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つむぎさんと出張三日間

 月曜日の朝。


 相馬奏士は珍しく大きめのキャリーケースを玄関に置いていた。


「着替え三日分、資料、PC、充電器。忘れ物なし」


『新幹線の予約も確認済み』


「よし」


『……で、つむぎさんには言った?』


「言う必要あるか?」


『あるんじゃない?』


「隣人だぞ」


『そうだねぇ』


 玄関を出ると。


「あ、オジィ!」


「いたのか」


 つむぎがいつものように茶トラ猫と遊んでいた。


「おはよー!」


「おはよう」


「おっきいカバン!」


「出張だ」


「しゅっちょう?」


「三日ほど家を空ける」


「ふーん」


 つむぎは笑った。


「お仕事?」


「そうだ」


「頑張ってね!」


「ああ」


「……」


「なんだ」


「ううん」


 つむぎは猫を撫でながら俯いた。


「猫ちゃん、三日もオジィいないって」


「猫に代弁させるな」


「寂しいって」


「猫が?」


「うん」


「そうか」


「……」


「なんだ」


「なんでもない」


 つむぎは笑った。


 でも、いつもの「また明日ね!」が出てこなかった。


『奏士』


「なんだ」


『ちょっと元気ないね』


「そうか?」


『気付いてないの?』


「分からん」


『鈍いなぁ』



 出張初日。


 ホテル。


 午後九時。


 仕事を終えた奏士は、机に資料を広げていた。


「よし、今日の復習を……」


『珍しいね』


「何が」


『五分前から同じページ見てる』


「……」


『集中できない?』


「疲れてるだけだ」


『ふーん』


 静かだった。


 廊下に猫もいない。


「オジィー!」と呼ぶ声もない。


 静かすぎる。


『なんか足りない?』


「ホテルの空調がうるさい」


『そういうことにしとく』



 二日目。


 昼休み。


 同僚と食事を終えた奏士は、コンビニでヨーグルトを手に取った。


 その隣に。


 猫のイラストのお菓子。


「……」


『買うの?』


「いや」


『見てるけど』


「いや」


『手に取ったけど』


「いや」


『レジ並んでるけど』


「……」


『検証?』


「そうだ」


『便利な言葉だね』


 ホテルに戻る。


 机の上には、猫のクッキー。


「なんで買ったんだ……」


『なんでだろうね』



 三日目。


 仕事は予定より早く終わった。


「新幹線を一本早められる」


『珍しい』


「効率化だ」


『ほんと?』


「ほんとだ」


『つむぎさんに会えるの、一時間早くなるね』


「関係ない」


『はいはい』



 夕方。


 マンションの廊下。


「あ」


 つむぎがいた。


 猫もいた。


 そして。


「あっ!」


 ぱあっと顔が明るくなる。


「オジィ!」


「ただいま」


「おかえり!」


 つむぎは駆け寄ってきた。


「早かった!」


「仕事が終わった」


「ふーん」


「なんだ」


「よかった」


「何が」


「猫ちゃんが喜ぶから」


「猫か」


「うん」


「そうか」


 茶トラが「にゃあ」と鳴く。


「ほら」


「翻訳するな」


「おかえりって」


「そうか」


『猫ちゃん、優秀だね』


「うるさい」


 つむぎは少し笑ってから言った。


「オジィ、三日いないと静かだった」


「当たり前だ」


「なんか変だった」


「そうか」


「……ちょっとだけね」


「……」


「猫ちゃんも」


「また猫か」


「うん」


 つむぎはにこっと笑った。


「でも、帰ってきたからいいや」


 その笑顔を見て。


 奏士は少しだけ肩の力が抜けた。


『奏士』


「なんだ」


『ホテル、静かすぎた?』


「……」


『答えないんだ』


「別に」


『別に?』


「少しだけ、だ」


『何が?』


「静かだった」


『うん』


「それだけだ」


『知ってる』


 茶トラが足元に擦り寄ってくる。


 つむぎはいつものように笑う。


「また明日ね、オジィ!」


「誰がオジィだ」


 そう返す声も、なんだか少しだけ軽かった。


 最適化の鬼・相馬奏士。


 三日間の出張で分かったことが一つある。


 静かな方が集中できる。


 そのはずなのに。


 少しくらいうるさい方が、悪くない日もあるらしい。

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