


 いつも猫といる。


 いつも笑っている。


 いつも暇そう。


 でも、それ以外を知らない。


 大学生だと思っていた。


 だが平日の昼間もいる。


 働いているようにも見えない。


 友達も見たことがない。


「……気になる」


『やめときなよ』


「いや」


『その顔、ろくなこと考えてない』


「生態観察だ」


『最低の言い訳きた』



 土曜日。


 午前十時。


「よし」


『本当にやるの?』


「純粋な観察だ」


『尾行って言うんだよ』


「言い方が悪い」


『意味は同じ』


 つむぎは珍しく一人で出掛けていった。


 奏士は距離を空けて後を追う。


「……」


『完全に不審者だよ』


「違う」


『電柱に隠れてる人の台詞じゃない』


「うるさい」


 つむぎはスーパーへ入った。


「買い物?」


 野菜。


 卵。


 牛乳。


 カレールー。


「自炊派か?」


『大学生っぽいね』


 次に花屋。


 小さな花束を買う。


「彼氏か!?」


『急に飛躍した』


「いや待て」


 つむぎは住宅街の一軒家に入っていった。


 数分後。


 玄関から出てきたのは。


「ありがとう、つむぎちゃん」


「また来るねー」


 杖をついたおばあさん。


「……?」


『知り合い?』


 さらにその後。


 公園。


「つむぎ先生ー!」


 小学生くらいの子供たちが集まってくる。


「宿題持ってきたー!」


「よしよし、見せてー」


 ベンチで一緒に勉強している。


「先生?」


『家庭教師?』


 次は。


 喫茶店。


 店員さんが笑顔で迎える。


「いつもありがとう、つむぎちゃん」


「今日もプリンひとつ!」


「サービスしとくね」


「やったー!」


「……」


『顔広いね』


「なんなんだ、あいつ」


 すると。


「オジィ」


「うわぁ!」


 目の前につむぎがいた。


「何してるの?」


「いや、その」


「尾行?」


「違う!」


「生態観察?」


「……」


『図星』


 つむぎはくすっと笑った。


「楽しかった?」


「すまん」


「別にいいよ」


「怒らないのか」


「オジィだし」


「意味が分からん」


「お腹すいた?」


「なぜ」


「顔が難しくなってる」


「そんな顔してるか?」


「うん」


 つむぎはプリンを半分差し出した。


「食べる?」


「いらん」


「一口」


「いらん」


「半口」


「またそれか」


 二人でベンチに座る。


 結局、一口食べさせられる。


「甘い」


「おいしい?」


「……悪くない」


「えへへ」


 奏士は横目でつむぎを見る。


「なあ」


「ん?」


「大学生か?」


「秘密」


「仕事は?」


「秘密」


「家族は?」


「秘密」


「友達は?」


「いっぱいいるよ?」


「見たことない」


「今見たでしょ?」


「それは子供だ」


「おばあちゃんも友達」


「広いな」


「猫ちゃんも友達」


「広すぎる」


『奏士も?』


「ナビィ!」


「ん?」


 つむぎが首を傾げる。


「オジィも友達だよ?」


「……」


「嫌?」


「いや」


「よかった!」


 つむぎはにっこり笑った。


 結局。


 大学生なのか。


 働いているのか。


 家族は誰なのか。


 何一つ分からなかった。


 分かったのは。


 この不思議な少女が、思った以上にたくさんの人に好かれていること。


 そして。


「また明日ね、オジィ!」


「誰がオジィだ」


 自分もその一人になりつつあることだけだった。


『生態観察の成果は?』


「謎が増えた」


『だね』


「……まあ、いいか」


 最適化の鬼・相馬奏士。


 今日の観察結果。


 つむぎという生き物は、やっぱりよく分からない。


 だが、分からないままでも、案外悪くないらしい。

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